聖地・マツダスタジアムの個性を考える①

振り返ってみると子どもの頃、各球団が本拠地とする球場の規格には大きなバラツキがあり、その不統一性が得失点数ひいては勝敗に影響し得ることを考えると、なんとおおらかな(悪くいえばルールが大雑把な)競技なのだろうと思ったことがある。ただ、同時に各球場の個性は野球をさらに面白くするアクセントになっている気もしている。こうした「球場の個性」は、投手・打者をどのように有利・不利にしているのだろうか。その中で、我らが聖地・マツダスタジアムはとのような特徴をもった球場と位置付けられるのだろうか。本日から4回シリーズで、「球場の個性」について考察したい。

今回はシリーズ第1回ということで、NPBMLB各球団の本拠地の設計・施設面の特徴を整理する。

NPBの球場は、昔はMLBと比べ目立って狭隘

まず、NPBMLB各球団の本拠地(外野)の「広さ」について、1980年・2020年の2時点のデータを整理してみた。

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MLBNPBの本拠地球場の外野の広さ比較(2020年・1980年)

これをみると、MLBでは時系列比較(1980年、2020年)しても球場の「広さ」に特段目立った変化がみられず、平均値についてみると中堅123メートル、両翼100メートル程度というサイズ感が保たれている。これに対し、NPBについては、1980年時点の球場は狭隘で、(少しグラフが見にくくなっているが)NPBの「平均」(赤太線)とMLB「最小」(水色破線)が同程度で、NPB「最大」(赤細破線)とMLBの「平均」(青太線)が同程度といったサイズ感であった。ただ、その後40年の歳月を経て、今日ではNPBの球場の広さはMLBとあまり変わらなくなっている

こうしたわが国における球場の「狭隘さ解消」は、「公認野球規則」に根拠がある。米国基準に倣って制定された同規則(2.01の注記)には、わが国においても1958年以降の球場新設等に当たっては、両翼325フィート(99.058メートル)、センター400フィート(121.918メートル)以上とすべき旨が定められている。実は1958年以降も、この規定を無視した球場建設が多くみられたそうなのだが、野球が競技種目として採用されたロサンゼルス五輪(1984年)以降、海外基準への適合性が強く意識されるようになったという。

今日において公認野球規則どおりの規格を満たさないNPB本拠地球場は、要するにロス五輪以前に建造されたところということになり、具体的には横浜スタジアム神宮球場阪神甲子園球場である。なお、MLBについては、30球団中28球団の本拠地球場が規格基準に適合している(例外は、レッドソックスのフェンウェイ・パーク(両翼)、アストロズミニッツメイド・パーク(左翼))。

あと、もう一つ付け足しておくと、球場の広さのバラツキ度合いについては、NPBMLBともこの40年間で縮小しており、他球団と比べ「打低」を是正しようとする各球団の動きが積み重なった結果として、「収斂化」が進んだこともみてとれる。

方向ごとのフェンスまでの距離は区々

フェンスまでの距離をもって「広さ」を語るときにややこしいのは、方向ごとのフェンスまでの距離がバラバラであることだ。MLBではフェンウェイ・パークのような本当に古い球場だけでなく、オリオールズカムデン・ヤーズのように1990年代以降の建造なのに復古的趣味をもった「ボールパーク」も含め、両翼の距離が異なる左右非対称な球場が多数となっている。

これに対し、NPBの球場は、殆どの場合、左右対称に造られている。数少ない例外といわれるのがマツダスタジアムで、観客席についてレフト側が削り込まれた形となっている半面、フィールドについては左翼の方が右翼より1メートル長く、フェンスも20センチほど高くなっている。

ただ、それではNPBの球場が方向ごとのフェンスまでの距離について総じてバランスがとれた設計になっているか、といわれると必ずしもそうとは言い切れない。例えば東京ドームは、左中間・右中間の膨らみがあまりなく、デフォルメした言い方をすると外野が円弧ではなく直角を描くような形をとっている。こうした現象は、2010年代以降、いわゆるラッキーゾーン的なもの――ホームランテラス(福岡ドーム)、Eウイング(宮城球場)、ホームランラグーン(千葉マリン)――を設置した、パ・リーグの複数球場にも表れている。なぜこうした形が選好されるかというと、上述の公認野球規則では両翼・中堅についてのみ規定されている(左中間・右中間に関する規定はなし)もと、規定を遵守しつつ最大限ホームランが出易い設計がなされたからだ。これに対し、ラッキーゾーン撤去(1991年12月)後の阪神甲子園球場については、NPBでは随一、MLBでもあまり多くみられないほどに左中間・右中間が膨らんでおり(118メートル)、このことこそ、両翼の長さが公認野球規則の規定未満であるにもかかわらず本塁打が出にくい最大の理由となっている。

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東京ドーム・福岡ドーム・千葉マリンと甲子園の外野フェンス「形状」比較

フェンスの高さにもバラツキ

以上、フェンスまでの距離について整理してきたが、特に本塁打二塁打三塁打の出易さを占う上では、外野の「広さ」だけでなくフェンス高も大きな要素となってくる。フェンス高については、NPBでも5メートル超の球場(札幌ドームなど)から2メートル台の球場(宮城球場など)までバラツキがみられる。また、MLBでは球場ごとのバラツキもさることながら、同じ球場でも両翼でフェンス高が著しく異なるケースがある。この点、最も有名なのはレッドソックスのフェンウェイ・パークの左翼(「グリーン・モンスター」。フェンス高11.3メートル)だろう。

フェンスが高いと、たとえ球場が狭くても二塁打三塁打が出易くなる可能性がある半面、本塁打は出にくくなる。一つの試算として、MLBでは本塁打の平均的打球角度が27度程度、打球の平均球速が140キロ程度といわれている点を踏まえ、(イ)打球の角度が27度の場合、(ロ)打球の球速が140キロの場合のそれぞれを想定し、フェンウェイパークグリーンモンスターを超える打球となるために必要な打球速度、角度を計算してみた(※)。それによると(イ)打球角度27度の場合、打球速度139.2キロ以上、(ロ)打球速度140キロの場合、打球角度26.7度以上が必要となると算出され((イ)・(ロ)の計算結果は概ね同様となった)、マツダスタジアムでこれと同じ打球が跳んだ場合、外野指定席の階上、高さおよそ8.5メートルのコンコースまで達する計算となる。

(※)打球の飛距離をx軸、打球の高さをy軸としたときに(打球角度=θ、打球速度=v。なお、重力加速度g=9.8と置いた)、y=(-g/2×x^2)/((cosθ)^2×v^2)+tanθ×xにより計算。風や空気抵抗は考慮していない。

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フェンウェイパーク(ボストン)のグリーンモンスターへの本塁打の飛距離試算

これと同様の計算方法により、仮にNPB各球場の本塁打の出易さを変えることなく、フェンス高を一律3メートルに揃えた場合の本塁からの距離を試算(=各球場で本塁打となるために必要な打球角度・速度を算出し、その打球が高さ3メートルまで落下するまでの飛距離を計算)すると、次図のとおりとなる。

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各球場のフェンス高を3mで揃えた場合のフェンスまでの距離試算

上図は、球場によってはフェンスまでの距離だけみたときと比べ大きく違った姿となっており、最も分かりやすい例として、MLBレッドソックスのフェンウェイ・パークは、左翼・右翼方向とも「MLBで最もフェンスまでの距離が短い」(グラフの黄色実線と緑色実線が重複)にもかかわらず、左翼方向に関してはグリーン・モンスターのおかげで「MLBの他のどの球場よりも本塁打が出にくい」(青色破線と緑色破線が重複)球場となっている(半面、右翼方向は、距離が短いだけでなくフェンス高も低いため、他のどの球場より本塁打が出易い(黄色破線と緑色破線が重複))。

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MLB球場の大きさ比較(フェンス高を勘案した場合の試算)

このように野球ファンにとって、野球場を語り出すと楽しくなってしまい、つい文章量が多くなってしまう。話はまだ終わっていないのだが、本日のところはフェンスまでの距離・フェンスの高さまで述べたところで一旦筆を置き、続きは次回とさせて頂きたい。