やや脱線:恩田陸「蜜蜂と遠雷」の読書感想とドラフト制度(ネタバレ&ちょっと強引ですが)

唐突になんであるが、恩田陸さんの長編小説「蜜蜂と遠雷」を読んだ。
ピアノのコンクールで若い才能たちが競い合い、共鳴しあう中で成長していく様子が描かれている。クラシック音楽のことはよく分からないが、予選・本選の選別の過程を読み進めると、プロ野球のドラフトとの共通性を感じてしまう。

ピアノのコンクールでも、やはり「ドラフト1位」っぽい参加者が優勝?!

完全にネタバレであるが、コンクリートの優勝者はマサルという下馬評どおりの本命候補だった。描かれている演奏ぶりは、まずもって完成度が高くいつも観客を魅了する。そのうえ、ダイナミックさという個性が感じられ、ただ癖が出過ぎてもいない。もし「失敗のない選択として誰か1名を選べ」といわれると、こういうハイレベルにバランスのとれた人物が選ばれるのは納得できるところだ。もしアマチュア野球選手であれば、籤引き覚悟のドラフト1位・即戦力候補といったところだろう。

「ドラフト1位」でない才能たち

ただ、小説の主題は最終的な勝者が誰か、ではない。この小説最大のアクセントは風間塵という、なんとまともな音楽的教育を受けたことがない演奏家である。けれど伝説的音楽家であるホフマンからの推薦付きであり、「天からのギフトだが、災厄になるかもしれない」と評されるほどに賛否が分かれる。それでも彼の演奏を聴くにつれ、観客は感銘を受け、審査員もその端倪すべからざる「ギフト」を認めざるを得ない、という思いになっていく。こういうタレントは、最も審査員泣かせのタイプというべきだろう。野球選手のドラフトであれば、球団内でスカウト会議を開いても賛否がまとまらず、なかなか1位指名にはならない。けれど、才能が開花した場合にはマサル」を超えたスーパースターになれる可能性を秘めている。

そして主人公の栄伝亜夜である。十代後半に母親を亡くしてからというものピアノから離れ、キャリア上のブランクが大きい。その後音大に入り、復帰後間もなくのコンクールでマサルや風間と競い合い、影響を受け合う中で天才的才能が開花していく姿が描かれている。小説では決勝戦での彼女の演奏シーンがカットされており、決勝での演奏の出来栄えのほどは読者の想像に任されている。恐らく、かなりハイレベルであったが、なお現時点の出来栄えはマサルを上回るには至らなかったのではあるまいか。けれど、復帰後、短いコンクール期間のうちに目に見えて成長したところからして、高い将来性が期待できそうだ。この「伸びしろ」を高く買えば、マサル以上の演奏者になるに違いない、との見立ても可能かもしれない。野球選手のドラフトに例えた場合、指名順位が上位か下位かは一概にいえないが、ポテンシャルの高さに賭けた高校生の指名を連想してしまう。

一方、二次予選で敗退したチャンは、演奏が上手だったがそれ以上の面白みも感じられない、といったような描写があり、要するに早熟な才能ということなのだろう。例えてみれば高校野球では好成績を残したが、プロに行ってからの成長余地が見込みにくいということか。

ただ、この小説は、先行きの成長余地だけで才能を語れないことも教えてくれている。高島明石という最年長(28歳)の参加者は、普段は楽器店で働いていたが、一度演奏者としてコンクールに出てみたいと一念発起し、決勝には進めなかったが二次予選で「菱沼賞」「奨励賞」を受賞し、宮沢賢治の詩をモチーフにした難曲「春と修羅」では一番の評価を受けることができた。さながら既にスタイルの出来上がっている中継ぎ投手が社会人からプロ入りするイメージに近いか。

ドラフト指名に対する示唆らしきもの?!

こうやってみていくと、コンクールの順位は「演奏が上手な順」と純化できず、極めて甲乙つけ難いハイレベルな比較の中で決まっていくことが分かる。ドラフトの指名順位もこれと同様で、甲乙つけ難いアマチュアのトップレベルの中から誰を獲得するか、という話なわけで、これを「野球が上手な順」と言い切ってしまうのはあまりに粗雑ということが再認識できる

風間のような選手は、なかなか1位指名になりにくいが、それは決してプロ入り後の活躍度に対する期待値が低いわけではなく、当たり外れの不確実性が相対的に高いだけである。栄伝についても、先行きの「伸びしろ」に対する不確実性があるだけで、トータルでの期待値はマサルと比べても大して遜色ない。一方、ドラフト1位は、期待値の高さだけでなく、球団のフロント内に「失敗が許されない」という保守主義や「ともかく即戦力が欲しい」という時間割引的な思考が働くほど、不確実性が低い(とみられる)選手が選ばれやすいと思う。

下位指名組も、ドラフトで指名される以上、大いなる才能を秘めたプロスペクトであることに違いはない。実際、下位指名組からも多くのスターが生まれているのは「より上位で指名しなかった各球団の目利き力不足」なのではなく、その選手が見事「不確実性」の懸念を打ち破って期待どおりに能力を高め、発揮したという言い方の方が正しい気がする。

とはいえ、賛否の分かれるような選手の獲得を、特に上位指名でやってのけようと思うと、スカウトの目利きとともにGMやオーナーの胆力が必要となってくる。カープだと、別に賛否が分かれるというものではないが、古くは信用組合軟式野球をやっていた大野豊さんの獲得だってそうだし、最近だと元サーファーで野球デビューの遅いケムナ投手の指名など、目利きと思い切りで良い素材を獲得できたものだと思う。

苑田さん以下、カープのスカウト陣には、これからも「大本命の即戦力」からリスクも恐れない「素材型」「ハイリスクハイリターン型」に至るまで、バランスのとれたドラフト戦略を期待したい。ドラフトも津田恒美さんではないが、「弱気は最大の敵」であるに違いない。