野球の歴史の話:投手の分業制の確立

長期時系列的な視点から野球の発展の歴史についてみていきたい。まずは何といっても投手の分業制の確立である。

完投は減少し、中継ぎ投手の登板が増加

沢村賞などでいうところの「先発完投型」は今や昔、投手の分業制の確立に伴い、先発投手による完投はめっきり減少した。NPBにおいて1960~80年代にわたって25~30%の試合では先発投手が完投していたが、90年代以降分業化が進められ、今や、先発投手が完投する試合の割合は5%に満たない

その一方で、救援投手の登板が増加している。1試合あたりの平均登板投手数は、1960~70年代頃は3弱であったが、90年代以降分業化が進み、足許では4を上回っている。このことは、長い歴史の中で、救援投手の登板人数が徐々に増加し、今では毎試合、平均3名以上の救援投手が登板している状況を示す。そして、グラフの形状をみる限り、登板投手数の増加傾向は足許もなお完全に落ち着いた(グラフの伸びがフラット化した)とは言えなさそうな気もする。

興味深いことに、「完投か、救援投手へのスイッチか」という意味での分業化の傾向は、MLBと比較しても概ね軌を一にしている。NPBMLBより先発投手の登板間隔が長めであることなどから、先発投手が完投した試合の割合は高めに出ているが、試合あたりの平均登板投手数の推移は日米とも殆ど同じ傾向を辿っている。

f:id:carpdaisuki:20200808023735j:plain

先発投手が完投した試合の割合・試合あたりの平均登板投手数

先発投手の分業制の確立はMLBが先行し、NPBでは80年代頃まではエースに頼る傾向

ただ、1試合だけみたときの先発・救援の分業という意味ではともかく、長いリーグ戦をこなしていくための先発投手の分業制(ローテーション制)という意味では、MLBの方がはるかに先行した。一方、NPBでは、ローテーション制は、カープが米国から招聘したジョー・ルーツ監督が1975年に導入したのが端緒といわれており、その後も70~80年代頃まではエース投手などへの依存度の高い状態が続いた

実際、エース投手への依存度の高さをみるため、シーズンを通じて最も投球回数の多かった投手がチーム総投球回数に占める比率をみると、NPBでは70年代末まで2割を超えている。いかにエースへの依存度が高かったかが分かる。

頼るべきエースがいることはチームにとって良いことであるが、かつてのNPBでは、投手の頭数が少ない中で長丁場のリーグ戦を戦い抜くため、エース投手をはじめとする少数の投手に依存せざるを得なかったということだ。ここで、限られた人数の投手への投球回数の集中度をみるため、シーズン中の各投手の投球回数のチーム総投球回数に占める比率を2乗して総和した「ハーフィンダール指数(HHI)」を求めてみた。これをみても、やはり、NPBにおいては、70~80年代頃までMLBに比べ明らかに少数の投手への依存度が高かったことがみてとれる。また、NPBにおいて、かつてはエース投手等への依存度はチーム毎のばらつきが大きく(グラフ中の水色の帯は、チームごとのHHIの値の幅を示す)、このことは当時、チームによって分業制の確立度合いが異なっていたが、時代を経ていくにつれ徐々に収斂してきたことが示唆されている。このように、70~80年代までのNPBの歴史の一断面は、投手陣の頭数を整え、分業制を確立していく過程という見方もできそうだ。

その後、NPBにおけるエースへの過度な依存は徐々に改善され、足許においては概ねMLBと似たような傾向を辿るようになっている。

このようにみていくと、何故、球界は投手の分業制を確立していく必要が生じたのか、という疑問につきあたるが、この点については次回、改めて考えを述べることにしたい。

f:id:carpdaisuki:20200808025305j:plain

最も投球回数の多かった投手のチーム総投球回数に占める比率

f:id:carpdaisuki:20200808025448j:plain

チーム投球イニング数における集中度(ハーフィンダール指数(HHI))

Next Stepはオープナー?

ここで、MLBにおける新たな動きを示す数字を紹介したい。下図は、MLBにおける先発投手の「1試合あたり平均の投球回数」(左軸)と「中4日に満たない登板間隔での先発となったケースの比率」(右軸)を示す。長期的にみると投手の分業制の確立に伴い、先発投手の投球回数はやや減少傾向にあり、また、極端に短い登板間隔での先発は回避する運用が図られるようになっていることがみてとれる。

しかるに、2018年シーズン以降、こうした長期的傾向が少し反転していることが分かると思う。これは同年にタンパベイ・デビルレイズが本格的に採用してから広がりをみせた「オープナー」の影響とみられる。オープナーとは、「本来リリーフ起用される投手が先発登板し、1,2回の短いイニングを投げたのち本来の先発投手をロングリリーフとして継投する起用法、及びこの際先発したリリーフ投手を指す」(出所:Wikipedia)。いわくオープナーが剛速球で上位打線を抑えたうえで、長いイニングを投球する投手にバトンを渡せるという利点があるという。

正直、NPBにおいては出場登録選手数がMLBより多めであることなどから、MLBと同様にオープナーが普及するかどうかは分からない。いずれしっかり分析してみたいが、いずれにせよ、もしオープナーが広く普及しだすと、「先発投手」「中継ぎ・抑え投手」という概念設定自体を見直さなくてはならなくなるだろう。今後、MLBでさらにオープナーが普及していくのか、はたまたMLBで普及したとして、NPBでも追随する動きが多くみられるようになるのか、要注目である。

f:id:carpdaisuki:20200808030536j:plain

MLBにおける先発投手の登板間隔・投球イニング数

(注)記事中のデータの出所:NPBについては「日本プロ野球記録」、MLBについてはBaseball Reference