ノーヒットノーラン考

前回の記事ではサイクル安打の達成確率について試算したが、今回はノーヒットノーランについて試算を行ってみたい。

ノーヒットノーランというと、カープでは何といっても3度(65年10月2日、68年9月14日、72年4月29日)の実績を誇る外木場義郎さんの名前を思い出す。また、現在の佐々岡監督(99年5月8日)や藤本和宏氏(71年8月19日)、それからメジャーで活躍中の前田健太投手(12年4月6日)が達成したことがある。

全球団を見渡すと、平成以降のノーヒットノーランの達成回数は25回であり、この間の試合数が計25,731試合であったので、一の試合でノーヒットノーランがみられる確率は0.10%程度となる。これを1シーズン(12球団・143試合)中にみられる達成回数の期待値に計算し直すと0.83回となる。
この発生頻度は、サイクル安打(平成以降の達成回数が34回)と比べてもなお、希少である。

ノーヒットノーランの算術上の達成確率

直感的に、どれだけ優れた投手でもノーヒットノーランは「運」を味方につけないと実現できない。そのため、試算では、①まず、投手にとっての「運」を数値化して「運が良いとき悪いとき」の分布を求める(後述(1))。次いで、ノーヒットノーランの達成確率は、投手の被打率次第で決まってくるため、②①でいうところの「運が良いとき悪いとき」それぞれの被打率(1試合あたりの平均的な被安打数)を求めたうえで(後述(2))、それに基づき③「運が良いとき悪いとき」それぞれの(=被打率ごとの)ノーヒットノーランの達成確率を計算する(後述(3))。

④最後に、これらの要素を組み合わせていく。すなわち、「運の良し悪し」の分布(①・②)と、「運が良いとき悪いとき」それぞれのノーヒットノーランの達成確率(③)とを掛け合わせることにより、全体としてのノーヒットノーランの達成確率を試算してみた。

(1)投手の「運」の数値化

投手の「運」を数値化するため、今回は、セイバーメトリクスの指標であるBABIP(Batting Average on Balls In Play)に着目した。
投手の被BABIP=(被安打-被本塁打)÷(打席-与四死球奪三振-被本塁打

BABIPとは、ゴロやフライといったインプレーの打球が安打になった確率のことであり、三振や本塁打については打者と投手の能力次第であるが、インプレーの打球が安打・凡打のいずれになるかは「運が44%、投球能力が28%、守備力が17%、球場が11%」(トム・タンゴ、アーヴィン・シュウ、エリック・アレンらの共同研究)といわれており、要は運の要素が強いとの考え方に基づく。

BABIPは、一定の試合数を均してみると3割ちょうどくらいに収斂する(特に投手にとっての被BABIPは長い目でみると正規分布的な姿になる)といわれているが、試合単位でみると3割を中心に正規分布となっているとは限らず、それよりはるかにバラツキが大きいのではないかとみられる。

そこで、端的にBABIPの平均値といわれる「0.3」を中心値とし、BABIP平均値の44%分(0.3×44%=0.132)が-0.132~+0.132まで均等に分布するとの想定を置いてみることにした。この想定のもとにおいて、投手にとって最も運が良いときのBABIPは0.168となるし、最も不運なときは0.432となる。

(2)「運が良いとき、悪いとき」それぞれの被打率

「運が良いとき悪いとき」それぞれの被安打は次のとおり想定してみた。
①まず、BABIP理論上「運に左右されない」奪三振、与四死球、被本塁打については、固定値(具体的には、平成以降の全球団・全試合の実績平均とし、1試合あたり38.1打席中、奪三振6.7、与四死球3.5、被本塁打0.9)とした。
②インフィールド被安打については、BABIPの水準ごとに、BABIPの算式に①の固定値を当てはめることにより割り出してみた。
例えば、BABIPが0.30の場合、「BABIP[0.30]=(インプレー被安打-被本塁打[0.9])÷(打席[38.1]-与四死球[3.5]-奪三振[6.7]-被本塁打[0.9]」との算式に基づき、インプレー被安打数=9.9と求められる。このようにBABIPの水準ごとに「被安打数(インプレー被安打数+被本塁打数)」を計算していくと、下表の「被安打数」列のとおりとなる。

(3)「運が良いとき、悪いとき」それぞれのノーヒットノーランの達成確率

次に、運がよいとき、悪いときそれぞれ(被打率の水準ごと)のノーヒットノーランの達成確率を算出する。

ノーヒットノーランの達成確率を算出するにあたって、まず、1イニングをノーヒット無失点に抑えられる確率を求める。この確率は、失策による出塁や盗塁を度外視すると、①3者凡退、②最大3つまでの四死球、③最大4つまでの四死球+併殺の発生確率の合計値となるため、①~③それぞれの発生確率を算出していく。例えば①については、上表の分布ごとに{1-(被安打率+与四死球率}^3により求められる。②、③についてもこれに準じて計算する(※)。ここで被安打率などは上記(2)の前提に基づく。

(※)①3者凡退:{1-(被安打率+与四死球率}^3
四死球1:{1-(被安打率+与四死球率}^3×与四死球率×3
四死球2:{1-(被安打率+与四死球率}^3×与四死球率^2×6
四死球3:{1-(被安打率+与四死球率}^3×与四死球率^3×10
四死球1+併殺:{1-(被安打率+与四死球率}×与四死球率×併殺率×2
四死球2+併殺:{1-(被安打率+与四死球率}×与四死球率^2×併殺率×5
四死球3+併殺:{1-(被安打率+与四死球率}×与四死球率^3×併殺率×7
四死球4+併殺:{1-(被安打率+与四死球率}×与四死球率^4×併殺率×3

1イニングをノーヒット無失点に抑えられる確率(=①~③の確率の合計値)は、例えばBABIPが3割ちょうどの場合、38.03%となる(下表の「1イニングを無安打無失点に抑えられる確率」列参照)。これを9イニング続けられればノーヒットノーランを達成できるので、その達成確率は38.03%^9=0.017%となる(下表の「ノーヒットノーランの達成確率」列参照)。言い換えれば、当該確率のもとで年間12球団・143試合のうちにノーヒットノーランがみられる回数の期待値は0.29となる。

これをBABIPの水準ごとに求める。当然のことながら、(2)の前提において、BABIPが高い(/低い)ほど被安打率が高く(/低く)算出されているため、ノーヒット無失点に抑えられる確率は低く(/高く)なる。

(4)集計:ノーヒットノーランの達成確率は0.0051%

そしてBABIPの水準ごとに算出されたノーヒットノーランの達成確率に、それぞれ(1)で示した各BABIP水準の発生確率を掛け合わせ(下表の「(b)×(c)」列参照)、合計した数値が、投手の運が良いとき悪いときを均したノーヒットノーラン達成確率となる(=0.051%)。

この達成確率は、換言すると、1シーズン中(12球団・143試合)にノーヒットノーランがみられる回数の期待値0.87回に相当する。

なお、完全試合については、達成確率が0.003%、1シーズン中にみられる回数の期待値が0.06――約17.5年に一度の頻度――と算出される。

今年のカープはいまいち投手陣が苦労しているが、できることならバシッとノーヒットノーランを決めて、チームに勢いをつけてもらいたいものだ。

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BABIP水準ごとのノーヒットノーランの達成確率