あえて安仁屋算をデータ分析的に語ってみた件(その①)

往年のカープの大投手にして、米軍占領下の沖縄で初のプロ野球選手でもある安仁屋宗八さんが、例年、RCC(地元放送局)などで発表するカープの勝利数予想や、その計算方法は、鯉党などの間で「安仁屋算」として知られている。「十分な登板機会が与えられて絶好調を維持しつづけた場合の個人勝利数を所属投手全員について計算し、それを合算したものをチーム勝利数予測とする」という計算方法とされている。

そのデータ分析の世界とは対極にある「安仁屋算」について敢えて考察してみたい。なお、数回にわたる冗長な文章になってしまったので、要点だけご覧になりたい場合には、「その⑤」をご参照ください。

まずは、各年の安仁屋算の紹介・・

ひとまず、把握し得た限りにおいて、これまでの安仁屋算を列挙しておく(あしからず、敬称略)。全投手の勝利数を合計すると年間100勝前後というとんでもなお勝利数に仕上がってしまう。といいつつ、中継ぎ投手の勝利数が足されていないなど、やや謙虚に(?)「70勝」と見積もられた2016年に限っては、実際の勝利数(89勝)が安仁屋算を上回る、という奇跡が起きているのが笑える。

2020
大瀬良15
森下10
床田10
九里10
野村8
遠藤8
ジョンソン13
中継ぎ30
(計104→新型コロナウィルス感染拡大を踏まえた試合数減に伴い88に微調整)

2019
大瀬良15
ジョンソン15
野村10
床田10
岡田10
九里・ローレンス10
中継ぎ28
(計98

2018
野村16
ジョンソン15
大瀬良14
薮田15
岡田15
藤井晧6
九里10
高橋昴5
中村祐8
(計104

2017
ジョンソン15
野村15
福井10
岡田10
大瀬良10
九里10
中継ぎ29
(計99

2016
ジョンソン15
黒田9
福井15
野村11
岡田10
横山10
(計70

2015
黒田、前田で30

2014
大瀬良、九里、一岡の3人で25

2012
バリントン15
前田15
福井10
野村10
斎藤11
篠田10
中崎8
大竹8
今井8
(計95

2011
前田18
大竹16
篠田10
斎藤11
ジオ11
ソリアーノ10
今村3
中田5
福井9
(計101

これは、はっきりいって野球解説者としての予想というより、OBとしての選手への温かいエールと受け止めるしかないもので、視聴者に鯉党が多いであろう地元放送局ならではと言わざるを得ない。

安仁屋算の傾向

まず、上記で列挙した安仁屋算の傾向をみてみると、①実績のある先発投手について「前年ないし前々年(のうち優れた方)」をやや上回る勝利数を、②まだ実績のない今年のプロスペクトに対し5~10勝を予想する傾向がみられる

それでは、実績のある投手が「前年ないし前々年」をやや上回る勝利数をあげたり、今年のプロスペクトが5~10勝をあげられる確率はどの程度あるのだろうか。

そもそも10勝投手は希少性が高い

この問いに回答する前に、言わずと知れたことであるが、10勝投手は希少性が高いということを申し述べておきたい。

次図は、平成以降(1989年~2019年)の先発投手の年間勝利数の分布をとったものである。これをみると、勝利数が10までは比較的満遍なく分布しているのに対し、10勝を超えたところでぐっと希少性が増していっている。30年・12球団の先発投手数はのべ2,260人(グラフのn=2,260)であるが、このうち10勝以上はのべ675人(先発投手全体の29.9%)であり、15勝以上に至ってはのべ134人(同5.9%)に過ぎない。これを年間各球団の平均先発投手数に置き換えてみると、先発投手数6.28人、10勝以上1.88人、15勝以上0.37人となり、要するに、現実には「10勝投手は各チームに1人か2人」というのが平均的な相場である。

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先発投手の年間勝利数の分布(1989~2019年)

前年を上回る勝利数をあげられる確率は半分、ただし前年二桁勝利の場合には2割未満

そのように申し上げた上で本題に戻ると、前年の成績水準がどうであれ、前年を上回る勝利数をあげることは容易でない。次図のとおり、先発投手の勝利数の前年からの増減をみてみると、勝利数が増加したケース(44.27%)と減少したケース(45.85%)はおよそ半々である(因みに残りの9.87%は前年比増減なし)。また、2.8%程度のケースでは、今季の勝利数が前年比-10以上の減少となっているなど、前年の成績からは想像もつかないような不調・低迷も珍しくない。

特に前年10勝以上をあげた投手の勝利数の増減をみると、最頻値が-3であり、勝利数が減少するケース(77.0%)の方が増加するケース(18.3%)より圧倒的に多い

このように、前年並みかそれ以上の勝利数をあげられる確率は約5割程度に過ぎず、特に前年に二桁勝利をあげたケースだと、翌季にさらに勝利数を上積みできる確率は2割に満たないのである。

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先発投手の今季勝利数の前年勝利数からの増減の分布

今年のプロスペクトがいきなり10勝できる確率は1~2割程度

また、まだ実績のない今年のプロスペクト(注)が、当年に一軍先発投手として登板し始めた場合、どの程度の勝ち星を期待できるのだろうか。次グラフのとおり、(イ)大学・社会人からドラフト1位で入団したルーキーのケースと、(ロ)それ以外の投手が「今季からいよいよ」というケースとを分けて、平成以降(1989年~2019年)の勝利数分布を整理してみた。勝利数の分布は(イ)・(ロ)とも著しい違いはないが、さすが期待のゴールデンルーキーとあって、(イ)の方が二桁勝利をあげる確率は高めとなっている。ただ、それでも大卒・社会人のドラフト1位がルーキーイヤーに二桁勝利をあげられる確率は15%程度にとどまっている。

(注)グラフ上、ここでいう「プロスペクト」とは、「前年・前々年の投球回数が30回未満の先発投手が、当季においては、先発投手として一軍で登板したケース」を集計している。

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前年までの実績がなく当季から先発登板しだした投手の勝利数分布

以上を総合すると・・・

これらを踏まえた各投手が「安仁屋算」を達成できる確率の試算結果は、次表のとおりとなる。次表では、①前年までの実績のある先発投手(グラフ中赤色シャドー部分)、②当年のプロスペクト(同ピンク色のシャドー部分)のそれぞれについて、上記のグラフに示した確率分布に従い、「安仁屋算」達成のために必要な勝利数の上積みができる確率を求めている。

次表をみると、個別の投手ごとにみれば、安仁屋算を達成できる確率は1割~5割弱程度――いずれも半分以上の確率で達成できない――と算出されている。この算出結果をみても、やはり高めの目標が設定されていることがみてとれる。

ただ、「およそあり得るか否か」というレベルの話としてみれば、コンディションが良く打線の援護が得られるなどの僥倖に恵まれれば、あり得なくもなさそうだ予想というよりOBが選手に与える目標値としては、頷ける感じさえある。この辺が、安仁屋さんのカープ愛を感じさせる所以のように思えてならない。

ただ、常識的に考えると、それでもなおチーム全体の勝利数予想として安仁屋算は「高めの目標値」としてもあり得ない。では、改めて何故、安仁屋算はあり得ないのだろうか。時々、安仁屋算が「各先発投手の勝利数の積算において、現代のローテーション制のもとで登板可能な試合数を無視している」というような言説を目にするが、上記の算出結果は、現代(平成以降)のローテーション制を前提としたものであり、これをみる限り、そういうことではないのではないかと思う。では何故だろう。その自分なりの答えは、「全投手が同時に高い目標勝利数を達成することが困難だから」ということなのだが、その辺については、日を改めて考察してみることにしたい。

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投手ごとの「安仁屋算」を達成できそうな確率試算