カープ各選手の勝利貢献度を分析してみた②(投手編)

前回の記事では、打者の勝利貢献度について分析した。今回は、投手についてみていこう。

投手については、打者に関する分析よりかは、もうちょっとシンプルに計算できる。投手が登板したときの勝利可能性と、降板したときの勝利可能性との差し引きにより、その上昇幅を投手の勝利貢献とみなすことにした。先発投手の場合、試合開始前時点の勝利可能性は50%なので、そこからいかに100%に近づけるか、あるいは0%にまで低下させてしまうかということになる(完投勝ちの場合、貢献度は+50%、完投負けの場合▲50%となる)。一方、救援投手の場合、リードした展開での登板であれば、勝利可能性が50%を超えた状態で登板し、例えば無失点で1イニングを投げ切ったケースであれば、降板時の勝利可能性はさらに高まっているし、リードを縮め、あるいは逆転を許すような展開であれば、勝利可能性が引き下げるため、負の勝利貢献をしたことになる。

確かに、この評価手法にはいくつかの留意点があることを認めざるを得ない。第一に、投手の失点数にかかわらず、味方打線が大量得点をあげ得点差を拡大した場合には、投手の登板中に勝利可能性が高まるため、計算上、高い勝利貢献度が認められることである。この点は「勝利数」にも当てはまる歪みといえる。

第二に、ビハインドな局面で登板した救援投手について、登板中に味方打線が爆発し、逆転に成功した場合、短いイニングのうちに勝利可能性が負値から(点差やイニング次第では)100%近い水準にまで高まり得るため、完投した先発投手よりも高い勝利貢献度が算出されることである。

第三に、敗色濃厚な試合に登板した場合には、いくら好投し無失点に抑えても、登板中の勝利可能性が低下する(もしくは殆ど高まらない)ため、活躍度が認められないことである。

ただ、シーズンを通じた数値としてみると、先発投手と(主に勝ちパターンの)救援投手との評価バランスがとれた感じの仕上がりとなっているではないか。2020年カープについて、シーズンを通じた勝利貢献度ランキングをみると、やはり圧倒的に森下投手の一年だったわけだが、セイバーメトリクスの各種指標と比べると、島内投手、中村(恭)投手、中田投手ら、救援投手が高く評価されていることが分かる。

一方、セイバーメトリクス指標ではチーム内上位にくる遠藤投手や床田投手は、勝利貢献度ランキング上位に入ってこない(両投手の勝利貢献度はそれぞれ▲1.20、▲0.92)。両投手とも好投した試合の勝利貢献度は大きいものの、森下投手や九里投手との比較においては、不調の日がやや多く、それが足かせになってしまったことが大きく、本来の投球をできる確率を高めることが課題なのかもしれない。また、好投した日も打線の援護が十分でなかったケースがあることがたたった可能性もある。

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2020年カープ投手陣の勝利貢献度ランキング(ベストテン)

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床田投手、遠藤投手の試合毎の勝利貢献度の分布(森下投手、九里投手との比較)

また、個人別ではなく「先発」「救援」別にみると、まず、先発投手については+0.4~0.5のゾーンと▲0.3~0.5のゾーンに分布が割れている。これはつまり、先発投手は期待どおり試合を作ってくれるか、壊してしまうかのどちらかである場合が多い、ということを示唆している。次に、救援投手については、ゼロ近傍に分布が集中しているが、±1を超える例を含め、プラス方向にもマイナス方向にも絶対値の大きなケースがみられる点が特徴的だ。このことは、通常、救援投手は短いイニング限定での登板となるので、多くの場合、どうしても試合の流れを手繰り寄せられる度合いは限られるが、重要な終盤のイニングを担うだけに、ときとして試合の方向を決定づけるケースがあることを示唆している。このように、先発・救援投手とも珍しい分布図となっているが、シーズンを均してみると、総平均はいずれもゼロ近傍であり、概ね、活躍度の順が「エース級の先発投手>勝ちパターンの救援投手>ローテーション下位の先発投手>その他救援投手」となりやすい塩梅となっているようだ。

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先発・救援投手別の各登板試合における勝利貢献度の分布

この計測手法は、コンセプトにおいて以前の記事で紹介した「小松式ドネーション」の発想に近い。「小松式ドネーション」とは、元オリックス小松聖投手が自身の投球結果に応じ愛犬保護団体に寄付するプロジェクトで使った計算式による指標であり、具体的には「投球イニング数×3+(勝利数+ホールド数+セーブ数)×10」により求められる。この計測手法は、小松式ドネーションよりかは、救援に失敗したケースを勘案できている分、胸を張って精緻といいたいが、計算式が複雑な点は嫌味といえるか・・。

勝利貢献度分析はファンの目線とどの程度合致しているか

この計算式は現状、いずれもまだデモ版なのだが、筆者自身、この分析がファンの目線とどの程度合致しているか、という点において興味がある。

とりあえず、2020年シーズンにおけるカープ勝利試合において、勝利貢献度分析上、各試合で最も活躍したと算出された投手・打者と、カープの勝利試合におけるお立ち台(ヒーローインタビュー)の選手とを比較すると次のとおりとなる。

投手については、割と素直に好投した投手がお立ち台に上がっており、勝利貢献度の高かった選手と一致している。これに対し、打者については、要するに決勝機で得点につなげた選手がお立ち台に上がっていることが多いようだ。この点、勝利貢献度の計算式は、たとえ、決勝機で得点につなげた選手であっても、それ以前の打席で得点機を逸する凡打に倒れてきた場合、試合全体を通じた貢献度が低めに計算されるため、勝利貢献度の高い選手と「お立ち台」の選手との乖離が生じてしまっているようだ。

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2020年カープにおいて勝利貢献度の最も高かった選手とヒーローインタビューを受けた選手

誰が「お立ち台」に上がるかは、チーム内で「推したい」若手選手や、お立ち台が久しぶりとなる選手を優先するなどの判断が働く可能性もある。そこで、2021年シーズンにおいては、勝利貢献度と、ファン目線での最高功労者との関係を調査する観点から、スポーツナビにおけるエキサイティング・プレーヤーや「みんなのMVP」(ネット上でのファン投票により決定)との比較に努めてみようと考えている。

とりあえず、2021年オープン戦が終わったところで、オープン戦の分析をすることにしたい。

カープ各選手の勝利貢献度を分析してみた①(打者編)

前回の記事では、各イニング終了時の得点差別の勝率表について紹介した。この勝率表はなかなか便利で、各選手の勝利貢献度の分析に応用することができる。

勝利貢献度を測定してみようと考えるに至った理由は、セイバーメトリクスの指標の多くが選手の「能力」指標であり、少なくとも概念的には、必ずしも勝利貢献度と一致しないことにある。能力度と貢献度とは同じものではないか、と思われがちだが、必ずしもそうではなく、サラリーマンの世界でも、能力と業績とは、一応分けて評価されることが多い。野球における勝利貢献度(業績)とは、勝負事である試合において勝利を刻むためにいかに寄与したかをいう。例えば、たまたま僅差の得点機で回ってきた打席で安打を放った選手が、たまたま走者なしの打席で安打を放った選手より能力が高いかどうか分からないが、得点貢献度については高いといえよう。ファンが喝采するのはこの手の貢献度であり、業績ベースでの目線は、ファンの立場と親和的である。一方、セイバーメトリクスでは、現実にはチームメイトとの連携や相手チームとの駆け引きの結果として表れるプレー結果について、統計分析を通じ、各選手固有の能力度を抽出することに注力している。

打者の勝利貢献度の計算方法

かねがねファン目線からのデータ分析を行っていく観点から、勝利貢献度を計算してみたいと思ってきたところであり、かなりの作業を要したが、ようやくデモ版といえるものが整ったので、紹介させて頂く。本日は、まず打者の勝利貢献度についてみていこう(投手については次回とする)。

打者の勝利貢献度について、ここでは、①まず得点への貢献度を測定し、そのうえで、②前回記事で述べたとおり、得点をとったイニング(序盤か終盤)やそのときの得点差によって「1点の重み」に差があることを踏まえ、掛け目を乗じることにより計測してみた。

①得点貢献度の測定

①について、得点貢献度とは、打撃結果を踏まえ、その打者の打席の前後でどの程度、イニング中の得点期待値を高められたかを計算することにより求める。得点期待値は、蛭川皓平著「セイバーメトリクス入門」に掲載のデータ(2014~18年NPBの実績をもとに作成)に依拠しており、そこから転記すると次表のとおりである。

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アウトカウント・走者状況別の得点確率表

 

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 得点期待値は、アウトカウントや走者の状況ごとに異なる。上表のとおり、無死一塁からであれば平均0.804点の得点が期待できるし、無死一三塁からでは1.693点が期待できる。もし「無死一塁」の状態で打席に入った打者が単打を放ち、走者が三塁まで進んだ場合、打席後の状態は「無死一三塁」となり、この打者は得点期待値を「0.804点」から「1.693点」へと「+0.889点」高めたと評価することができる。また、例えば無死三塁(得点期待値1.285点)の状態から二塁打を放った場合、1点を獲得した上で無死二塁(得点期待値1.071点)の状態へと変化するため、この打者の得点貢献度は、「(1点+1.071点)-1.285点」により「+1.214点」と計算する。

一方、凡退は得点期待値を引き下げるため、負の得点貢献度となる。特に得点機での凡退は、大きな「負の得点貢献度」を計上することになる。例えば一死満塁(得点期待値1.504点)から打席に入った打者が併殺打となり、無得点に終わった場合(=イニング中の得点期待値はゼロにまで低下)、この打席における得点貢献度は▲1.504点と計算される。

この計算作業を全打者、全打席について行っていく。

なお、一般に、「得点貢献度といえば打点なのではないか」とお思いの方もおられるかもしれないし、打点はデータを簡便にとることができるメリットがあるのだが、ここでは、打点には着目しなかった。なぜなら、本塁打を除くと、打点をあげた打者が必ずしも最も得点に貢献したとは言い切れないからだ。例えばある打者が三塁打を打ち、その次の打者が内野ゴロの間に点が入った場合、打点は内野ゴロを打った打者に帰属するが、得点への寄与度は三塁打を打った打者の方が高いのではなかろうか。

②得点差やイニングによる「1点の重み」にかかる調整

①で算出した各打者・各打席の得点貢献度それぞれに対し、「1点の重み」に応じた掛け目を乗じる。例えば、9回表無死からの三塁打を打った選手について、得点貢献度は常に+0.519点なのだが、それが同点の場面なのか、それとも5対0の大量リードの場面からなのかによって勝利貢献度は大きく異なる。ここで活用するのが前回記事に掲載した「イニング終了時の得点差別の勝率表」である。同表をみると、前者の場合、9回表同点からの1点により勝利可能性は+45.0%高まるため、この「1点」に対しては「0.45」の掛け目を乗じることにする。一方、後者の場合、もともと勝利が決定的な状況であったこともあり、この1点による勝利可能性の上昇幅は+0.27%しかない。したがって、「0.0027」の掛け目を乗じる。

多少ややこしいのが、得点期待値の高い状況での打席に関する計算処理である。例えば7回表同点で無死二三塁(得点期待値は1.860点)の状態から三塁打を放った場合、走者2人を生還させた上で無死三塁(得点期待値1.285点)の状態へと変化する。この場合に適用する掛け目は、現に生還に成功した2得点については、「7回表に同点から1点差になるときの勝利可能性の上昇幅(25.9%)+同じく1点差から2点差になるときの上昇幅(13.5%)」を、さらに無死三塁の状態からの得点期待値(1.285点)については「同じく2点差から3点差になるときの上昇幅(9.5%)」とする。

こちらについても全打者、全打席について計算作業を行っていく。

2020年カープの打者の勝利貢献度・得点貢献度は・・・

試しに2020年シーズンのカープの各打者について、年間を通じた勝利貢献度・得点貢献度を集計すると、上位ランキングは次図のとおりとなる。順当といったイメージではなかろうか。シーズンを通じてみると、やはり得点貢献度が上位の選手は、勝利貢献度においても上位を占めている。また、参考としてセイバーメトリクス指標であるwOBAを付記してみたが、得点貢献度や勝利貢献度の高い選手は、仕上がりにおいて、比較的素直にセイバーメトリクスの能力指標も高い傾向が認められる。

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2020年カープ投手陣の勝利貢献度ランキング(ベストテン)

次に、最も高い貢献度となった試合数のランキングを集計すると、次図のとおりとなる。興味深いのは年間を通じた得点貢献度(▲6.78)が高くなかった田中広輔選手は、得点貢献度がチーム最高だった試合数では7位、勝利貢献度がチーム最高だった試合数では5位に食い込んでいることだ。シーズン中盤まで故障明けで調子の上がらなかったシーズンであったが、それでも好調な日はしっかり活躍し、チームに貢献していたことがみてとれる。

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2020年カープ打者について、貢献度がチーム最高となった試合数ランキング

一つ、謎めいているのが、スタメン出場した選手について打順別に集計した結果である。得点貢献度については分かりやすく、年間を通じた貢献度が4番打者に集中しており、堂林選手や會澤選手らのおかげもあって6~7番あたりの貢献度も高めとなっている。他方、勝利貢献度については、実は1番打者の貢献度が最も高くなっている。長野選手やピレラ選手を1番起用する試合が多かったほか、大盛選手や宇草選手のようなプロスペクトの台頭も影響しているのだろう。ただ、これが2020年カープの特徴なのか、それとも全体的傾向といえるのかについては、現時点では何ともいえない。今後、さらに関心をもってみていきたい点だ。

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次回は、投手の勝利貢献度分析についてみることにしたい。

各イニング終了時の得点差別の勝率表を作ってみた件

ブログ更新の間があいてしまったのは、標題のデータ整理に膨大な作業量を要してしまったからである。この辺が個人商店で分析作業を行うときの外目に分かりづらい苦労である。

さて、NPBの直近5シーズン(2016~20年)の全試合のボックススコアを基に、1回表から12回裏までの各イニング終了時点における、先攻チームの得点差別の勝率表を作ってみた。細かな数字の羅列で、何のことやら、と思われるかもしれないが、これから数回のシリーズで述べるとおり、様々なデータ分析の基礎とすることができる。

次表は、先攻チームの勝利確率を示しており、例えば1回表終了時点で先攻チームが1点リードの場合、先攻チームの勝率は55.6%となる。逆に、1回裏終了時点で先攻チームが2点ビハインドとなった場合、先攻チームの勝率は28.6%にまで低下する。後攻チームの勝利確率をみたいときは、100%から先攻チームの勝利確率の値を差し引くことにより求めればよい(なお、引き分けについては「0.5勝0.5敗」として計算している)。

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各イニング終了時における得点差別の勝利可能性

まず前置きとして、この勝率表の作り方について御託を述べると、まず、対象とした全試合のボックススコアを集計し、「残りの攻撃イニングで獲得した得点数」の分布を求める。例えば、後攻のチームにとって1回表終了時点であれば残りの攻撃イニング数は9なので、1~9回の9イニングで獲得した得点数分布を求める。7回表終了時点であれば、残りの攻撃イニング数は3なので、7~9回の3イニングで獲得した得点数の分布を求める。

これに基づき、各イニング終了時点における得点差別の勝率表を作っていく。具体的には、各イニング終了時について、そのときの得点差の別に、残りのイニングで先攻チームがとれる追加点数のごとに想定される勝率を求め、集計する。例えば1回表終了時点で先攻チームが1点リードの場合、先攻チームが残りの攻撃イニング(8回)で追加点をとれなかったケースの勝率は、後攻チームが残りの攻撃イニング(9回)で1点もとれない確率として計算できる。同様に、先攻チームが残りの攻撃イニング(8回)で1点をとれた場合の勝率は、後攻チームの残りの攻撃イニング(9回)での得点数が0点ないし1点となる確率となり、先攻チームが残りの攻撃イニング(8回)で2点をとれた場合の勝率は、後攻チームの残りの攻撃イニング(9回)での得点数が0~2点となる確率となる。こうした計算作業をすべての残りイニング数、得点差パターンにつき行っていく。

終盤にかけて1点の重みが増していく

この表からまず読み取れることは、終盤にかけて1点の重みが増していくことだ。例えば、1回表で奪った1点差のリードは、先攻チームの勝利確率を50%→55.6%へと+5.6%ポイント押し上げるわけだが、8回表に1点差リードを奪った場合、勝利確率の押し上げ幅は+25.0%ポイント(50%→75.0%)と、同じ1点でも序盤の5倍近い価値を持つ。終盤での失点は残されたイニング数が少ないだけに挽回可能性が低く、ずしりと重たい。

また、たとえ序盤であっても先制点をあげると試合を優位に進められることは確かである。次図をみても、3回裏終了時点で1点差リードというケースでも、63.5%の確率で勝利することがみてとれる。また、2016~20年シーズンにおいて先制点をあげたチームは、75.8%の確率で勝利している。この中には、序盤の大量得点で一気に勝負をつけた試合も少なからず含まれているが、比較的ロースコアの試合に絞ってみても先制点をあげた方が有利なことに変わりはない。勝利チームの得点数が4以下の試合に絞ってみても、先制点をとったチームは61.6%の確率で勝利している。

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リードしている得点差ごとの各イニングにおける勝利確率の上昇

イニングごとの得点数はMLBと概ね似た傾向

また、勝率表を作る過程で作ったイニングごとの得点数の分布をみると、得点数は、必ず上位打線から攻撃の始まる初回が最も多く、中盤にかけて、打順が2巡目、3巡目に入ってきたところで再び得点が増えてくる傾向が確認できる。こうした傾向は基本的にMLBと変わらない。強いていえば、NPBの方が8回の失点数が少なめであり、もしかすると延長戦が無制限のMLBと比べ、NPBの方が救援投手をつぎ込みやすいといった事情が影響しているのだろうか。

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イニング別得点数(2016~20年NPBMLB

 実は、イニング終了時の得点差別の勝率表を使うことにより、各選手の勝利貢献度を測定することができるのではないか、と考えている。次回は、勝利貢献度分析への活用について述べることにしたい。

日本野球は左打者に期待するイメージがメジャーと違う?

日本プロ野球NPB)において打者の約半数弱は左打者であり、日本人の左利きの比率(11%程度)と比べ、明らかに高い。日本プロ野球機構が公表している選手一覧をみても、左投手には左投左打の選手が多いのに対し、左打者は右投左打の選手の比率が非常に高い。さらに、シーズンオフのゴルフコンペのテレビ映像をみると、驚くことにバットは左打ちなのに、ゴルフは右で打っている選手さえみかける。これらから想像するに、元来、左利きでない左打者が相当数に上っているはずだ。それでは、なぜ、左利きでもない選手が左打者になるのだろうか。また、NPBMLBで左打者になる動機や、左打者に期待される役割に違いはあるのだろうか。

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NPB選手の右投/左投、右打/左打別内訳

左打者の多いNPBスイッチヒッターの多いMLB

まず事実関係として、NPBMLBにおける右打者・左打者・スイッチヒッターの比率(打席数ベース)を比較してみた。すると、NPBMLBとも右打者の比率が5割程度という点では共通しているが、左打者の割合については、NPBにおいて45%を超え、足許も緩やかに高まっているのと異なり、MLBでは3割程度にとどまっている。ただ、スイッチヒッターについてみると、NPBでは5%に満たないのに対し、MLBでは約15%に上る。本来右利きの選手が右打者に特化しない判断をしたとき、NPBでは専業の左打者となる傾向が強く、MLBではスイッチヒッターになる傾向が相対的に強いという姿がうかがえる。

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NPBにおける右打者・左打者の割合(打席数ベース)

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MLBにおける右打者・左打者の割合(打席数ベース)

これに対し、投手についてはNPBMLBとも左投手の比率(投球回数ベース)はともに30%前後であり、この比率は昔も今も比較的安定的である。また、冒頭みたとおり、左投手には左投左打の選手が多い。これらの事実を踏まえると、元来右利きの選手が左投手になることは、左打者ないしスイッチヒッターになるよりもハードルが高く、左投手を数多く作り出すことが難しいことを示唆している。

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左投手の投球回数の占める比率

左打者となることのメリットは、大きく次の二点が指摘されている。第一に、左打者の方が一塁までの距離が近いうえ、左打者の方が打撃に伴う体の回転方向が一塁側に向かうため、よりスムーズに一塁に走り出しやすく、セーフになる確率が高いことである。このメリットは、打者が瞬足の場合、内野安打数の増加という形で大きな威力を発揮する。そして第二に、一般に右投手に対しては左打者の方がモーションやボールの出どころを見極めやすいことである。上述のとおり、左投手の割合は右投手より低く、先行きも左投手の急増が見込まれにくいため、左打者はより多くの投手との対戦において有利となりやすい。

NPBで左打者は俊足巧打向き?それに対しMLBでは投打の左右の相性重視?

NPBでは、左打者は上述のメリットの第一(内野安打を勝ち取れる確率の高さ)が重視され、俊足巧打タイプ向けといわれることが多い。一方、本塁打数重視の長距離打者タイプの場合、利き腕の方がボールを押し込む力を強く働かせやすいため、元々右利きなのであれば、そのまま右打者にした方が良いと判断されやすい。

NPBでは、こうした考えが打撃成績にも如実に表れており、左打者は内野安打数や盗塁数が多く、総じて「俊足」である。また、長打力に関する指標において右打者を下回るものの、打率では上回っており、「巧打」タイプが多いといえそうだ。既に第二話で触れたとおり、このコンセプトに沿った史上最高の左打者は、いうまでもなくイチロー選手だろう。

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NPBにおける右打者・左打者別の内野安打率

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NPBにおける右打者・左打者別の「盗塁数÷(安打数+四死球数)」

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NPBにおける右打者・左打者別のIsoP長打率-打率により算出される長打力指標)

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NPBにおける右打者・左打者別の打率

これに対し、MLBでは、「右打者が長距離砲、左打者が俊足巧打」というステレオタイプがあたらない。俊足巧打のタイプはスイッチヒッターになるケースが多く、左打者は上述のメリットの第二(投手の左右との相性)が重視されているようにみえる。なぜなら、MLBでは、右打者・左打者の盗塁数にほとんど差がなく、盗塁数の多さを誇るのはスイッチヒッターである。ただ、スイッチヒッターは左投手相手のときは基本的に右打席を選ぶわけで、左打席ならではの内野安打率の高さが重視されているようにはみえないし、実際、内野安打率は、スイッチヒッターを含め、打席の左右による差がほとんどない。また、左打者の打撃成績をみると、右投手との相性の良さからか、打率・長打力とも押しなべて右打者より成績が良い(もっとも、左打者の打撃成績の優位性はここ数年薄れてきている)。

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MLBにおける右打者・左打者別の内野安打率

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MLBにおける右打者・左打者別の「盗塁数÷(安打数+四死球数)」

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MLBにおける右打者・左打者別のIsoP長打率-打率により算出される長打力指標)

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MLBにおける右打者・左打者別の打率

このように、左打者に期待する技量が、NPBでは内野安打を獲得できる確率の高さ、MLBでは数多い右投手との相性の良さに比重が置かれてきたとみられる。ただ、NPBでも近年、ヤクルトの村上選手や西武の森選手など、強打者タイプを含め押しなべて左打者が増加傾向にある。左打者の比率が高まっていくと、NPBでもやがて「左打者は俊足強打タイプ、右打者は強打者タイプ」というステレオタイプが薄れていく可能性がある。

左打者は総じて有利といえるのか?

NPBにおける左打者の割合の増加は、左打者の方が総じて有利との見方が背景にあるのかもしれない。ただ、左打者にも弱点はある。それは左投手との相性の悪さである。まず、MLBのデータをみると、打率関連、長打関連のいずれの指標をみても左投手対左打者の打撃成績は悪い。その背景には、各打者のプロ入り前のキャリアを含め、左投手との対戦機会が相対的に少ないという習熟度要因が影響している可能性が考えられる。

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MLBにおける投打の左右の相性(打率)

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MLBにおける投打の左右の相性(IsoP

NPBのデータをみると、打率に関しては、左対左が際立って相性が悪いわけではなさそうだが、長打力指標についてみると、左打者が左投手を苦手としていることがみてとれる。

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NPBにおける投打の左右の相性(打率)

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NPBにおける投打の左右の相性(IsoP

現状、投手についてみると、防御率をみる限り、右投手・左投手の成績水準にほとんど差はないNPBMLBともクローザーは右投手に偏っているらしく、セーブ数については右投手の方が多いが、勝利数や防御率は同水準である。左投手は、対左打者でのパフォーマンスが良いのに、全体の成績水準が右投手と同程度になっているわけだが、これは現状の左打者の割合を前提とした話である。ある種の理屈上は、今後、左打者の割合が高まっていくにつれ、優れた左投手が好成績を残しやすくなる可能性が考えられ、注目していきたい。

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右投手・左投手の防御率NPBMLB

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リーグ全体のセーブ数に占める左投手の割合

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リーグ全体の勝利数に占める左投手の割合

廃れた作戦は技術力が低下する――送りバント成功率の推移②

前回の記事では、状況次第で得点確率を高め得るほどにバント成功率の高い「バント職人」野手が残っているNPBと異なり、MLBでは、送りバントの企画頻度が低下するにつれ、バント成功率も低下し、送りバントがますます「見合わない」作戦になっていることを説明した。

本日は、バント成功率の低下を、打撃面の作戦全体の中でどのように評価すべきなのか、少し考察を深めたい。

ESPN「プロダクティブ・アウト」と比べたときの送りバントの「採算性」

米国のスポーツ専門チャネルESPNが開発した指標に「プロダクティブ・アウト」というものがあり、無死ないし一死で走者ありの状況での打席で、走者を進塁させられた凡打のことをいう。Baseball-referenceでは、そうした状況での打数を分母、プロダクティブ・アウト数を分子とするプロダクティブ・アウト率を集計・公表している。

ここで、走者ありの状況での打数のうち、安打になるか、あるいはプロダクティブ・アウトになる場合には、ともかく次打者の打撃結果として走者の進塁を果たせたと考えることにし、本稿においてこの比率「打率+プロダクティブ・アウト率」のことを「進塁成功率」と呼ぶことにする。

この進塁成功率と、送りバントを企画する場合の成功率とを比較すると、次図のとおりとなる。

 

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MLBにおける送りバント成功率とプロダクティブ・アウト率等の推移

この図からみてとれることは、次の2点である。

第一に、足許の送りバント成功率は、2000年代頃までの進塁成功率を下回る水準にまで低下しているということだ。そして第二に、ただ、足許はプロダクティブ・アウト率も低下傾向にあるため、送りバント成功率と進塁成功率との較差は縮小していないということだ(当該較差の推移をグラフにすると次図のとおり)。つまり、送りバント成功率の低下にかかわらず、ともかく走者を先の塁に進められるか、という意味での送りバントの「採算性」は悪化していない。

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送りバント成功率と、「打率+プロダクティブ・アウト率」の較差

それでは、プロダクティブ・アウト率の低下の原因は何だろうか。一つは三振率の趨勢的な高まりである。そしてもう一つは、振れ幅の範囲内なのか、それとも足許の変化(フライボール革命?)と捉えるべきなのか現時点では判断できないが、ここ数年、ゴロアウト/フライアウト率が低下し、フライアウトの比率が上昇していることだ。
いずれにせよ、進塁成功率の低下が意味するのは、MLBにおいては、走者を出しても、それを次の打者で進塁させられる確率が低下しているということだ。それでもなお1試合当たり得点数は減っていない(むしろ増加している)わけで、MLBでは、送りバントに限らず、進塁打の積み重ねによる得点機拡大が減少する半面、長打力で一気に得点を奪う機会が増加していることが窺える。

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MLBにおける三振率と、ゴロアウト/フライアウト比率の推移

バントヒットの減少

それからもう一つ、MLBにおける送りバントの現象・送りバント成功率の低下と関係しているかもしれない現象として、バントヒットの減少が挙げられる。たまにわざと短い打球を打つことで相手の守備隊形を攪乱する意義は一概に否定されていないと思われるが、1試合当たりバントヒット数は減少傾向が続いている。

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MLBにおける1試合当たりバントヒット数の推移

因みに、内野安打数については、振れ幅を伴いながら総じてみると特段の増減がみられない。2000年代初に激減した理由についてはさらなる究明が必要だが、いずれにせよ、趨勢的にとらえると、概ね横ばいで推移しているといえそうだ。

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MLBにおける1試合当たり内野安打数の推移

今回シリーズでは、以上、送りバントの成功率について分析してみた。放棄した技術はまもなく廃れる、というなんとも切ない内容になってしまったが、送りバントの技術が廃れたのだとすると、巧妙なバントに対する守備力も廃れている可能性だってあるわけで、もしかすると五輪などの国際試合では、送りバントの有効性が高まっているのかもしれない

廃れた作戦は技術力が低下する――送りバント成功率の推移①

無死一塁からの送りバントはむしろ得点期待値を低下させるという理由で、MLBにおいて送りバントが死滅化しつつあることは、既にこのブログで何度も触れてきた。では、このように送りバント絶滅危惧種となりつつある中、成功率はどのように推移してきたのだろうか。

このブログで、何度もこだわってバントをテーマにするのは、一つには「小技」を絡ませたチームバッティングを本領とする河田コーチが復帰したからなのだが、より根本的には、セイバーメトリクスに忠実にバントを葬り去ろうとしているMLBと比べ、NPBの現場で引き続きバントの有効性が疑われていないことには何か理由があるのではないか、という問題意識を持ち続けているからである。

NPBの方が送りバント成功率は高いが、足許はやや低下傾向。MLB送りバント成功率は5割台まで低下

まず、単刀直入に、NPBMLBにおける送りバント成功率(※年間バント企画回数が10以上の選手について集計)をみると、一貫してNPBの方が成功率が高い。そして、MLBでは送りバントの企画頻度が大幅に低下するもと、成功率についても5割台まで低下している。これに対しNPBについては、総じていえば高い成功率水準を維持しているものの、足許ではやや低下傾向にある。

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送りバント成功率の推移(NPBMLBの比較)

MLBではNPBと比べ、野手を中心としてバントの巧拙のバラツキが大きく、総じて成功率が低い

以下、バント成功率の分析を、投手と非投手(野手)の別にみていくことにする。そのための前置きとして、投手・非投手別のバント企画回数をみてみよう。MLB(1989~2020年)における投手・非投手の1試合当たりバント企画回数は、投手0.31回、非投手0.26回である。これに対し、NPB(2011年~2020年)では投手0.32回、非投手0.81回であり、投手についてはNPBMLBのバント企画頻度に大差ない半面、野手の企画頻度についてはNPBの方が著しく高い

その上で成功率についてみると、MLBでは、バント企画頻度の高い投手の方が、バント成功率も高いMLBにおけるバント成功率は、1989~2020年の総計で投手:71.8%、非投手:67.4%)。選手毎のバント成功率の分布をみると、成功率の高い(成功率8割超)選手は投手・非投手を問わず存在するのだが、成功率の低い(成功率6割以下)選手については、目立って非投手の比率が高い。つまり、投手については総じてバントが巧い選手が多いのに対し、野手の方が巧拙のバラツキが大きいということだ。

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MLBの投手・非投手別のバント成功率分布

これと対照的に、NPBでは野手の方が送りバントの成功率が高く、野手のバント成功率の高さはMLBと比べ顕著に高い(なお、投手のバント成功率については、むしろMLBの方が優れた選手の比率が高い)。

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NPBの投手・非投手別のバント成功率分布

NPBと異なりMLBでは野手の「バント職人」が消滅

このように、NPBの野手のバント技術の高さは半端なく、中でも、バントが上手で年間企画回数も30回、40回に上る「バント職人」が多数ではないにせよ、確実に存在している点が大きな特徴である。

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NPBにおける年間バント企画数分布

これに対し、MLBでは「バント職人」は絶滅危惧種化しており、時系列的にみても高い頻度でバントを任せられる打者数は明らかに減少している。投手・非投手別の年間バント企画回数分布の推移(1990年、2000年、2010年、2019年の4時点比較)をみると、投手・非投手とも2010年代以降、年5回以上バントを行う選手数が一段と減少していることが分かる。投手の年間バント企画回数減少については、先発投手の投球イニング数の短縮化による影響も多分にあるのだろうが、いずれにせよ、シーズン中のバント企画頻度が軒並み低下していることは明らかだ。

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非投手の年間送りバント企画回数分布の推移

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投手の年間送りバント企画回数分布の推移

MLBにおけるバント職人の「絶滅危惧種」化は、バント企画回数だけでなく、成功率の分布をみても明らかだ。次図は、1989~93年の5年間と、2016~20年の5年間におけるバント成功率の分布を整理したものである。これをみると、投手については、成功率の高い選手は比率を低下させつつも引き続き残存しているのだが、非投手については、そもそも成功率の高い選手が殆どいなくなっていることが分かる。MLBにおける野手のバント技術低下は覆いきれない現象といってよいだろう。

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野手のバント成功率分布の推移(MLB・1989~93年、2016~20年の比較)

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投手のバント成功率分布の推移(MLB・1989~93年、2016~20年の比較)

はっきりいえば、バント成功率の低い野手については、一般的・理論的にはバントをさせるべきでない。冒頭で述べたとおり、セイバーメトリクス理論は、無死一塁からの送りバントは得点期待値を低下させるとうたっている。筆者の分析は、それに多少の留保をつけ、MLBのデータを前提としても、走者を殆ど出さない好投手(WHIP1未満)との対戦機会に限っては、送りバントの企画により1点はとれる確率を高められる可能性がある、というものなのだが、この分析も、送りバントの成功率8割のケースで辛うじて見合うという計算である(ただし、MLBと比べ長打の比率の低いNPBでは、もうちょっと損益分岐点が低い可能性はある)。つまり、理論上、バントを企画する意味があるのは「好投手との対戦時における『バント職人』か、または極端に打率の低い打者(投手など)」に限られる。そうした見方に立つと、引き続き「バント職人」が残っているNPBと異なり、MLBでは、一般的にいえば、もはやバントを仕掛けるべき野手がいなくなっているということだ。

MLBにおいて、バント企画頻度の低下と成功率の低下はリンクしているのではないか

以上の事実を踏まえると、バントは企画頻度の高さと成功率がリンクしているのではないか、との仮説に辿り着く。NPBMLBとの比較においては、送りバントの企画頻度の高いNPBの方が成功率が高く、MLBの投手・非投手の比較においては、やはり企画頻度の高い投手の方が成功率が高い。そして、時系列的に比較しても、かつてのMLBの方が足許と比べ企画頻度が高く、成功率も高い。

その理由はと問われると、いささか「鶏と卵」の関係なのだが、成功率が高いから企画頻度が上がる面もあろうし、企画頻度が高まると練習量を増やすなどして成功率が高まる面もありそうだ。後者の側面に着目するなら、もしかすると、バントは練習と実践により技術を向上させられる可能性が高いということなのかもしれない。今年のカープについていえば、河田コーチの下でバント練習を強化すれば、バント成功率を高められる余地はあるだろう。半面、MLBのようにバントを作戦として選好しなくなると、それにつれバント成功率も低下し、バントは従来に増して「見合わない」作戦行動へと成り下がっていくと考えられる。

送りバントの成功率というマニアックな分析には、続きがあり、成功率の低下を、打撃面の作戦全体の中でどのように評価すべきなのか、もうちょっと考察したいことがある。ただ、本日は長くなってしまったので、いったんここで区切り、続きは次回とさせて頂く。

野球観戦のTIPSとして・・好不調の統計分析(第二幕:チームの連勝連敗)

前回記事では、打者の打撃成績の好不調の波についてみた。本日は少し目線を変えて、チームの連勝連敗のデータについてみてみよう。

6連勝・6連敗以上は年に一度あるかどうかの大型連勝・連敗

まず、単刀直入に1950年以降のNPB各球団の連勝・連敗の記録を集計し、チーム・シーズン毎の平均値をとると次図のとおりとなる。当然といえば当然のインプリケーションを2点述べると、第一に、連勝数と連敗数の分布は、コインの表裏のような関係にあることもあり、概ね同じような形状の折れ線グラフとなる。第二に、連勝・連敗数が大きいほど発生回数は少なくなり、6以上の大型連勝・連敗は、年間発生回数が1.2回弱である。

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連勝・連敗の年間発生回数(1950~2020年NPB

そして、上記の集計結果を、シーズン勝率の水準別に整理すると次図のとおりであり、当然のことながら勝率の高いチームほど連勝記録が多く、勝率の低いチームほど連敗記録が出易い。勝率が6割5分を超えるようなチーム状態だと、6連勝以上の大型連勝を年4回程度期待できるし、一方、勝率が3割5分未満のチームでは、6連敗以上の大型連敗が年4回程度生じ得ることが分かる。こうやってみると、2019年のカープは11連勝と11連敗をともに経験したわけだが、統計的にみても、かなりアップダウンの激しいシーズンだったと振り返らざるを得ない。

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勝率水準別の「連勝」の年間発生回数

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勝率水準別の「連敗」の年間発生回数

大型連勝・連敗の長さや発生頻度は、長期的には統計的な理論値どおり

この連勝・連敗数のデータは、勝率の高さに応じランダムに勝敗を発生させ、コンピュータに10万試合を戦わせた結果と概ね一致する。次図は、勝率5割のチームと6割のチームについて、実データとコンピュータによる計算結果を比較したものであり、実データと「理論値」がかなり一致していることが確認できる。そのため、連勝のときは、戦力の高さへの誇りと連勝による高揚感がないまぜになり、理屈はどうであれともかく嬉しいわけだが、大型連敗のときに憂えるべきは連敗自体ではなく「その勝率の水準に落ち着いてしまう戦力」であるべき、ということだ。

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実際の連勝連敗の長さ・発生頻度と統計上の理論値との比較

因みに、日本シリーズのような短期決戦についても、長い目で見ると連勝・連敗がかなりの程度、コイントスどおりとなっている。コイントスでは、4戦先勝制のもとで日本一になったチームが「2連勝以上」する回数は1.16回、「3連勝以上」が0.58回、「4連勝が0.23回」と計算される。これに対し、日本シリーズの実績値(1950年~2020年)は、「2連勝以上」が1.17回、「3連勝以上」が0.61回、「4連勝」が0.28回となっている。なお、サンプル数のより多いMLBワールドシリーズについてみると、さらに実績値がコイントスと近似する。ワールドシリーズが4戦先勝制となった1905年以降のデータをとると(因みに、ワールドシリーズ導入初年(1903年)は5戦先勝制であり、翌04年はナ・リーグを制覇したNYジャイアンツが対戦を拒否)、「2連勝以上」が1.15回、「3連勝以上」が0.57回、「4連勝」が0.24回となっている。

大型連勝・連敗中の得失点の「収支」は、そのチームのシーズン平均と比べ±3点程度も違う

このように大型連勝・連敗中を確率論的に捉えると、その戦力にして起こり得べくして起きたもの、という無味乾燥な話に終始してしまうのだが、少しだけ原因・背景を掘り下げるべく、6連勝以上・6連敗以上の大型連勝・連敗中の得失点数と、そのチームのシーズン平均の得失点数とを比較したのが次図となる。

まず、大型連勝中についてみると、88.2%のケースでシーズン平均より得点数が多く、かつ、失点数が少ない。得失点数のシーズン平均との較差は、得点数について平均+1.47点、失点数について▲1.35点であり、この両者を差し引きすることにより求められる、得失点の「収支」はシーズン平均と比べ+2.82点となっている。

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6以上の大型連勝中の得点数・失点数のシーズン平均との較差

大型連敗についても概ねこれと正反対の結果となっている。大型連敗中は、91.2%のケースにおいて、シーズン平均より得点数が少なく失点数が多い。やや特徴的なのは、大型連敗中の得点数のシーズン平均との較差が▲0.97点なのに対し、失点数については較差が+2.55点となっている。つまり、大型連敗は「投崩」による場合が多いことが窺える。得失点数の「収支」は、シーズン平均より▲3.51点悪化している。

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6以上の大型連敗中の得点数・失点数のシーズン平均との較差

野球における1試合あたり得失点数は4.5点程度なので、これだけ2.5~3点もの水準で「収支」が良化(悪化)すると、勝つべくして勝っている(負けるべくして負けている)ことが分かる。

これをもう少し言い換えると、セイバーメトリクスの世界では、得失点と勝率との関係について、勝率が概ね「(総得点の2乗)÷(総得点の2乗+総失点の2乗)」と一致するといわれている(ピタゴラス勝率)。ここで簡単な試算として、平均得失点数がともに4.5点のチーム(ピタゴラス勝率は当然、5割ちょうど)と比べ、それよりも「得点数が+1.47点、失点数が▲1.35点」の大型連勝中チームと、「得点数が▲0.97点、失点数が+2.55点」の大型連敗中チームのピタゴラス勝率を求めると、それぞれ.782、.201となる。このように勝率が8割のチームであれば7~8試合のうちに6勝するのは概ね確率どおりといえるし、勝率2割のチームが6敗するのも確率どおりだ。つまり、ピタゴラス勝率からみても、大型連勝・連敗中は、そのような試合結果になってしまう程度に得点数・失点数が増減していると言える。

野球が人間の営為である以上、好不調はつきものであり、不調時にはやがて回復するまで温かく見守るしかないし、統計的にみても、戦力水準対比でいつまでも続くものではない。実際、2018年のカープは6連敗しても優勝したわけだし、打撃不振や大型連敗に直ちに憂える必要はないが、連敗の長さという意味でも喫する回数という意味でも、大型連敗をし過ぎないチーム作りは重要だと思う。

 今年のカープが、連勝を多く楽しみ祝えるシーズンとなってくれることを祈りつつ、また、連敗を喫し過ぎないチーム力を維持してシーズンを戦い抜けることに期待し、筆を置きたい。