「公務員ノムスケ」は実は最新のアメリカン・スタンダードだった?説を唱えてみた件①

「公務員ノムスケ」説の真偽

「なんJ」などのネット上、野村祐輔投手は「公務員ノムスケ」と称されることがある。「国民全体の奉仕者として、公共の利益のために勤務」(日本国憲法第15条第2項)といった崇高な意味合いはなく、5回ないし6回まで好投すると早々に降板し救援投手に委ねる様が、5時か6時まで働くや退庁する(一部の)いわゆる「公務員」の姿と重なるということなのだろう。

確かに、キャリアハイの勝利数をおさめたシーズンの投球イニング数の分布をみると、野村投手(2016年)は確かに短めであり、16勝3敗という殆ど負け知らずの高勝率だった割には6回あたりでマウンドを譲っている試合が多い。

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野村投手の投球イニング数分布(他の先発投手との比較)

投球数でみても、よほど調子が多い日に「残業」するほかは、100球そこそこで降板している様子が窺える。中4日が基本のMLBであればいざ知らず、中6日の登板間隔であってなお投球数が100球というのは、先発投手にとってカープは「ホワイト企業」ということなのだろうか?今回から3回シリーズで、先発投手の登板間隔と投球数の関係について考察してみたい。

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野村投手の投球数分布(他の先発投手との比較)

第1回の本日は、NPBの歴史を振り返り、先発投手の登板間隔と投球数の変遷についてみることにしよう。

NPBにおける「中6日」制は2000年代以降のトレンド

NPBにおける先発投手のローテーションについては、以前の記事でも述べたとおりだが、現在、MLBでは中4日、NPBでは中6日で回すのが一般化している。NPBにおいて「中6日」は1980年代後半から徐々に広がり、それが主流となったのは2000年代以降の話であり、それ以前は中4~5日での先発登板の方が主流であった。

筆者は、規則性が高く、ダブルヘッダーを極力回避する近年のNPBの試合日程は、中6日制に馴染みやすいとみている。つまり、月曜が移動日で火曜~日曜まで3連戦×2、という試合日程のもとでは、先発投手5人で回そうとすると、火曜に先発した投手に限って次回の登板が中4日(日曜日)となってしまう。いっそ先発投手を6人にした方が、登板間隔の「十分性」と「規則性」をともに確保し易いと言えるだろう。

 

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NPBにおける先発投手の登板間隔の分布の推移

「中6日」の定着は、ごく形式的に登板間隔に着目する限り、日本球界の「ホワイト」化の表れとも言い得なくない。裏を返せば、昔は信じられないようなブラック企業集団だったとも言える。

ここで、完全に脱線となってしまうが、失礼ながら球史に残る先発投手の酷使事例として権藤投手(元中日)のデータをみると、「権藤権藤雨権藤」が比喩とは言い切れず、意外とリアルだったことが分かる。権藤投手のルーキーイヤー(1961年)シーズン(4月8日~10月12日)を通じた「権藤投手の登板」があった日と「東海地方(名古屋、岐阜、津のいずれか)での降雨」があった日を調べてみると、58%の日数において、少なくともいずれか一方が当てはまることがみてとれる。つまり「雨も降らなければ権藤投手も登板しない日」は半分以下にとどまり、しかもその中には移動日(試合の予定されていない日)も含まれている。

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1961年シーズンの「権藤」「雨」の日

(出所)権藤投手の登板日については日本プロ野球記録、天気についてはgoo天気名古屋市岐阜市、津市のいずれかに降雨ありの日を「東海地方で降雨ありの日」として表示)。

本日のテーマである登板間隔に着目してみても、中0~2日に集中しており、現代野球においては、たとえ(投球イニング数の限られた)救援投手であったとしてもあり得ない起用法である。

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権藤投手(1961年)の登板間隔の分布

先発投手の試合当たり投球数は90年代以降は著変なしと推測

一方、NPBの先発投手の試合当たり投球数についてはどうだろうか。残念ながらNPBについては、昔の投手の投球数データが手許にないため、正確なところは何とも言えないのだが、あまり大きな変化はないのではないか、と想像される。なぜなら、①先発投手の平均投球イニング数については、以前の記事で紹介したとおり年々短くなっているが、②投手のイニング中の対戦打者数については、イニング中に許す平均出塁数(WHIP [Walks plus Hits per Inning Pitched] )の水準にあまり変化がなく、③投手が一打者あたりに要する投球数については、三振数の増加に伴い増加していると推測されるため、①の減少要因と③の増加要因が打ち消し合っているとみられる。

ここで、かなり大雑把な試算になってしまうが、NPBにおける平均投球数の推移のイメージを掴むため、①投球イニング数と、②イニング当たりの対戦打者数(3+許した走者数(WHIP)と仮定)について、NPBの平均値を用い(=概ね先発投手の対戦打者数に相当)、さらに③「一打者あたりに要する投球数」はMLBについてしか統計データを持ち合わせていないため、日米とも同様の傾向にあると仮定してMLBのデータを用い、①×②×③により、先発投手の投球数(に近いとみられる数値)を計算してみた。あくまでラフな試算ではあるが、一方向に大きな増減が生じているわけではないことが推認される。

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NPBにおける先発投手の平均投球数(ラフな試算による推定)

なお、MLBについては、先発投手の平均投球数そのものの時系列統計が存在する(baseball reference)。これをみると、後述のとおり、ここ数年、投球数が減少傾向にあるのだが、総じてみれば安定的に推移していることがみてとれる。

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MLBにおける先発投手の平均投球数の推移

本日の結論

以上を総合すると、昔と比べると、NPBにおいては、①先発投手の登板間隔が拡大、②試合当たり投球イニング数が減少、③試合当たり投球数は恐らく大きな増減なし、という傾向が窺える。

このように登板間隔と投球数を形式的に捉える限り、先発投手の負担は「ホワイト」化していると言えなくない。ただ、実際には投手の球速の伸長などに伴い、一球あたりの肉体への負荷が高まっている面を見逃せない。実体は「ホワイト」化ではなく、そうした求められる投球の質の向上に伴い、分業化が余儀なくされているということなのだろう。

それでは、こうしたNPBにおける傾向をMLBと比較したときに、どのような示唆をみてとることができるのだろうか。本日は「権藤権藤雨権藤」の脱線話を含め、長くなってしまったので、続きは次回とさせて頂きたい。