河田コーチ復帰に際して、再び送りバントを考えてみる②

前回の記事では、送りバントが有効な作戦たり得るための4要素として掲げた「①相手投手から攻撃回中に期待できる出塁者数、②送りバントの巧拙、③二塁から単打で生還できる走力、④リーグ全体としての長打割合」のうち、①について説明した。すなわち、集中打による得点をあまり期待し難い(=記事中の前提としてはWHIP1未満の)好投手との対戦時に限ってみると、もし確実に「一死二塁」を実現できるならば、得点可能性が高まる。それでは、こうした好投手との対戦時に限っては、一概に送りバントが有効な作戦と言えるのだろうか?本日は、この点の考察から始め、主に②送りバントの巧拙、③二塁から単打で生還できる走力の要因について考察したい。

WHIP1未満の好投手相手に送りバントを企画した場合も、期待得点数はやや低下、得点確率は微減

セイバーメトリクスの教科書にいう一般的な傾向とは異なり、WHIP1未満の好投手を相手にした場合に限っては「無死一塁」より「一死二塁」の方が得点可能性が高まる、というのはそれ自体驚きなのだが、それだけで直ちに「好投手との対戦時には送りバントすべき」と結論づけることはできない。なぜなら、無死一塁から強攻策をとることによりチャンスを拡大できる可能性もあれば、送りバントを敢行するも失敗に終わるリスクもあるからだ。

そこで、無死一塁から次打者が「強攻」した場合と「送りバント」を企画した場合の「期待得点数」を次の方法により試算してみた。

<試算方法>2016~20年MLBにおける「WHIP1未満」投手の実績値に基づき(イ)次打者の打撃結果(単打、二塁打三塁打本塁打四死球)としてそれぞれ見込まれる確率を仮定し、(ロ)それぞれの打撃結果ごとに、次打者の打撃により実現したランナーの状態(無死一二塁、無死一三塁など)から期待できる得点数とを掛け合わせる。

また、攻撃回のうちに少なくとも1点はとれる確率(得点確率)についても同様に試算してみた。

この試算結果によると、無死一塁から送りバントを企画した場合も、期待得点数はやや低下し(0.544→0.488)、得点確率も微減となる(0.286→0.281)と考えられる。

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WHIP1未満の投手に対し、無死一塁からの強攻策・送りバントをとった場合の期待得点数・得点確率

ただし、得点確率については、バント成功率が高い場合には強攻策を上回る可能性あり

ただ、上記の試算では、送りバントの成功率について、あくまでNPBにおける平均値を基に「80%」と仮定している。ただ、NPBでのデータを仔細にみると選手によって成功率にはバラツキがあり、次図のとおり、バント企画回数10回以上の選手に絞ってみても成功率7割未満の選手がいる一方、最頻値は90~95%ゾーンとなっている。

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犠打成功率の分布(2016~20年NPB、犠打企画数が年10回以上の選手について集計)

当然のことながら、送りバントの成功率が高いほど、期待得点数・得点確率ともに高くなる。上記の試算方法に基づき送りバント成功率ごとの得点確率を計算すると次図のとおり、期待得点数についてはバント成功率にかかわらず強攻策をとった方が上回るが、得点確率についてはバント成功率が9割を超えてくると、送りバントを仕掛けた方が高くなる

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犠打成功率と期待得点数・得点確率

一塁ランナーの走力の高さ

次に、要素③――送りバント成功により二塁に進塁した走者が、その次の打者の単打により一気に生還できる確率の高さ――について考察しよう。

ネットを検索するとNPBのチーム毎の数値(2019年)を調べた結果が見つかった。これによると、NPB12球団の平均値は5~6割程度であるが、カープや西武では生還率が7割内外とのことである。

ここで生還率の違いによる得点確率の違いを試算してみたい。試算方法については、まず、MLBのWHIP1未満の投手のパフォーマンスを基に、出塁率.240との前提を置いた上で、さらに各打者の出塁可能性が均等であると大胆に仮定し、3アウトをとるまでに許す出塁者数の統計学上の分布を求める(いわゆる「負の二項分布」)。その上で、出塁数に応じ、WHIP1未満の投手の年間成績を基に単打、二塁打・・などの出現確率を割当てることにより、得点確率を算出してみた。

これによると、「送りバントを行った場合の得点確率-強攻策をとった場合の得点確率」の「収支」は、単打による二塁走者の生還率が高いほど改善し、生還率が6割を超えてくると送りバントにより得点確率を高められる(「収支」が黒字化)ことが確認できる。

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単打での二塁走者の生還率毎の「送りバント」による得点確率の「収支」

以上を総合すると、MLBにおいても出塁をあまり許してくれない好投手との対戦時であって、かつ打者のバント成功率が9割に上り、単打で二塁から一気に生還できる確率が6割を上回る場合には、送りバントを仕掛けることにより得点確率を高められる(ただし、期待得点数は低下)と考えられる

こうした分析をしていくと、カープの作戦行動は理にかなっていると思われる。こちらの記事によるとカープ打線は相手投手に応じてバントか強攻策かを選択する傾向が強いとされており、また、送りバントの企画数も菊池選手が圧倒的に多いなど、送りバントの上手な選手を選別して作戦を立てていることが推認される。

ただ、少し気になるのは2020年シーズンにおいて、田中選手や西川選手の送りバントの機会が多くみられたことである。特に西川選手は強打者だし、田中選手も出塁率が高いため、あまり送りバントが上策とは思えない。この点、田中選手については特にシーズン前半は手術明けだったし、西川選手も故障を抱えながらの出場だったので、ベンチがそうした事情に配慮した結果なのかもしれず、苦衷が窺える。2021年シーズンにおいては、両選手とも可能な限り万全な状態で開幕を迎え、積極的な猛打で得点に貢献してもらいたいと思う(なお、特に田中選手は俊足なので、セーフティ性のバントは引き続きアリだと思う)。

送りバントが有効な作戦となるための4要素のうち、残る「リーグ全体の長打割合」については次回としたい。この点を考察していくと、MLBでは送りバントは殆ど死滅状態に近くなっているのに対し、NPBではあまり減少していないことの理由もみえてくると考えている。