投手のピークが21歳というのは本当か?③

このシリーズでは、セイバーメトリクスの「投手のピークは21歳」という説への衝撃から、まず第1回で打者の年齢曲線について、第2回で投手の年齢曲線について分析した。それでは、このセイバーメトリクスの説について、どのように考えるべきなのだろうか。

「投手のピークは21歳」説の根拠

セイバーメトリクス入門」で紹介された「投手のピークは21歳説」の積算方法は、セイバーメトリクスの専門家たちが年齢曲線を分析するときの一般的手法のようであり、MLBに関してもFanGraphsにおいて同様の手法による分析がみられる。

この記事の論説に必要な限りにおいて、大まかな前提を解説すると、①複数年にわたって出場歴のある選手について、当年と前年の成績指標の差をとって、②その値の年齢別の中央値(ないし平均値)をもって、加齢に伴う能力の変化幅とみなす、というものである。

この分析手法のメリットは、個別の選手ごとに丹念に加齢に伴うパフォーマンスの変化を追っている点である。

これに対し、筆者が前回記事までで紹介した手法は、球界全体の平均的パフォーマンス水準を年齢別に比較するというものであり、どの世代もスーパースターから並みの選手まで概ね均等に分布しているだろう、という前提の上に成り立っている。ただ、もし世代別の能力水準に著しい偏りがある場合、例えば、たまたまある年のデータを集計したところ、黄金世代の属する20代前半こそキャリアハイと計算されたが、その5年後のデータについて集計したところ、黄金世代がやはり活躍し続けていた場合、20代後半こそキャリアハイとの計算結果となり、ミスリードが生じてしまう。セイバーメトリクスの専門家たちの分析手法は、こうした分析上の弱みを回避できている点に強みがある。

ただ、この分析手法にも弱点があると考える。第一に、選手のキャリア曲線にバラツキが大きく中、なかんずく正規分布となっていない場合、選手のパフォーマンスの前年差について中央値ないし平均値を拾い集めることが、リーグ全体の傾向を適切に反映できていない可能性はないだろうか。そして第二に、この分析手法は、徐々に芽を出し、花が咲き、やがて枯れていく選手についての年齢曲線分析に適しているが、即戦力の投手については初年の成績指標がよいだけに、その後の「前年比」はダウンサイドの方に偏りが生じてしまっていないだろうか。

各選手単位で勝利貢献度指標の前年差を集計するとどうなるか

このシリーズで使ってきた勝利貢献度指標(2010~20年)について、選手単位で前年差をとり、年齢別に集計すると、どのような分布となるだろうか。まず、打者については、30代半ばに至るまで、±ゼロのゾーンと、+3前後のゾーンに2つの「山」ができる。このことは、概ね前年並みの成績を残す選手が多い一方、その年に突如ブレイクした選手が各年齢層で一定数現れている、ということを意味する。そして、2つ目の「山」である+3前後のゾーンは、20代前半についての「山」が高く、1つ目の「山」である±ゼロのゾーンは23~32歳の年齢層について最も「山」が高くなっている。このことは、20代前半にかけて能力を伸長させ、20代後半にかけて成績水準が落ち着いてくる選手が多いことを示唆している。そして、30代以降は、2つ目の+3前後のゾーンの「山」が低くなり、左側(負値)の「裾」が厚くなってくる。徐々に能力を伸長させる選手数が減り、衰えていく選手が増えてくる、ということだ。

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勝利貢献度指数の前年差の年齢別集計値<打者>(NPB

また、投手については、どの年齢層についてもコブが1つの「山」形となっており、20代まではいずれの年代層も「山」の頂点が±ゼロ前後となっている。ただ、18~22歳頃までは左右の裾が対象なのに対し、年齢が高まるにつれ、左側(負値)の裾が徐々に厚くなっている。このことが意味するのは、少なくとも20代のうちまでは、能力指標は概ね前年並みを維持できるのだが、年齢がかさむにつれ徐々に良化するより悪化する確率の方が高まっていく、ということだ。そして30代半ば以降は、「山」の頂点自体が負値となるなど、多くの投手が能力指標を悪化させていく。±ゼロを中心とした分布の裾が20代前半のうちから徐々に左側に偏っていく図をみるにつけ、前年比の数値の中央値ないし平均値をとっていった結果、20代前半のうちから緩やかな低下が始まっている、という評価になるのは頷けるところだ。ただ、20代のうちまでは、押しなべてみると±ゼロを中心とした富士山型の分布図なのであって、選手によって故障や不調に苦しむことはあっても、総じて能力の低下が始まっているという認識は持ちにくいだろう。

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勝利貢献度指数の前年差の年齢別集計値<投手>(NPB

この分析から分かることは、セイバーメトリクスのいう「投手は21歳がピーク説」は、一つの分析として理解できなくないが、実際には選手間の個人差が大きいため、この分析結果が原則である、ないし一般的傾向である、とまでいうのはちょっと厳しいのではないか、ということだ。

ただ、このシリーズの第1回・第2回でも触れたとおり、少なくとも先発投手については20代前半にキャリアハイがくる傾向があること自体は確かである。また、救援投手や野手についても20代後半がピークとなっている(つまり、「投手のピークは21歳」という説は言い過ぎだとしても、ファンの多くが想像しているよりもピーク期が早いという大筋において、セイバーメトリクスの説は否定し難いだろう)。そのように述べたうえで、シニアの選手が野手であれば選球眼、投手であれば制球力などの技量を高め、選手寿命を長期化させていることにこそ、敬意を表するべきことなのだと思う。