投手のピークが21歳というのは本当か?①

セイバーメトリクスの入門書(蛭川晧平著・岡田友輔監修「セイバーメトリクス入門」)を一読して最もショッキングだったのは、「投手に関しては21歳がピークでその後は年齢を経てるごとに防御率が悪化していく結果となりました」という記述である。「投手の肩は消耗品であるとよく言われますが、その事実がデータにも表れていると考えることができるのかもしれません」とのことだが、これは本当なのだろうか?

なお、この本において、打者に関しては得点創出能力のピークが26歳とのことであり、投手についても「これが実態として正しいのかどうかについては色々と議論がなされて」おり、「統計処理の仕方を改めればもう少し打者に近い年齢曲線になるはずだという見解」もあるとされている。

野球におけるピーク年齢はサッカーなどと比べて高め

ただ、こうした見方に対しては、一ファンとしてみたとき、素朴な違和感を禁じ得ない。

なぜなら、他の団体競技と比べたとき、どちらかというと野球はシニアの年齢に至り成熟していく印象が強いからだ。ここで、他競技との年齢曲線を比較してみたい。本来は得失点や勝利貢献度などで比較するのがフェアなのだろうが、ルールの違いという壁を乗り越えた比較方法を見いだせなかったため、野球に関しては打席数(打者)・投球回数(投手)、他競技については出場時間数、という試合への「出場量」に関し、年齢別のウェイトを比較してみた。

なお、欧州のサッカーリーグとは、全部数えると欧州域内国の数以上のリーグ数があるのだが、ここでは英・伊・西・独のトップリーグのみを集計している。

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野球・サッカー・バスケットボールの年齢別出場時間数の比較

この結果をみると、少なくとも「出場量」でみる限り、やはり野球は他競技と比べ、10代のうちからトップリーグで出場することが難しい半面、30代後半でも出場機会を維持できている選手が相対的に多いことが分かる。それでは、この事実と、冒頭で述べたセイバーメトリクスの分析との関係について、どのように考えればよいのだろうか。

そこで、今回から3回シリーズで、野球選手の年齢曲線について考察したい。第一回の本日は、打者の年齢曲線についてみることにする。

打者の勝利貢献度指数を年齢別に足し上げていくと、27~29歳がピーク

まず、打者の勝利貢献度について、以前の記事でとり上げた戦力分析と同じ手法で指数化し、年齢別に足し上げてみると、次図のとおりとなる。

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打者の年齢別・勝利貢献度指数の集計値分布(NPB

ここから分かることを3点述べると、まず第一に、チームの勝利への貢献度が最も高いのは27~29歳だということだ。さらに次の図で示す年齢別の打席数と概ね同様の傾向となっており、つまり、多くの選手がこの年齢でキャリアハイに到達し、ゆえに多くの出場機会を得られている(その結果として、勝利貢献度の最も高い年齢ゾーンになっている)ことがうかがえる。

第二点目として、27~29歳あたりでキャリアハイを迎えるという傾向は、1980年代以降あまり変わっていないということだ。より長期時系列でみると、1950年代はキャリアハイが23歳前後で、そこから70年代あたりにかけて徐々に高年齢化し、1980年代以降、概ね現在の水準に落ち着いた、といえそうだ。1950年代のキャリアハイが若年だった理由は、戦争の影があるのだろう。

そして第三に、2010年代(赤色の折れ線グラフ)をみると、過去の年代と比べ、30代後半から40歳代に至るまでのシニア年代の貢献度が高まっていることだ。このことは、昔と比べ、野球選手のキャリア寿命の長期化を図り易くなっていることを意味する。

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年齢別の打席数分布(NPB

年齢別の平均値をとると、打率や得点創出能力はむしろシニアの選手の方が高い?

上記の分析で着目したのは、年齢別に各選手のパフォーマンスと該当する選手数とを掛け合わせた数値であったわけだが、以下、各選手(一人あたりの)のパフォーマンス水準にフォーカスして分析する。

まず、打率および得点創出能力(wOBA)について年齢別の平均水準を整理すると、驚くことにシニアの選手の方が高い数値となっていることに気付かされる。これは意外な事実である。なぜなら、スポーツ医学的に考えると、一般に人間の動体視力は15~20歳頃がピークといわれているため、加齢とともにボールを捉えにくくなるはずだ。その結果として、三振率が高まり、よしんばバットに当てても芯を外し、凡打に終わる確率が高まるはずだ。この「仮説」が正しいとすると、打率や得点創出能力は加齢とともに低下するはずなのだが、そのようになっていないのはなぜだろうか。

まず一つ言えることは、次図で示されているのは、一軍の試合に出場した選手の平均値なので、能力が著しく低下した場合、引退したり、現役を続行していたとしても試合への出場機会がなくなるわけで、そうなると、この「平均値」に算入されなくなるということだ。つまり、次図から導かれることは、誰しも年齢を重ねるとともに得点創出能力が上昇する、などという珍説ではなく、シニアの選手で出場機会を得続けられる選手が、高い打率、あるいは優れた得点創出能力を維持できているという事実だ。

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一軍出場選手の年齢別の平均打率(NPB

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一軍出場選手の年齢別の平均得点創出力(wOBA)(NPB

寄る年波に勝てないのが、動体視力の低下に伴う「ボールを捉える能力」の衰え

シニアの選手が高打率や得点創出能力を維持できている背景を探るため、いくつかの指標についてみていく。まず、本塁打でも三振でもないグラウンド内への打球が安打になる確率(BABIP)である。BABIPは、少なくとも1990年代以降をみる限り、加齢とともに徐々に低下する傾向が認められる。シニアの選手になっていくと、ボールをバットに当てても、十分に捉えきれず凡打に終わる確率が高まっていくという悲しい現実が透けて見える。ここまでは上記の「仮説」が当たっていると思える。

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一軍出場選手の年齢別の平均BABIP(NPB

伝統的にシニアで出場機会の多い選手は、長打力の高い打者が多い

このように芯で捉え安打を創出する能力が低下してもなお出場機会を確保できるシニア選手は、伝統的には長距離打者が多かったようだ。長打力指標(IsoP長打率-打率)についてみると、少なくとも1960年代以降、2000年代までは、シニア選手は長打力指標に優れた選手が多い傾向がみてとれる。伝統的に、シニア選手の得点創出能力は長打力の高さによって動体視力の衰えを補っているとみてよいだろう。ただし、振れ幅をもってみる必要があるものの、2010年代以降に限っては、必ずしもシニアの選手について、特にIsoPが高い傾向は認められない。

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一軍出場選手の年齢別の平均IsoPNPB

シニアで出場機会の多い選手は、加齢に伴う三振率の上昇を制御している

次に、三振率についてみると、年齢による差がほとんどみられない

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一軍出場選手の年齢別の平均三振率(NPB

シニアの選手たちが、なぜ加齢に伴う三振率の制御に成功できているのか、という疑問に対するヒントと思えるのが、年齢別のコンタクト率とスイング率である。あいにくMLBについてしかデータを拾えなかったのだが、MLBのデータをみる限り、確かにコンタクト率は加齢とともに低下しており、ボールを捉える能力が徐々に衰えていっていることがうかがえる。ただ、コンタクト率の低下と軌を一にするようにスイング率も低下している。これらの事実は、加齢に伴い、投球に対するコンタクト能力が低下するもとでも、配球の読みや制球眼などの技量向上により、バットを振るべき球をよく選ぶようになっている姿がみてとれる。

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年齢別のコンタクト率・スイング率(1989~2010年MLB

事実、NPBにおいてもシニア選手は若手に比べ、四球率が高い

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一軍出場選手の年齢別の平均四球率(NPB

本日のまとめ

本日は打者の年齢曲線についてみた。打者の得点創出能力は、一般に27~29歳でピークを迎える傾向がある。ただし、シニアの選手でも30代後半に至るまで出場機会を得続けられているケースは珍しくなく、そうしたシニアの選手たちは、動体視力の低下に伴う「ボールを捉える能力」の減衰を、①長打力の高さや、②選球眼の良さで補い、若手選手たちをしのぐ高打率・得点創出能力を維持している姿がうかがえる。

それでは、投手の年齢曲線についてみると、どのようなことがうかがえるのだろうか。話の続きは次回とさせて頂く。