あえて安仁屋算をデータ分析的に語ってみた件(その④)

前回の記事では、ピタゴラス勝率に着目し、2016年カープの成績をベースに分析する限り、チーム全体として「安仁屋算」の勝利数(勝率)をあげるためには、投打がリーグ随一であるだけでは足らず、少なくとも得点力・失点防御力のいずれかが球史に残るような超高水準にある必要があることを述べた。

そのような状況は殆ど実現不能のように思えるが、ただ、長い野球の歴史を振り返ると、実は7割を超えるような高勝率が記録されたケースがごく稀にある。NPBでは1955年を最後に勝率7割以上のチームは現れておらず、相当昔の話であるが、MLBについては1950年以降に限ってみても3例あり、そのうち2例(1998年のヤンキース、2001年のマリナーズ)は、比較的最近の記録である。

本日は、これら「リアル安仁屋算」をピタゴラス勝率を交えつつ、考えてみたい。

NPB
松竹:98勝(.737)<1950年>
読売:92勝(.713)<1955年>
南海:99勝(.707)<1955年>

MLB

クリーブランド・インディアンス:111勝(.721)<1954年>
シアトル・マリナーズ:116勝(.716)<2001年>
ニューヨーク・ヤンキース:114勝(.704)<1998年>
(参考)20世紀以降の最高勝率は、シカゴ・カブス:116勝(.763)<1906年

投打ともに高レベルでバランスしたチームは珍しい

いうまでもなく、高いピタゴラス勝率を実現するためには、チーム得点数が高く、失点数が低くなければならない。そのため、勝率7割超を達成するためには、相当高い得点数・相当少ない失点数であることが必要となる。

ただ、日米とも、投打ともに高レベルでバランスしたチームというのは、なかなか珍しい。ここで、NPBMLBのそれぞれについて、1950年~2019年の各年・各チームの1試合当たり得点数・失点数を偏差値化してみた(失点数については、失点が少ないほど偏差値が高くなるよう計算している)。

すると、次図のとおり、得点力の偏差値の高いチームは、往々にして失点防御力の偏差値が低く、失点防御率の高いチームは得てして得点力の偏差値が低い――つまり、投打ともに高レベルでまとまったチームは極めて少ない――ことが確認できる。そうした中、チーム勝率7割を達成したチームはいずれも投打の片方の偏差値が極めて高く、かつ、もう片方も偏差値50前後でまとまっている。安仁屋算を本当に達成しようとすると、このように投打のいずれかが歴史的な高水準にあり、かつ、もう片方も「穴」と言われないレベルを確保できている必要あり、ということになる。前回の記事で2016年カープの成績に基づき述べた分析が裏付けられた形である。

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「得点力」「失点防御力」偏差値ランキング(1950年~2019年)

「神ってる」強さのためには、さらに勝負運も必要

ただ、勝率7割という水準を実現するためには、さらにもう一つ必要な要素がある。それは勝負運の巡り合わせの良さである。

勝負運の巡り合わせについては、実際の勝率とピタゴラス勝率との差分によって占うことができると考える。なぜなら、僅差の試合を勝利した確率が高いほど、実際の勝率がピタゴラス勝率を上回るため、この両者の差分が大きいということは、接戦を拾える勝負運が強いということを意味するためである。

NPBMLB(1950年~2019年)のそれぞれについて「実際の勝率-ピタゴラス勝率」の差の分布をとると次グラフのとおりとなる。総じてみると、日米とも0~0.02周辺を中心として左右に分布しており、グラフの形状には一定の近似性がみられる。

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NPBMLB(1950年~2019年)の「実際の勝率-ピタゴラス勝率」の分布

そこで、次に上記に掲げた、勝率7割を超えたケースの実際の勝率とピタゴラス勝率との差を拾ってみると次表のとおりとなる。NPBにおける2リーグ制導入からまだ間もない時期の例はともかく、近年のMLBのケース(2001年マリナーズ、1998年ヤンキース)では、いずれも勝率がピタゴラス勝率を大きく上回っている(次表の「(a-b)」が正値になっている)。上グラフによると、1950年~2019年のMLB全球団のうち、両者の差分が+3分を上回ったケースは22%程度しかないことからして、2001年のマリナーズ(+3分8厘)、1998年のヤンキース(+2分8厘)とも、勝負運によるボーナスを得ていたことが窺える

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勝率7割超のケースにおける勝率・ピタゴラス勝率の比較

なお、1950年代のNPBでの2例(1950年松竹、1955年読売)については、優勝チームの成績が投打ともに傑出しており、他チームとの間の戦力差が大きかったと考えるべきであろう。当時はまだ戦後まもない時期であり、2リーグ制導入直後でもあったため、著しい戦力格差が生じていたということではないか。MLBでも19世紀まで遡ると勝率7割以上の事例は珍しくなく、同一シーズン中に複数球団が7割以上の勝率となったケースもあるようだ。

以上が安仁屋算に対する小生の考察である。かなり長くなってしまったので、次回は、これまでの議論のまとめを行うことにしたい。