「ランス選手9人のチーム」vs「正田選手9人のチーム」勝つのはどっち?

1987年の珍記録

1987年のセ・リーグの打撃成績には、球史に残る珍事が発生している。首位打者カープ正田耕三選手(.333)なのだが、本塁打数がゼロ。本塁打王は同じくカープのランス選手(39本)なのだが、こちらは打率(.218)が規定打席到達者のうち最下位。こういう両極端な成績を目にすると、つい「正田選手9人のチームとランス選手9人のチームはどっちが強いのか」という疑問が湧いてきてしまう。

一人だけでみるなら、得点力アップに繋がるのは僅差ながら「ランス選手」

打撃成績から得点への貢献度を推計するのは、セイバーメトリクスの主要テーマの一つである。数ある指標のうち、OPS(On-base plus slugging)は、「出塁率長打率」により簡単に算出でき、かつ、得点数との相関が高いことで知られている。87年の両選手のOPSを比較すると、正田選手.792、ランス選手.859と、ランス選手に軍配が上がる。

といいつつ、近年、セイバーメトリクスの世界では、OPSはさすがに長打偏重なのではないかとの見方が主流になり、得点との相関がより強い指標としてwOBA(Weighted On Base Average)が参照されるようになっている。wOBAの計算式に使われるパラメータは年によって変化するのだが、ひとまずこちらの記述ぶり(Essense of Baseball)にそのまま依拠すると、wOBAは正田選手.3627、ランス選手.3641と算出され、僅かながらランス選手が上回っている

やはり本塁打は野球の華なのである。本塁打を放つと即得点なので、やはり本塁打数の多い選手は得点への貢献度が高くなりやすい。

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正田選手とランス選手(1987年)の成績

「正田選手9人のチーム対ランス選手9人のチーム」の対決なら、「正田選手チーム」が僅かに有利

ただ、OPSやwOBAといった指標は1打席(ないし1打数)あたりの確率を示した指標なのであって、打席の巡りの良し悪しは勘案されていない。言うまでもないことだが、打順の巡りが良いほど(=チームとしての打席数が増えるほど)安打数は多くなり、高い得点数も期待しやすくなる。

この点、9人対9人の「チーム対決」を仮想した場合、正田選手チームは、出塁率が高い分だけ、ランス選手チームと比べ打席の巡りが良い。ここで、両選手の出塁率(正田選手:.387、ランス選手:.323)に基づき、3アウトになるまで巡ってくる打席数を「負の二項分布」に従って試算すると次グラフのとおりとなる。正田選手の棒グラフ(青色)の方がグラフ右側により多く分布しており、多くの打席数が巡ってくる確率が高いことを示している。次グラフに示された分布の平均値を拾うと、1イニング中に巡る平均打席数は、正田選手チームが4.89、ランス選手チームが4.43である。この計数は、3者凡退で終われば「3」となるわけで、正田選手チームは1イニング中に平均1.89人、ランス選手チームは同1.43人が出塁すると期待されることを意味する。

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出塁率に基づく1イニング中に回ると期待される打席数

これを踏まえ、wRAA(Weighted Runs Above Average)の考え方(※)に基づき、1試合当たりの期待得点数を算出すると、正田選手チーム:5.19、ランス選手チーム:5.13となる。殆ど五分五分だが、正田選手チームが僅かに有利という計算となる。

(※)計算式は「(その選手のwOBA-リーグ全体のwOBA[0.333])÷1.24×打席数=期待得点値-リーグの平均得点(1試合当たり4.15点)」。ここでは、この算式の「打席数」に、上記で試算した打席数を当てはめることにより試算。

こうやってみると、さすがに打率が非常に高い選手を並べると、文字どおり打順がどんどん巡っていく「打線」が出来上がり、高得点が期待できることが分かる。

いずれのチームもかなわないのは・・

蛇足であるが、打率の高い正田選手チームも、本塁打数の多いランス選手チームもかなわないのは、打率も本塁打数もともに規格外の水準にある「鈴木誠也選手チーム」である。2019年に鈴木選手はOPS:1.018、wOBA:.439という驚異的な成績を残している。上記と同様に「鈴木選手9人のチーム」について試算すると、なんと、1イニング中に巡る打席数は平均5.46、得点数は1試合当たり8.60点となる。この水準になってくると、もはや言葉も出てこない。

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鈴木誠也選手チーム」の1イニング中に回る期待打席数