ゴロPとフライボール革命について考える

ごく個人的に、長らく不思議に思えてきたことの一つとして、「近年、MLBではゴロよりもフライ打球の方が総じて得点確率が高いとする『フライボール革命』が唱えられていること」と「近年、MLBではグラウンド・ゴロ・ピッチャーは、被本塁打数が少なく、投球数も抑制できるため、評価されるようになっていること」との関係をどのように捉えるべきか、という謎があった。つまり、打者の側が「フライボール革命」を実行し、フライ打球の比率を高めた場合、投手がゴロ打球を浴びる確率は低下するはずであり、そうするとゴロ打球比率の高い「グラウンド・ゴロ・ピッチャー」(以下「ゴロP」という)はやがて絶滅危惧種になっていくのかどうか・・、という疑問である。

本日は、この疑問について分析してみた。

フライボール革命に関わらず減っていないゴロP

ファンの間の俗語である「ゴロP」にかっちりした定義はなさそうで、①三振率の高低にかかわらず、浴びた打球のうちゴロの比率が高い投手(広義ゴロP)のことをいう場合と、②三振率が高くない代わりにゴロアウトの比率が高い投手(狭義ゴロP)のことをいう場合がある。ただ、①・②のいずれにせよ、ゴロPといえる投手数は、少なくとも平成(1989年)以降をみる限り、目立った増減がみられない

まず、「広義ゴロP」こと①ゴロの比率の分布についてみてみよう。次図は、1989~2020年までの32年間を1989~96年、97~04年、2005年~12年、2013年~20年の8年ごとに分割し、MLBの全投手(注)の(イ)凡打・安打の両方を含む被打球のゴロ/フライ比率、(ロ)凡打に絞ったゴロアウト/フライアウト比率の分布について、推移を示している。これをみると、(イ)・(ロ)とも、分布がほぼ一定であることがみてとれる。つまり、投手の浴びた打球ないし投手の打ち取った打球に占めるゴロの比率は、この30年ほどの間、あまり変化が生じていないことが分かる。

(注)ただし、投球イニング数が2020年について20回、2019年以前について55回以上(=概ねチーム試合数÷3以上に相当)。本記事において以下同じ。

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ゴロ打球/フライ打球比率の分布の推移

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ゴロアウト/フライアウト比率の推移

「狭義ゴロP」こと②、奪三振率が平均より低い投手に絞って、ゴロアウトの比率の分布をみても、この30年程度のうちに目立った変化は生じていない。各シーズンの奪三振率が平均未満の投手の(ロ)ゴロアウト/フライアウト比率の推移は、次図のとおりとなっている。

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ゴロアウト/フライアウト比率の推移(奪三振率が平均未満の投手)

フライボール革命」の成果はフライ打球率ではなくフライ打球の質の向上

それでは「フライボール革命」の成果は殆どみられないということなのか、といわれると、そうではない。次図は、各投手のフライ被打球に占める被本塁打の比率について分布を示している。これをみると、平成以降の32年の歴史の中で、比率が徐々に上昇していることが分かる。

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フライ被打球に占める被本塁打の比率推移

また、同様に各投手のフライ被打球に占める内野フライの比率について分布をとってみると次図のとおりで、90年代末以降、比率水準が切り下がったことがみてとれる。

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フライ被打球に占める内野フライの比率推移

また、全打球に占めるライナー性の打球の比率は、2000年代にいったん低下したが、2010年代央以降、大幅に高まっている

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全被打球に占めるライナーの比率推移

このように、90年代と比べ足許では、フライ被打球の比率自体は大して変わらないものの、フライ被打球に占める本塁打の比率が高まり内野フライの比率が低下し、さらに足許ではライナー打球比率が高まっている。つまり、打者からみるとフライ打球の「質」が向上した、というのがフライボール革命の本質であったと考えられる。

ゴロPは投球数が少な目で被本塁打率も低い、というのは本当か

それでは、ゴロPについて「投球数が少な目で被本塁打率も低い」というのは本当なのだろうか。MLBの全投手を対象に、各シーズンの平均と比べ①ゴロアウト/フライアウト比率(以下「ゴロ率」という)が高く、奪三振率も高い、②ゴロ率が高く、奪三振率は低い、③ゴロ率が低く、奪三振率は高い、④ゴロ率が低く、奪三振率も低い、の4つのカテゴリー分類して、主な投手指標のパフォーマンス分布を比較してみた。

疑問1:ゴロPは投球数が少なめなのか?

(分析1)奪三振率が低く、ゴロ率の高い投手は、打者1人当たりに要する投球数は少なめ

まず、投手が対戦打者1人当たりに要する投球数について分布を整理すると次図のとおりとなる。打者1人当たり投球数の多さは、「ゴロ率高・三振率低<ゴロ率低・三振率低<ゴロ率高・三振率高<ゴロ率低・三振率高」、の順となっている。これをみると「三振が多さ」が最も重要なキーとなっており、奪三振率の高い投手の方が球数を要する。それに次ぐキーがゴロ率の高さで、ゴロ率が低い方が球数を要する傾向が窺える。

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対戦打者1人当たりに要する平均投球数の分布

(分析2)ゴロPであってもなくても、打球が安打になる確率(BABIP)に大差はない

セイバーメトリクスの世界では、投手のタイプにかかわらず、投手が打者から浴びた打球は、概ね3割程度の確率で安打となり、残り7割程度の確率で凡打に終わる、というセオリーがある(この確率のことを、本ブログでもしばしば登場するとおりBABIPという)。

BABIPの分布をみると、ゴロ率の低い投手の方が、僅かながらBABIPが低めとなる傾向が窺えるが、やはり僅差に過ぎず、このセオリーのいうとおり「大差はない」といってよいだろう。

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BABIP分布

(分析3)奪三振率の低い投手は、イニング中に許す走者数(WHIP)が多め

次に、投手が1イニングあたりに許す平均走者数(WHIP)についてみると、三振率の低いゴロPは、やはり多めとなっている。「やはり」というのは、投手のタイプにかかわらず三振以外の打球が安打になる確率(BABIP)に大差がないのだから、奪三振率が低い(=三振以外の打球が生まれる確率が高い)ほど安打を許す確率が高まるのは論理必然だからである。実際の分布を見ても次図のとおりとなっている。一方、ゴロ率によるWHIPの違いはあまりみられない。

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WHIP分布

(分析4)イニング全体の投球数は、ゴロPもそれ以外のタイプの投手も大差なし

上述のとおり、奪三振率の高い投手は打者1人当たりに要する投球数が多めとなる半面、イニング中に許す走者数が少ない――つまりイニング中に対戦を要する打者数が少なくて済む。このように投球数が増える要因と減る要因が同時に発生するため、仕上がりとしてイニング全体としての投球数の多寡は一概にいえない、ということになる。

次図は、イニング全体の投球数の代理変数として「(イニング中に許す走者数+3)×打者1人当たりに要する投球数」の分布を示したものであり、これをみると、確かにゴロ率の高い投手の方がやや投球数が少なめとなっているが、投手のタイプによる違いは限定的となっている。

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1イニング当たり投球数の分布

疑問2:ゴロPは被本塁打率が低いのか?

次に被本塁打率についてみると、「ゴロ率高・三振率高<ゴロ率高・三振率低=ゴロ率低・三振率高<ゴロ率低・三振率低」の順となっていることが分かる。確かに三振率が同程度であればゴロ率が高い方が被本塁打率を低く抑えられる傾向があるが、ゴロ率が平均以下でも奪三振率が高ければ(次図の濃い赤色折れ線グラフ)、「狭義ゴロP」(次図の水色折れ線グラフ)と同程度に被本塁打率を抑えられていることが分かる。

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本塁打率の分布

マダックスの謎

以上のデータを踏まえると、奪三振率が低く、ゴロ率が高い」狭義ゴロPが一般に「投球数少なめ」とは言えない、ということになる。

ただ、物事には例外が存在する。MLBでゴロPといったときに真っ先に思い出されるのがグレッグ・マダックス投手である。マダックス投手の全盛期といわれるブレーブス時代の奪三振数・ゴロ率は次図のとおりで、奪三振率は決して低くないが、ゴロアウトの比率が平均の倍近い水準に上っている。

このように典型的なゴロPだったわけだが、上記の分析結果と異なるのは試合全体を通した投球数が非常に少ないことである(因みに米国の野球ファンの間では、英語辞書に載らない動詞として、100球未満での完投のことを「マダックス」というらしい)。

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マダックス投手(ブレーブス在籍時代)のゴロアウト比率・奪三振

マダックス投手の特徴は、打者1人当たりに要する投球数が少ない上に、ランナーを出さない(WHIPが極めて低い)ことである。その理由を手許のデータだけから仔細に分析することは容易でないが、マダックス投手の四球率(BB%)が4~5%程度に過ぎない(平均は約8%)あたりをみる限り、コントロールが際立って良いため、「一見、打てそうなのにヒットにならない」際どいゾーンに際どい変化球を投げ込めていたということではないだろうか。

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マダックス投手(ブレーブス在籍時代)のWHIP・BABIP・BB%

本日の結論

・「フライボール革命」にかかわらず、この30年程度の間、MLBにおけるゴロ率は実はあまり変わっていない。「フライボール革命」の真相はフライ打球の質の向上に表れている

奪三振率が低く、ゴロ率が高い」ゴロPが投球数を抑制できているというのは本当ではない

・また、奪三振率が低く、ゴロ率が高い」ゴロPは、必ずしも被本塁打率が低いわけでもない。ただ、奪三振率が同等の投手同士で比べれば、ゴロ率の高い投手の方が被本塁打率を抑制できていることは確か。

・以上を総合すると、ゴロPというのは投手のタイプであって一概にパフォーマンスを示唆するものではない(以前の記事で述べた打者のタイプ別分類と似た話)。奪三振率が同程度であればゴロ率が高い方が被本塁打率が低いなど良い面もあるが、全体的傾向としてはやはり、まずは奪三振能力の高さが相当程度投手のパフォーマンスを規定している。強いて言えば「奪三振能力が高いことが最も重要で、かつ、できれば被打球がゴロになる確率の高い投手」が最もパフォーマンスが上がり易い、ということではないだろうか。