河田コーチ復帰に際して、再び送りバントを考えてみる③

前回の記事では、出塁をあまり許してくれない好投手の対戦時であって、打者がバント巧者である場合(さらにその次の打者が投手と好相性で、二塁に進んだ走者の単打での生還率が高い場合)には、送りバントが得点確率を高める可能性があることを説明した。

本日は、送りバントが作戦として有効たり得るための3要素(①相手投手から攻撃回中に期待できる出塁者数、②送りバントの巧拙、③二塁から単打で生還できる走力、④リーグ全体としての長打割合)のうち④長打割合について考察したい。

筆者は、この長打割合が、NPBMLB送りバント数の違いを生んでいるのではないかとみている。MLBでは、元々NPBより送りバントが少なめなのだが、このところ殆ど消滅しつつある。これに対し、NPBではセイバーメトリクスの「バント非効率」理論が唱えられてなお、足許まであまり減少していない。 

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NPBMLBにおける1試合当たり犠打数の推移

MLBの方が長打の発生確率が高く、長打による得失点の割合も高い

NPBMLBとを比較すると、このところMLBの方が1試合当たり平均得失点数が多めであることは以前の記事でも触れたとおりであり、その原因としてMLBの長打割合の高さがあげられる。実はNPBMLBの「打率」水準には大差なく、分布を拾っても殆どぴったり一致する。ところが、長打の発生率(以下、「長打率(=塁打数÷打数)」ではなく、「長打数÷打数」のことを「長打発生率」という)についてみると、NPBの最頻値が2分5厘~5分なのに対し、MLBでは5分~7分5厘となっており、つまりMLBの方が2~3分ほど高めとなっている。

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NPBMLBにおける打率・長打発生率の分布

また、少し目を転じて、NPBMLBの「WHIP1未満」の投手の被打率を塁打別にみても、被打率そのものは僅かにNPBの方が高く(NPB:.203、MLB:.199)、単打についてはNPBが上回っているNPB:.150、MPB:.125)一方、二塁打本塁打など長打についてはMLBが上回っており二塁打本塁打の長打合計でNPB:.053、MLB:.074)、つまりNPBにおいては、好投手に対し一発長打で得点できる確率がMLBより低いことがみてとれる。

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WHIP1未満の投手の塁打別の被打率(NPBMLBの比較(2016~20年))

一般的に、一発長打で得点を期待できるのであれば、送りバントを企画するのは非効率なのであって、リーグ全体としての長打の発生率が高いほど送りバントの企画数が減少し、その逆に、長打の発生率が低くなるほど、送りバントが選択され易くなるのではないか、との仮説を立ててみた。

この仮説に対する一つの傍証として、この記事の冒頭に掲げたグラフのとおり、NPBで平成以降送りバント数が最高となったのは、いわゆる「加藤球」が使われ、リーグ全体としての長打数が低下した2010~11年シーズンであったことを指摘できるだろう。

そして、MLBでWHIP1未満の投手に失点をつけた打撃をみても、やはり長打が多い。次図のとおり、失点の実に61%が本塁打によるものであり、単打によるものは23%に過ぎない。単純に考えて、送りバントによる利得は①単打一本で5~6割の確率で生還できることと、②二塁打一本でほぼ確実に生還できることであり、これだけ長打による失点比率が高いと、送りバントによる利得を活かせる場面が限定的となることを意味する。

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MLBでWHIP1未満の投手に失点をつけた打撃(失点数別内訳、2016~20年)

ここで、前回の記事で二塁走者の単打での生還率別の得点確率を試算したのと同じ手法で、出塁率を.240で固定しつつ出塁数に占める長打の割合毎の得点確率を試算してみた。

その試算結果によると、強攻策をとった場合の方が、「出塁数に占める単打の割合」が低下するにつれ、得点確率が高まっていく傾向が認められる。具体的には、同「割合」が概ねNPB並みの水準(.480程度)の場合には、送りバントを仕掛けた方が得点確率が高いのに対し、MLBの水準(.560程度)の場合には、試算上、強攻策をとった方が送りバントを仕掛けるよりも得点確率が高くなる

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被打率を固定しつつ長打発生率を異ならせた場合の期待得点数試算

つまり、MLBの長打発生率を前提とする限り、出塁をあまり許してくれない好投手相手であっても、送りバントによる得点確率こそ高まる可能性があるものの、期待得点数は低下するため、送りバントによる得点確率を高めるべく走塁やバント技術を研鑽するくらいなら、長打力の高い選手を集めた方が効率的という発想になり易いのではないか。これは、イチロー氏が「今のメジャーリーグは、どこまで飛ばせるかコンテストをやっている」と憂慮されているとおりであり、面白いと思えるかどうかは別にして、事実としてMLBが向かっているスタイルのように思える。

他方、NPBでは、現状においてMLBほど長打割合が高くない中、出塁をあまり許してくれない好投手相手の場合、送りバントにより得点確率を高められるため、作戦の選択肢として残しておくことが合理的なのではないか。特に、NPBでは、以前の記事で紹介したとおり、試合日程や先発投手のローテーション運用が規則的であることから、好投手の登板日に相手チームの好投手とマッチアップする確率が高い。そのため、投機的に大量得点の可能性に賭けるより、投手戦となることを前提に序盤から一点を堅実にとりにいく作戦立案が選好され易い面もあるかもしれない。

このように考えていくと、河田コーチが「中日大野とか打てない相手はバント攻めを優先する」と述べているのは、セイバーメトリクスの観点からも納得がいく。ただ、天才打者とも変態打ちともいわれる西川選手が故障から完全復調した場合には、是非とも、原則強攻策でお願いしたい。

結論:現状のNPBの長打割合を前提とする限り、出塁をあまり許してくれない好投手が相手であって、バント巧者が打席の場合には、送りバントにより「まずは一点」をとりに行く作戦に合理性が認められる

以上、縷々述べてきたとおり、セイバーメトリクスの教科書がいうとおり、無死一塁からの送りバントが作戦として原則的に不合理であることは否定しないが、合理性が認められる状況もあるというのが今回シリーズの結論である。
「なんJ」など野球ファンのネット空間に立ち入ると、野球ファンとしての肌感覚に基づく議論とセイバーメトリクスを根拠とする理論との間でせめぎ合いが散見され、バントの作戦としての有効性も時折俎上に上っている。以前の記事で述べたとおり、セイバーメトリクスはもともと、球団の編成・フロントがリーグ戦全体を通じた勝利数を極大化するために構築された理論体系であり、多くの場合、やっていることの実は「大数の法則」に基づく全体的傾向の把握である。これに対し、ファン目線は、まずは「目の前の試合の勝率の極大化」に視点が行きがちであり「木を見て森を見ず」に陥りがちな半面、試合毎ないし選手毎の特性や事情に応じた分析に関しては、案外セイバーメトリクスの高尚な理論より正確である可能性がある。今回の送りバントを巡るシリーズは、そんなファン目線をもうちょっと言語化・数値化を試みるとどうなるか、というチャレンジとして筆をとった次第である。