聖地・マツダスタジアムの個性を考える④

前回の記事では、本塁打のパーク・ファクター(球場要因による投打の有利・不利を測定する指標)についてみた。今回は、安打数・得点数についてみるとともに、パーク・ファクターという指標の限界について考察する。

安打数については、あまり明確な傾向はみられないのだが・・

「安打数」に関して、二・三塁打NPBについては二塁打について集計)や単打のパーク・ファクターについて整理してみた。次表の「○」印は、2001~20年シーズンにおいてパーク・ファクターが1超のシーズン数が半数以上のケースを指す。興味深いことに、本塁打も二・三塁打も出やすい球場(黄土色シャドー)がある一方、本塁打に限って出やすい球場(水色シャドー)本塁打は必ず出やすくないが、二・三塁打の出やすい球場(淡いピンク色シャドー)もあることがみてとれる。

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安打数に関するパーク・ファクター

正直、明確な傾向を確認することはできないのだが、次のようなことが「ある程度」は言い得るように思う。

本塁打パーク・ファクターが高いのに、二・三塁打パーク・ファクターが低い球場(水色シャドー)は、球場が狭い(ないし右中間・左中間の膨らみが少ない)か、またはフェンスが低いケースが多いといえるか。フェンスが低いケースとして、ホワイトソックスヤンキースドジャース。球場が狭く、かつフェンスが低いケースとして旧広島市民球場

②逆に本塁打パーク・ファクターが低いのに、二・三塁打パーク・ファクターが高い球場(淡いピンク色シャドー)は、球場が広いか、またはフェンスが高いケースが多いといえるか。フェンスが高いケースとしてMLBではレッドソックスNPBではソフトバンク日本ハム、中日。球場が広いケースとしてMLBではマーリンズジャイアンツ、NPBでは日本ハム、中日、ラッキーゾーン設置前のソフトバンク

本塁打、二・三塁打のいずれも多い球場(黄土色シャドー)は、MLBの場合、高地にあるなど空気密度の低いケースが多い。NPBについては、高地を本拠地とする球団がない中、前回記事で述べたとおり、フェンス高を勘案したときのフェンスまでの距離の短い球場が、素直に長打の出やすいところとなっている印象がある。

④正直、単打が出やすい球場についてきれいな説明を与えることは難しいのだが、消去法的に、本塁打も二・三塁打も出にくい球場の多くでは、相対的に単打のパーク・ファクターが高めとなっているようだ。ごく定性的にいえば、ファウルゾーンが広い方がファウルフライになり易いので、投手有利になるように思うが、一般的には、ファールフライの1試合当たり発生数は2弱程度であり、ファウルゾーンの広さは、パーク・ファクターに大きく作用するほどの影響度はないということか。

また、人工芝よりも天然芝の方が打球のイレギュラーなバウンドなど野手泣かせといわれており、こちらのサイトによると球場による守備成績への影響は小さくないそうだが、単打数パーク・ファクターへの明確な影響はいまいち確認できなかった。

得点数パーク・ファクターの高い球場は多くの場合、本塁打パーク・ファクターも高い

2001~20年における得点数パーク・ファクターの平均値を表にすると次のとおりとなる。これをみると、多くの場合、得点数パーク・ファクターの高い球場は、本塁打パークファクターの高い球場と一致する。幾つか例外もあるが、例外ケースも、二・三塁打パーク・ファクターは漏れなく1より高くなっている

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得点数パーク・ファクター(2001~20年平均値)

パーク・ファクターという指標の限界

最後に、前回・今回の記事で扱ってきたパーク・ファクターという指標の限界について少し考察したい。

まず、2001~20年のMLBNPBにおける本塁打パーク・ファクターと球場の広さとの相関関係についてみると、あまり明確な相関を導くことはできなかった相関係数MLBについて▲0.27、NPBについて▲0.53であり、およそ無関係ともいえないが、さりとてこの相関度合いでは、シンプルに「球場が広ければ本塁打は出やすい」と言ってのけることは難しい

ごく直感的には本塁打数と球場の広さとは明確に相関がありそうな気がするところ、このような微妙な算出結果となる一つの理由は、パーク・ファクターが本拠地球団の戦力構成・成績に過度に左右され易い傾向があることだ。前回記事で紹介したパーク・ファクターの計算式は、とどのつまり本拠地球団のホーム・アウェー成績の比を求めるものとなっているため、本拠地球団の投打バランスに偏りがあると、パーク・ファクターの数値が過度に大きく(ないし小さく)計算されてしまう。例えば近年の神宮球場本塁打パーク・ファクターの高さは、ヤクルトが打者優位のチーム編成となっていることが押し上げ要因となっている可能性が高い。また、札幌移転前の日本ハムと読売は同じ本拠地球場を使っていたわけだが、両チームのパーク・ファクターは大きく異なっていた。

この他、本塁打パーク・ファクターに関し、MLBでは空気密度との相関係数▲0.29、湿度との相関係数▲0.23となっている。MLB本塁打パーク・ファクターはNPBと比べてもやや複雑系で、球場の広さ、空気密度、湿度その他の要因が絡み合っていることが窺える。

二・三塁打パーク・ファクターについても、計算結果は微妙なものであった。それでもまだ「幾許かの相関ありと言えるか」という計数だけ紹介すると、NPBではフェンス高との相関が+0.45、ファウルゾーンの広さとの相関が+0.24。MLBでもフェンス高との相関関係は幾許かはあって+0.38。

このように、パーク・ファクターに共通して影響している要素をきれいに抽出することは容易でなく、特にMLBについては要素が複雑過ぎるらしく、正直、クリーンヒットといえるような結果を得られなかった。ただ、言い訳がましいかもしれないが、パーク・ファクターの決定要因は複雑だから面白いのかもしれない。前回記事でも触れたが、ヤンキースは、隣地への移転だったにもかかわらず、本塁打数が急増するなど、予見できないことだらけだ。そう考えていくと、このシリーズの第1回記事冒頭で述べたとおり、球場の広さの違いを鷹揚に認めているルールの「緩さ」は、その他もろもろの要因が作用していく結果として相応に紛れる可能性があるため、さほど問題視すべき話ではないのかもしれない

本シリーズの結論とちょっとだけ蛇足

以上の議論をまとめると、NPBの球場の特徴は、①かつては狭いところが多かったが、今日ではMLBとの差はかなり縮小している。②MLBの球場と比べ、左右対称な造りとなっているところが多い(第1回)。③伝統的にファウルゾーンが広い球場が多いほか、一部球場では左中間・右中間が浅めに設計されている。④人工芝を使った球場が多い。また、⑤立地面でも、MLBと比べれば、各本拠地球場の標高(高低)差や寒暖差は小さい、ということになる(第2回)。

本塁打数については、毎年のように本塁打の出易い球場、出にくい球場が存在し、NPBの場合、「出易い球場ランキング」は比較的素直に球場の広さどおりとなっている。他方、立地面の多様性の高いMLBについては、球場の広さ、所在地の標高、気温、湿度など複合的要素が相まって決定づけられているようにみえる(第3回)。

二塁打三塁打については、フェンスが高く、どちらかというと広い球場の方が発生確率が高めとなっている。

ただ、長期時系列的に「球場の広さと本塁打パーク・ファクター」などの相関関係を調べると、せいぜい0.3~0.5程度の相関係数しか得られない。このことは、球場の広さと打者の有利不利とは(むろん無関係ではないが)それだけで語れる程度に限りがあることを意味している(第4回)。

以上を踏まえ、「マツダスタジアムの個性とは」という命題に対する結論を述べると、まず、やや左右非対称な構造となっている点やファウルゾーンを極力狭くしている点、さらにNPBでは少数派の天然芝を遣っている点において、やはりMLBの球場(ボールパーク)のスタイルに近いことが特徴といえよう。定性的にいえば、球場が広めな点は投手優位(ただし、二・三塁打は出やすい要素かもしれない)、天然芝でかつファールゾーンが狭めな点は打者優位な要素となってくるが、総じてバランスのとれたよい球場といえるのではなかろうか。

 なお、蛇足ながら、メジャーのボールパーク的色彩を帯びたマツダスタジアムのもう一つの特徴点についていうと、公認野球規則上、「本塁から投手板を経て二塁に向かう線は、東北東に向かっていること」という努力義務が定められているのだが、マツダスタジアムNPBの本拠地の中で、これを概ね遵守できているほぼ唯一の球場である(神宮球場が北北東、ナゴヤドームが東南東方向なのがニアピン)。

公認野球規則のコンセプトは、内野スタンドの観客目線に立っていて、午後から夕刻にかけての試合を日射に邪魔されずに観戦できることに狙いがあるという。因みに、この規定どおりの球場では三塁が北北西側、一塁が南南西側に位置するところ、一塁側(南南西)方向に手(paw)を伸ばして投擲する左投手がsouth-pawと言われるのは、これが所以だそうだ。

これに対し、わが国では、この努力規定を無視している球場が多く、投手が日射に邪魔されることを回避するため、というのが主たる理由らしい(といいつつ、東京ドームのようなドーム球場についても立地上の制約からか、努力規定どおりになっていない)。

いずれにせよ、2021年シーズンは、この素敵な球場でこそ、佐々岡監督の胴上げを見たいものだ。