「4割打者」絶滅とコロナ禍の特殊なシーズン③

前回の記事では、試合数を大幅に削減して催行した2020年MLBは、確かに打者の成績指標の分散が拡大した点をとらえていうと4割打者出現の好機であったが、好機とは言え、依然として4割打者出現はテールイベントであることや、2020年MLBでは総じて打者不利(投手有利)であったことを述べた。

今回は、「4割打者」を巡るシリーズ最終回として、長打力重視のセイバーメトリクス全盛のもと、「4割打者不要論」を含め、野球の将来を見据えつつ得点への貢献度の高い打者像について考察してみたい。

4割打者は不要なのではなく、端的に出現しなくなったということ

最初に、時折セイバーメトリクスを根拠として聞かれる「4割打者不要論」に対し釘を刺しておくと、セイバーメトリクスでも単打の多い高打率の選手を評価していないわけではない

セイバーメトリクスで、1打席当たりの得点への貢献度を示すwOBAは、最もベーシックには次の計算式で表される(Standard wOBA (Basic))。この算式をみると、長打(二塁打本塁打)に対する掛け目は1.3~2.0であり、単打(0.9)の1.5~2倍程度の評価となっており、逆に言えば、打率3割5分の選手と打率2割5分の選手とでは、年間打席数がともに400だとすると、打率2割5分の選手が、安打数のビハインド(▲40安打)を本塁打数の差でリカバーしようとすると、打率3割5分の選手より20本多くのアーチをかける必要があるということになる。

wOBA={0.7×(四死球-敬遠)+0.9×(単打+失策出塁)+1.3×(二塁打三塁打)+2.0×本塁打}÷(打席-敬遠-犠打)

ここで、wOBAの算式を単純化し、四死球率を2010年代のNPBのリーグ平均値で、長打のうち二塁打三塁打本塁打の内訳比率を同じく2010年代のNPBのリーグ平均値で固定し、敬遠、犠打および失策出塁を無視し、要するに変数を単打、長打の2つに絞り込んだ上で、「素晴らしい」と評価される「wOBA.400」を達成するために必要な「打率」と、「安打数に占める長打数の比率」とのバランスについて試算してみた。

その試算結果を示したのが次図であり、まず、wOBA.400を達成するために必要な「打率」と「安打数に占める長打数の比率」とのバランスをとったのが赤色の折れ線グラフである。この試算によると、「4割」という達成困難な打率を達成できた場合、たとえ安打数に占める長打数の比率が殆どゼロ(つまり安打の殆どが単打)であったとしてもwOBA.400を達成可能となる。一方、打率が.285の場合、安打数に占める長打数の比率が6割強程度という殆ど達成困難な水準に達していないとwOBA.400の達成が難しい。

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wOBA.400を達成するために必要な「打率」と「安打数に占める長打数の比率」試算

そして、2010年代のMLBにおける「打率」と「安打数に占める長打数の比率」の分布を青色のトッドで表示している。無数にあるドットのうち、赤色の折れ線グラフより右上側にあるものが、wOBA.400超「素晴らしい」選手ということを意味する。

「打率」の高さと「安打数に占める長打数の比率」とはほぼ無相関で、ドットは星雲のように散らばっているが、赤色の折れ線グラフより右上に位置しようと思うと、打率が高い「だけ」でも長打力が高い「だけ」でも達成困難であり、両者のバランスの良さが雌雄を分けるように見受けられる。

次図は、wOBA.400超の選手(=上図において赤色の折れ線グラフより右上に位置するドット)だけ抽出して「打率」、「安打数に占める長打数の比率」の分布を整理したものである。これをみると、打率3割1~2分ほどで、かつ安打数に占める長打数の比率が40~45%前後というバランスのとり方が最も目指すべき近道のようにみえる。

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wOBA.400超の選手の打率・長打力の分布

wOBA.400を達成するための近道は・・

それでは、上記でwOBA.400を達成するための近道とされた「安打数に占める長打数の比率:40~45%」と「打率3割1~2分」を達成する確率についてもう少し詳しくみてみよう。

まず、「安打数に占める長打数の比率」について、2010年代のMLB全体の分布をとると次図のとおりであり、「40%」以上の選手は全体の26%程度、「45%」以上の選手は12%程度である。

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「安打数に占める長打数の比率」の分布

そして、グールド氏のいう「進化とは、選手層の拡大に伴う、指標の分散の縮小である」という理論にかかわらず、長打力にかかる指標については、必ずしも野球の長い歴史の中で分散が縮小したとは言えない。

本塁打率については、歴史的に平均値が上昇傾向にある中、分散についても、それにつれてむしろ拡大していることは、以前の記事で述べたとおりだ。本塁打に限らず長打力全般を示す指標OPSをみても、分散は振れ幅を伴いつつも、少なくとも打率のように明らかな縮小傾向を認めることは難しそうだ。少なくともこれまでの観察される限りにおいて、長打力があり得点に寄与できる打者は、いつの時代も希少性が高いのである。ゆえに希少なスラッガー古今東西、各チームによる争奪戦になりがちということだ。

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MLBにおけるOPSの平均・分散推移

一方、打率に関しては、以前の記事で述べたとおり、グールド氏の説のとおり、歴史的に分散が縮小傾向にある。

以上の情報だけみると、ドラフトやFAなどのストーブリーグでは、まず希少性の高い「長打力のある選手」に照準を当て、その選手に可能な限りの打率の伸長を期待する戦術が賢明なように思えなくない。

確かにそれは一つのアプローチではある。ただ、それとは逆のアプローチもあり得る。すなわち、前回の記事の最後に「4割打者4要件」として述べたとおり、高打率を残せる要素として、走力の高さと三振の少なさが挙げられる。このうち走力の高さについては、ベースランや短距離走の記録などからある程度外形的に評価可能である。また、三振率の低さについては、確かにドラフト(アマチュアからのスカウト)での見極めは難しかろうが、いったんプロリーグに入った選手に関しては、年度間相関の高い指標と言われており、記録の安定性に対する期待が高い。

ここでMLBについて実際のデータに即してみると、「走力」の代理変数として、盗塁数が上位1割の選手のBABIP平均値は、.010~.020ほど全選手平均値を上回っている。

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盗塁数上位1割の選手のBABIP平均値と全選手BABIP平均値の比較

また、三振数の低位1割の選手の打率平均値についても、.010~.020ほど全選手平均値を上回っている。

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三振率低位1割の選手の平均打率と全選手の平均打率の比較

これらのデータを踏まえると、走力の高く、三振数の少なさそうなトータルプレーヤー的な選手をスカウトし、猛練習により長打力を伸ばすことに期待する、というアプローチが考えられるのではないか。

鈴木誠也選手こそセイバーメトリクスの申し子?

実は、こうしたアプローチは、このところのカープの野手のスカウト戦術と合致しているように思えてならない。カープの野手は、一部にスラッガータイプの選手もいるが、走力を含むトータルプレーヤーが多い。実は、鈴木誠也選手については、入団当初から4番候補と目されていたかどうかは不明で(一軍デビュー戦は一番打者)、トータルプレーヤーが長打力のセンスを開花し、不動の四番になったという見方の方が自然なように思える。成長曲線の如何はともあれ、鈴木選手の成績は、2018年:打率.320、安打数に占める長打数の比率:47%、2019年:打率:.335、安打数に占める長打数の比率:35%と、上記に示すwOBA.400の最短ルートというべきトータルプレーヤーの極致そのものである。

このように考えていくと、ドラフト会議が近づくにつれ、このところ巷間では(正しくはごく一部のネット社会では、というべきなのだろうが)鈴木誠也選手のメジャー進出後のスラッガー獲得の必要性を唱える向きが聞かれるが、筆者は、無理にスラッガーの獲得にこだわるのではなく、走力の高さと三振数の少なさに焦点を置いて、トータルプレーヤーを狙う戦術でよいのではないかと考えたりする。その点、宇草選手や大盛選手――小園選手も――については、もう一皮むければ、高いwOBAを残せる選手へと化けるのではないかと期待している。そういう期待も込めて、今年のドラフト会議では、大打者よりもまずは投手の獲得をご検討頂きたいものだ。

何だか当初の「4割打者」論とは異なる話題に漂着してしまった感があるが、多少まとめらしきことを整理すると、以下のとおりとなる。

①「4割打者」が出現していた1930年代と比べ、BABIPの分布は2010年代と実はあまり変わらないが、歴史的に三振率が上昇傾向を続けていることにより「4割打者」は出現困難となっているMLBの歴史を通じ、BABIPは「分散」が安定的に推移し、つまりインプレー打球が安打となる確率は、一定のゾーンを超えて高まることが期待できないことから、三振率が高いもとにおいて、高い打率を残すことは困難と言わざるを得ない。

2020年シーズンは、MLBの試合数が大幅に削減されたため、打撃指標の分散が大きく広がり、その意味では4割打者出現の好機であったが、ただ、総じてみると投手優位に働いたシーズンだったとみることができる。

③このように4割打者の出現はテールイベントであるが、高い打率を残そうとすると、四死球率の多さ(打席数に比した打数の少なさ)、走力の高さ、三振数の少なさ、そして運の良さ、の4つが要素となってくるのではないか。

セイバーメトリクスにおいても、単打を積み上げた高打率の選手を評価していないわけではないが、実際の選手の成績分布をみると、高い得点貢献度(wOBA)を挙げられるような選手は、打率の高さ、長打力の高さの片方だけが傑出しているケースよりも、両者のバランスのとれたケースの方が出現確率が高いMLBのデータをみる限り、「打率3割1~2分、安打数に占める長打数の比率40~45%」というのが傑出したwOBAの数値を残し易いことが推察される。この数字は鈴木誠也選手の成績のイメージに近く、スラッガータイプを獲りにいくというより、カープのスカウト戦略である(と推察される)走力を含むトータルプレーヤーに照準を当てるアプローチは、得点力のあるチーム作りを図る上で有効といえるのではないか。