廃れた作戦は技術力が低下する――送りバント成功率の推移①

無死一塁からの送りバントはむしろ得点期待値を低下させるという理由で、MLBにおいて送りバントが死滅化しつつあることは、既にこのブログで何度も触れてきた。では、このように送りバント絶滅危惧種となりつつある中、成功率はどのように推移してきたのだろうか。

このブログで、何度もこだわってバントをテーマにするのは、一つには「小技」を絡ませたチームバッティングを本領とする河田コーチが復帰したからなのだが、より根本的には、セイバーメトリクスに忠実にバントを葬り去ろうとしているMLBと比べ、NPBの現場で引き続きバントの有効性が疑われていないことには何か理由があるのではないか、という問題意識を持ち続けているからである。

NPBの方が送りバント成功率は高いが、足許はやや低下傾向。MLB送りバント成功率は5割台まで低下

まず、単刀直入に、NPBMLBにおける送りバント成功率(※年間バント企画回数が10以上の選手について集計)をみると、一貫してNPBの方が成功率が高い。そして、MLBでは送りバントの企画頻度が大幅に低下するもと、成功率についても5割台まで低下している。これに対しNPBについては、総じていえば高い成功率水準を維持しているものの、足許ではやや低下傾向にある。

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送りバント成功率の推移(NPBMLBの比較)

MLBではNPBと比べ、野手を中心としてバントの巧拙のバラツキが大きく、総じて成功率が低い

以下、バント成功率の分析を、投手と非投手(野手)の別にみていくことにする。そのための前置きとして、投手・非投手別のバント企画回数をみてみよう。MLB(1989~2020年)における投手・非投手の1試合当たりバント企画回数は、投手0.31回、非投手0.26回である。これに対し、NPB(2011年~2020年)では投手0.32回、非投手0.81回であり、投手についてはNPBMLBのバント企画頻度に大差ない半面、野手の企画頻度についてはNPBの方が著しく高い

その上で成功率についてみると、MLBでは、バント企画頻度の高い投手の方が、バント成功率も高いMLBにおけるバント成功率は、1989~2020年の総計で投手:71.8%、非投手:67.4%)。選手毎のバント成功率の分布をみると、成功率の高い(成功率8割超)選手は投手・非投手を問わず存在するのだが、成功率の低い(成功率6割以下)選手については、目立って非投手の比率が高い。つまり、投手については総じてバントが巧い選手が多いのに対し、野手の方が巧拙のバラツキが大きいということだ。

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MLBの投手・非投手別のバント成功率分布

これと対照的に、NPBでは野手の方が送りバントの成功率が高く、野手のバント成功率の高さはMLBと比べ顕著に高い(なお、投手のバント成功率については、むしろMLBの方が優れた選手の比率が高い)。

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NPBの投手・非投手別のバント成功率分布

NPBと異なりMLBでは野手の「バント職人」が消滅

このように、NPBの野手のバント技術の高さは半端なく、中でも、バントが上手で年間企画回数も30回、40回に上る「バント職人」が多数ではないにせよ、確実に存在している点が大きな特徴である。

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NPBにおける年間バント企画数分布

これに対し、MLBでは「バント職人」は絶滅危惧種化しており、時系列的にみても高い頻度でバントを任せられる打者数は明らかに減少している。投手・非投手別の年間バント企画回数分布の推移(1990年、2000年、2010年、2019年の4時点比較)をみると、投手・非投手とも2010年代以降、年5回以上バントを行う選手数が一段と減少していることが分かる。投手の年間バント企画回数減少については、先発投手の投球イニング数の短縮化による影響も多分にあるのだろうが、いずれにせよ、シーズン中のバント企画頻度が軒並み低下していることは明らかだ。

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非投手の年間送りバント企画回数分布の推移

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投手の年間送りバント企画回数分布の推移

MLBにおけるバント職人の「絶滅危惧種」化は、バント企画回数だけでなく、成功率の分布をみても明らかだ。次図は、1989~93年の5年間と、2016~20年の5年間におけるバント成功率の分布を整理したものである。これをみると、投手については、成功率の高い選手は比率を低下させつつも引き続き残存しているのだが、非投手については、そもそも成功率の高い選手が殆どいなくなっていることが分かる。MLBにおける野手のバント技術低下は覆いきれない現象といってよいだろう。

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野手のバント成功率分布の推移(MLB・1989~93年、2016~20年の比較)

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投手のバント成功率分布の推移(MLB・1989~93年、2016~20年の比較)

はっきりいえば、バント成功率の低い野手については、一般的・理論的にはバントをさせるべきでない。冒頭で述べたとおり、セイバーメトリクス理論は、無死一塁からの送りバントは得点期待値を低下させるとうたっている。筆者の分析は、それに多少の留保をつけ、MLBのデータを前提としても、走者を殆ど出さない好投手(WHIP1未満)との対戦機会に限っては、送りバントの企画により1点はとれる確率を高められる可能性がある、というものなのだが、この分析も、送りバントの成功率8割のケースで辛うじて見合うという計算である(ただし、MLBと比べ長打の比率の低いNPBでは、もうちょっと損益分岐点が低い可能性はある)。つまり、理論上、バントを企画する意味があるのは「好投手との対戦時における『バント職人』か、または極端に打率の低い打者(投手など)」に限られる。そうした見方に立つと、引き続き「バント職人」が残っているNPBと異なり、MLBでは、一般的にいえば、もはやバントを仕掛けるべき野手がいなくなっているということだ。

MLBにおいて、バント企画頻度の低下と成功率の低下はリンクしているのではないか

以上の事実を踏まえると、バントは企画頻度の高さと成功率がリンクしているのではないか、との仮説に辿り着く。NPBMLBとの比較においては、送りバントの企画頻度の高いNPBの方が成功率が高く、MLBの投手・非投手の比較においては、やはり企画頻度の高い投手の方が成功率が高い。そして、時系列的に比較しても、かつてのMLBの方が足許と比べ企画頻度が高く、成功率も高い。

その理由はと問われると、いささか「鶏と卵」の関係なのだが、成功率が高いから企画頻度が上がる面もあろうし、企画頻度が高まると練習量を増やすなどして成功率が高まる面もありそうだ。後者の側面に着目するなら、もしかすると、バントは練習と実践により技術を向上させられる可能性が高いということなのかもしれない。今年のカープについていえば、河田コーチの下でバント練習を強化すれば、バント成功率を高められる余地はあるだろう。半面、MLBのようにバントを作戦として選好しなくなると、それにつれバント成功率も低下し、バントは従来に増して「見合わない」作戦行動へと成り下がっていくと考えられる。

送りバントの成功率というマニアックな分析には、続きがあり、成功率の低下を、打撃面の作戦全体の中でどのように評価すべきなのか、もうちょっと考察したいことがある。ただ、本日は長くなってしまったので、いったんここで区切り、続きは次回とさせて頂く。