延長戦の話の延長戦:タイブレーク制では先攻・後攻のどちらが有利か

今回は、これまでの「延長戦では先攻・後攻のどちらが有利か」という話()の「延長戦」として、タイブレーク制下での延長戦において、先攻・後攻のどちらが有利か、筆者なりの推論を述べたい。

タイブレーク制の導入が増えている

日本の高校野球では、特に2017年のセンバツで2試合連続で15回まで決着つかずの再試合が起きたことも踏まえ、2018年大会からタイブレーク制が導入された(基本的に、延長13回以降、無死1・2塁からイニング開始)。また、プロリーグでも米国では、2018年から米マイナーリーグで導入(延長10回以降、無死2塁からイニング開始)されたほか、MLBでもコロナ禍に見舞われた2020年シーズンに限り導入されている。

国際試合でも、ワールド・ベースボール・クラシックWBC)などで導入されており、2016年11月のWBCに向けたオランダとの練習試合で、タイブレークの延長10回表、鈴木誠也選手が決勝のグランドスラムを放ったのは、今なお記憶に新しい。

このうち、米マイナーリーグ(2018年・19年)およびMLB(2020年)の実績については次図のとおりとなっている。マイナーリーグ(2018・19年)は先攻155勝150敗、MLB(2020年)では先攻36勝32敗となっている。鈴木誠也選手が「侍」でも神ってることが実証されたその試合と同様、やや先攻の勝ち星が多いようだ。

f:id:carpdaisuki:20201005011436j:plain

マイナーリーグ(2018・19年)のタイブレークにおける決着のついたイニング別の先攻・後攻勝利数

f:id:carpdaisuki:20201005011531j:plain

MLB(2020年)のタイブレークにおける決着のついたイニング別の先攻・後攻勝利数

タイブレークでは、制度趣旨のとおり、延長回での得点数が増加し、早い段階での決着が増える

制度趣旨に即して当然のことではあるが、タイブレーク制を導入した2018・19年マイナーリーグや2020年MLBでは、延長に突入した試合における決着がつくまでのイニング数が如実に少なくなっている。次図は、延長戦に突入した試合について、延長何回までに決着がついたか(試合の決着のついたイニング別構成比の累積値)を表す。これをみると、タイブレークでは延長戦に入った試合に7割前後が延長10回のうちに決着し、延長12回以上まで縺れる試合は5%にも満たないことがみてとれる。

f:id:carpdaisuki:20201005012546j:plain

延長戦となった試合数は「延長何回までに決着がついたか」(決着がついたイニング別構成比の累積値)

その理由として、タイブレークでは、無死2塁からイニングを開始するため、得点が入る確率が高くなることがあげられる。点が入ると試合が動き出し、決着がつきやすくなるのである。次図は、MLBにおけるイニング別平均得点数について、2010~19年シーズンの平均値と、タイブレーク制の導入された2020年シーズンとを比較したものである。これをみると、2020年(緑色の棒グラフ)の延長イニングの平均得点数が明らかに高くなっていることが分かる。

f:id:carpdaisuki:20201005013412j:plain

MLBのイニング別得点(2020年と2010~19年との比較)

タイブレークでは通常ルールの延長戦以上に先攻後攻がイーブンになるのではないか

そこでいよいよ本題なのであるが、タイブレークでは先攻・後攻のどちらが有利になるのだろうか。

まず、通常のルールどおりの延長戦に関しては、前回までのシリーズで述べたとおり「先攻・後攻の有利不利はイーブン」というのが筆者の推論である。これに基づくと、タイブレークを導入した場合であっても、先攻・後攻の有利不利はイーブンというのが基本的な見方となる。特にタイブレークでは、通常のルールどおりの延長戦と比べても、より双方イーブンとなり易いのではないかとさえ思える。

その理由は大きく2つあり、一つは、上述のとおり短い延長イニングのうちに決着がついてしまうことだ。短期決戦になるほど、先攻・後攻の有利不利というより端的に運の要素が強くなるはずだ。

二つ目の理由は、たとえ失点防御力の高い投手であっても、イニング開始時からの走者についてはある程度の生還率を覚悟せざるを得ないため、ランナーなしの状態からイニングを始める場合と比べ、投手のパフォーマンスの良し悪しにかかわらず、失点率のバラツキ(分散)が小さくなることだ。つまり、タイブレークにおいては、通常のルールどおりの延長戦と比べ、運の良し悪しが左右する面が大きくなるということだ。

この二つ目の理由について数字で説明するべく、2010~19年のNPB投手(シーズン中に100打者以上と対戦した投手に限る)の実績値を利用し、MLBと同様の「無死2塁」からのタイブレークについて、簡易なモデルを使って試算してみた。

タイブレークでの失点率は、①イニング開始時からの走者(ここでは、MLBルールどおり無死2塁と仮定)の生還率および②イニング開始後に出した走者の生還率に分解することができ、このうち、②については概ね防御率と同じと仮定してみた。一方、①については、各投手の被打率、与四死球率に基づき計算してみた(データの制約から、本塁打を除く被安打の塁打別内訳については、NPBの平均的割合どおりと仮定。また、2塁走者が単打で生還する比率をNPBの平均値(61.1%)と仮定。犠打・犠飛や失策は考慮していない)。

その試算結果を示したのが次図である。これをみると、②1イニングあたり防御率(青線の棒グラフ)と比べ、①イニング開始時の走者(無死2塁)の生還率(ピンク色の棒グラフ)は、全体に右側に寄っている(つまり、より多くの得点が期待される)上、バラツキが小さい(つまり、得点の期待値が、投手のパフォーマンスによって左右されにくい)ことが分かるはずだ。

f:id:carpdaisuki:20201005014631j:plain

タイブレークにおける1イニングあたり失点数試算(イニング開始時の走者・イニング開始後の走者別)

なお、上記の「①+②」として計算されるタイブレークでの失点数を示すと次図のとおりとなる。

f:id:carpdaisuki:20201005021206j:plain

タイブレークにおける1イニングあたり失点数分布の試算

選手心理への影響

その上で、選手心理への影響についても少し考察してみたい。データ分析のブログで選手心理への影響を推し量るのはいささか馴染みにくいのだが、タイブレークでの先攻後攻の有利不利について、ネット上でみられる議論の多くは――特に高校野球等を対象にした記事では――選手心理への影響に言及されているように見受けられる。

先攻有利説は、表のイニングで得点をあげた場合の裏のイニングでの投手(や守備陣)の心理的優位や攻撃陣への心理的重圧を挙げている。一方、後攻有利説は、裏のイニングでの投手への心理的重圧や、表のイニングを無失点に抑えた場合の攻撃陣の心理的優位を挙げている。両者が異なる側面に着目しているだけに、いずれも正しい気がすると同時に、決め手を欠いているようにも思える。

ただ、示唆に富んでいると感じられたのは、得点確率の高さに焦点を置くと先攻有利説になりがちで、得点機会の希少性に焦点を置くと後攻有利説に傾きがちということだ。この点、単純比較はできないが、サッカーのPK戦では先攻有利説が有力で、その理由としてよく言われるのが、成功率が8割前後という中、先攻のキッカーが成功した場合に後攻のキッカーに大きな心理的重圧がかかる、ということだ。これらを繋き合せて推測すると、「成功確率の高いはずのプレーを確実に成功させられるか否か」という局面で最も心理的重圧がかかるということではないか。もしそうだとすると、タイブレークは通常のルールの延長戦と比べれば、相対的に攻撃陣への心理的重圧がかかり易く、よって先攻チームが表のイニングで得点することで心理的有利を勝ち取り易いのではないか、と思える。ただし、野球というスポーツを投手力中心に捉えるノルムが強い高校野球などでは、たとえ客観的にはタイブレークが得失点確率の高い仕組みだと分かっていてもなお、投手が強い心理的重圧を受ける可能性は否定できない

以上、やや決め手に欠く記事になってしまったが、結論めいたものをまとめると、タイブレークは仕組み上は、通常ルールの延長戦以上に先攻・後攻がイーブンになると考えられる。ただし、選手心理面まで含めると、プロリーグでは先攻の方がやや有利となる可能性があるのではないか。

といいつつ、MLBマイナーリーグでのタイブレークの実施年数はまだ短く、データから結論の正しさを占うにはまだサンプル数が少ない。一連の仮説の当否は、やがて十分な量のデータが揃ったときに審判が下ることになるのだろう。