インディアンスのチーム名変更に想う

クリーブランド・インディアンスのチーム名変更

本日は、データ分析作業の合間に綴る随想である。

クリーブランド・インディアンスの名称変更のニュースには驚いた。驚いているようでは、ポリティカル・コレクトネスへの感性が不十分だったことの証左なのかもしれないが、何にせよ100年以上用いてきた名称を放棄するのは勇気のいることであり、球団の判断に敬意を表したい。

球団の名誉のために申し上げておくと、インディアンスという名称にした1915年当時の関係者に悪意はなく、19世紀末にクリーブランドで活躍し、1913年に他界した、ネイティブ・アメリカン初のプロ野球選手(とされる)ルイス・ソカレキス選手を顕彰する意味合いだったらしい。とはいえ、1915年当時は「インディアン」という呼称が悪気なく使われたのだろうが、少なくとも今日的には差別的表現である。一部からは名残惜しさを唱えられているようだが、ネイティブ・アメリカンの市民団体が長年にわたって訴えてきた事情なども考え合わせると、チーム名変更は時代の流れと言わざるを得ないだろう。既にNFLではワシントン・レッドスキンズが改名したし、大学スポーツ界では差別的意匠の使用が禁止となっている。そういう理屈を突き詰め始めると、同様にネイティブ・アメリカンを想起させる「ブレーブス」はその名称を維持できるのだろうか。日本では期せずして「ブレーブス」は消滅したわけだが・・。

インディアンスとカープとの縁

ところで、「クリーブランド・インディアンス」はカープとも深い縁がある。1970~80年代にかけて、NPBでは米国でのキャンプ催行がブームのようになり、カープも1972年にアリゾナでキャンプを催し、そこで隣り合わせとなり、指導してくれたチームこそインディアンスであった。そして、当時、インディアンスのコーチだったジョー・ルーツ氏は、その後カープの招聘を受け、監督となり、そして初優勝に導いてくれた。

ルーツ氏はカープに多くのものをもたらしてくれた。何より初優勝なのだが、1975年に「赤ヘル」にしたのもルーツ氏の発案である。時々勘違いされがちだが、「赤ヘル」のお手本はシンシナティ・レッズではなく、ルーツ氏のいたインディアンスである。勘違いのもとは、カープのユニフォームが1989年以降レッズ風になったことと、1970年代以降、インディアンスのユニフォームが紺色主体のものに変更されたことだろう。ただ、1965年代後半のインディアンスの帽子は赤の地に、紺色で「C」文字が描かれたデザインとなっており、そういえばカープも「赤ヘル」導入後長らく「C」文字が紺色であった。インディアンスの「C」は「Cleveland」の頭文字であり、カープと頭文字が一致したのはほんの「26分の1の偶然」なのだろうが面白い。また、インディアンスのユニフォームは伝統的に赤色と紺色の組み合わせであることが多く、「赤ヘル」導入前のユニフォーム等が紺色だったカープと期せずして使用色が似通っている(カープのユニフォームから紺色は消滅したが、球団旗は今でも紺色である)。

因みにルーツ氏は、カープだけでなく日本球界全体にも多くのものをもたらした。まずもってNPB初の外国人監督である。また、以前の記事でも紹介したとおり、先発投手のローテーション制を初めて導入したのもルーツ氏である。また、進塁打のプラス査定や、ベンチにスポーツドリンクを常備する運用もルーツ監督以降だという。

カープ」のチーム名

V1記念広島東洋カープ球団史」によると、時代を遡り、カープも球団創設時(1950年)、チーム名が議論され、主な候補がカープの他、レインボー(虹)、アトムズ原子爆弾)、ブラックベア(黒熊)、ピジョン(鳩)だったらしい。また、ボツになった理由は、それぞれ次のとおりらしい。

・レインボー→美しいがすぐ消える。

アトムズ→ノーモアという見地からと、別の意味では、強力といったことも含んでおり、有力であったが、明朗を尊ぶスポーツに深刻な政治性をもたせることは避けるべきということになった(原文ママ)。

・ブラックベア→強そうな名前だが、感じが暗い。

ピジョン→平和都市広島を表現するには最適だが、強さに乏しいうらみがある。

いろいろ議論した結果、カープこそ「出世の魚であり、滝のぼりする躍進の魚でもある。広島城は鯉城とも呼ばれ、太田川は鯉の名産地でもある。広島を表現するのに、これ以上の名前はあるまい」ということになり、カープに決したそうだ。

ブラックベアだったならば、その後もなかなか「赤ヘル」にはなりにくかったかもしれない。つくづくカープで良かったと思う。因みに後年の「サンケイアトムズ」は、グループ会社のフジテレビがアニメ放送を開始した「鉄腕アトム」に因んでつけられたものである。

カープ」の名づけ親である谷川昇氏(元・内務省警保局長、戦後、衆議院議員となったが当時は公職追放中)は、「文献によると、鯉は諸魚の長となす。形既に愛す可く又神変乃至飛越をよくす、とある。また己斐(編註:こい、広島市西区の地名)は鯉から転化したものであり、恋にも通ずる」と述べておられる。

カープ」か「カープス」か

「鯉」を選択した後も、「V1記念広島東洋カープ球団史」によると、カープ」なのか「カープス」なのか二転三転したそうだ。昭和24年9月28日、日本野球連盟に加盟を申請したときは「カープ」だったが、他球団がいずれも複数形をとっているということで、いつしか「カープス」に改められたそうだ。確かに、昭和24年11月26日に日本野球連盟が解散し、セ・パ両リーグに分かれたときの中国新聞は「カープス、中央リーグに申し込み」という記事を掲載しているという。

ところが、まもなく広島大学教授や学生などからcarp(鯉)は羊(sheep)などと同様、単複同形であり、複数形の「s」がつくのは文法上の誤りではないか、という新聞への投書があり、あっさり「カープ」に逆戻りしたという。「V1記念広島東洋カープ球団史」では、「谷川昇氏はハーバード大学出身で英語には練達の人であったが、度忘れされていたものと思われる」と書かれている。

同様に、「はだしのゲン」で知られる中沢啓二さんの漫画「カープ誕生物語」でも、架空の登場人物・青野弘少年がニヤニヤしながら「カープスの名前のことを手紙で知らせたら、会長の谷川さんはびっくりしたそうじゃ。なにせ谷川さんはハーバード大学を卒業して英語通の人なんじゃ。それがカープは単数も複数もあらわすことだと高校生に教えられて恥ずかしいと言ってたそうじゃ」と発言している。

中沢啓治著作集 1 広島カープ誕生物語

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ただ、これには一定のツッコミの余地もあって、単複同形の名詞であってもチーム名に「s」を付けるのは決して不自然でなく、現に、例えばMLBマイアミ・マーリンズは単複同形の名詞(Marlin=カジキ)に「s」を付けたチーム名となっている。強いていえば、英語と異なり日本語は原則母音が単音節なので、「p」「s」と二音続けて母音との組み合わせの発音に変換すると、英単語なのに英語発音との乖離が大きくなってしまう点が少しかっこ悪いかもしれない。そんな話は所詮慣れの問題に過ぎないのだろうが、「s」ナシで良かったのではないか。NPBMLBを通じ、唯一の「単数形」のチーム名となっているが、他競技まで見渡せば、昨年ファイナルまで進出したNBAマイアミ・ヒートは「単数形」である。

おわりに

話をインディアンスに戻すと2022年から新球団名に移行するとのことだ。インディアンスはMLBでも指折りの伝統球団であり、サイ・ヤングが選手生活の過半を過ごしたチームである。ポリティカル・コレクトネスを確保しつつ、地域の特性とマッチし、地元ファンに受け入れられ、できればどこか伝統の誇りを感じさせる球団名になることを期待したい。

最後に完全なる蛇足であるが、お笑いコンビの「インディアンス(ボケ:田渕章裕さん、ツッコミ:きむさん)」の名前は、田渕さんの笑顔がクリーブランド・インディアンスのマスコットキャラクター「ワフー酋長」に似ていることに由来するらしい。本家の方は、2018年をもってワフー酋長の使用を中止しているし、上述のとおり、やがて球団名も変更となる。さてはて、彼らもコンビ名を変更することになるのだろうか・・。