「ムエンゴ」先発投手たちのエレジー(前編)

ムエンゴとは

以前の「沢村賞」に関するシリーズ記事(前編後編)の中で、先発投手の勝利数は、投球内容の質だけでなく打線の援護に相当程度左右される点に触れた。今回から2回シリーズで、先発投手に対する打線の援護率について考察してみたい。

「なんJ」では、2008年のドミンゴ投手(当時、楽天)が先発に回ってからというもの、打線の援護を受けられない憂き目に遭い続けた様から、援護率の低い投手は「ムエンゴ」と称されている。「本家・ムエンゴ」のドミンゴ投手(2008年)の援護率は3.0(防御率3.87、2勝8敗。ただし規定投球回数には未達)とのことであり、確かに高い援護率とは言えない。

「援護率」といわれても、なかなか馴染みの薄い指標かもしれないが、意味するところは比較的シンプルで、先発投手の登板中に味方打線が挙げた9イニング当たりの得点数を指す。今回はまず、NPBおよびMLBの援護率の分布・傾向についてみてみたい。

先発投手の援護率はNPBの方が総じて低め

2010~20年の先発投手(規定投球回数に到達した投手)について援護率の分布を整理すると次図のとおりとなる。これをみると、援護率の最頻値(グラフの「山」)が、NPB:3.6~3.8、MLB:3.8~4.4となっているなど、NPBの方が援護率が総じて低めとなっていることがみてとれる。「なんJ民」のいう「本家・ムエンゴ」の援護率(=ドミンゴ投手(2008年)の「3.0」)を下回る投手は、MLBでは5%程度しかいないのに対し、NPBでは16%程度は存在していることになる。

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規定投球回に到達した先発投手の援護率分布(NPBMLB

もしかすると、上図を根拠とした「NPBの方がムエンゴに陥っている投手数が多い」という説明に対しては、次のような異論があるかもしれない。上図は、「規定投球回数に到達した投手」に対象を絞って分析しているが、ローテーションの「中4日」運用が一般的なMLBの方が、「中6日」運用が中心のNPBより規定投球回数に到達する投手数が多い(1チーム当たりの到達者数(2010~20年の平均)はMLB:2.54人、NPB:2.08人)ため、NPBMLBを単純比較することは少し難しいのではないか・・と。

ここで「規定投球回数」とは、最優秀防御率タイトルを獲得するための要件の一つで、基本的に「シーズン試合数×1.0」とみておけばよい。具体的には、近年のNPBについて143回(ただし2020年シーズンは120回)、MLBについて162回(同60回)である。規定投球回数の到達者数はNPBMLBとも減少傾向にあるが、一貫してMLBの方が多めとなっている。

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NPBMLB規定投球回に到達した投手数の推移

もっとも、こうした批判に応えるべく、MLBの対象者数をNPB規定投球回到達者数(1チームあたり2.08人→30球団合計で投球回数の多い63人)に揃え、改めて援護率を整理したのが次図である。これをみると、援護率の分布は、「規定投球回数到達者」でみても「投球回数上位63人」でみても、殆ど変わらないことが分かる。やはり「NPBの方が援護率が総じて低め」なのである。

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MLBの援護率分布を「投球回数上位63名」に絞り込んでみると・・

NPBの援護率が低めになっている最大の理由は、端的に試合当たり平均得点数の違い

NPBの方が援護率が低め」となっている最大の理由は、近年、MLBの方がやや打者優位であり、1試合当たりの得点数をみると、足許ではNPBが4点台前半なのに対し、MLBでは4点台後半となっていることにある。この点は、以前の記事中のグラフでも紹介したとおりなのだが、改めて示すと次図のとおりである。

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NPBMLBの1試合当たり得点数の比較

先発投手のマッチアップによる影響はないか

ただ、NPBにおけるムエンゴの発生確率の高さは、1試合当たり平均得点数の多寡だけで説明しきれるわけではない。この他に想定され得る仮説として、まず、先発投手のマッチアップによる影響が考えられる。すなわち、シーズンを通して防御率の低い相手投手とばかり対戦させられた投手は、自ずと援護率が低めになり易い。そのため、「防御率の低い相手投手とばかり対戦させられる投手」と、「防御率の高い相手投手とばかり対戦させられる投手」がはっきり分化した場合には、「援護率の高い投手」だけでなく「低い投手(ムエンゴ)」の出現率を高めることになる可能性が高い。

この点、先発投手のマッチアップの全体的傾向をみる限り、NPBMLBはかなり近似している。試合毎の両チームの先発投手の年間防御率の較差(例えばAチームの先発投手の年間防御率が3.50、Bチームの先発投手の防御率が2.50の場合、較差は1.00(=3.50-2.50)と算出)について分布をとってみると、NPBMLBの分布はほぼぴったり一致する。

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NPBMLBの各試合先発投手の防御率較差の分布

ただ、これだけだと全体的傾向を説明したに過ぎず、それぞれの投手のマッチアップの傾向――ある一人の投手が、毎度、相手チームに同水準の投手をぶつけられ、いつも「較差」が小さいのか、それとも、登板日によってまちまちで、「較差」の大きい日も小さい日もあるのか――まではつかめない。そうした傾向については、端的に先発投手の防御率の水準毎の援護率の分布(次図)をみる必要がある。

そして、次図をみると、特にNPBでは防御率の優れた投手ほど、ムエンゴとなる確率が高い(援護率が「3.0以下」ないし「2.5以下」の割合が高い)ことがみてとれる。一方、MLBについては、防御率の低い投手の方が援護率「2.5」以下の割合が高まっているものの、NPBほど顕著な傾向はみられない

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先発投手の防御率水準毎の援護率の分布(NPBMLBの比較)

それでは、なぜ、NPBでは、MLBと比べ、防御率の高い投手が「ムエンゴ」となる確率が高くなるのだろうか。この点、筆者は、NPBの試合日程とローテーションの規則性の高さにあるとみている。すなわち、NPBでは火曜~日曜に3連戦×2カードが組まれ、また、ダブルヘッダーを極力行わない運用が定着している。こうした下、先発投手を6人(中6日)で回すローテーションが一般化しており、かつ、カードの初戦(火曜・金曜)に好投手を充てるケースが多い。その結果として、好投手は毎週(火曜/金曜)のように相手チームの好投手とマッチアップすることになる確率が高いため、「ムエンゴ」の罠に陥り易くなっているということだ。

実際、2019年シーズンにおける各試合の先発投手の年間防御率を、曜日ごとに集計すると(次図では、NPBMLBそれぞれ火曜日の防御率をゼロとし、他の曜日の防御率と火曜日の防御率との較差を表示)、MLBでは曜日ごとの違いがあまりない一方、NPBでは火曜・金曜の先発投手の防御率が、他の曜日と比べ0.25程度低くなっている。すなわち、ローテーション運用の安定しているNPBでは、エース級の好投手が毎週のように相手好投手とマッチアップさせられる帰結として、▲0.25程度の援護率低下を余儀なくされている可能性があるということだ。

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先発投手防御率の曜日別分布(火曜をゼロとしたときの較差)

MLBでは分かりやすく得点力の高さと援護率が対応しているが・・

さて、今度はさらに異なる視点に立ち、所属するチームの得点力が高いと、その分、高い援護率を享受できるのか、について分析をしてみたい。定性的に考えると、平均的に得点力の高いチームは、誰が先発であれしっかり援護できる確率が高くなるはずであり、「当たり前過ぎるじゃないか」とお叱りを受けそうだが、少し辛抱してお読み頂きたい。

所属するチームの年間平均得点数別に先発投手(規定投球回到達)の援護率の分布を集計すると次図のとおりとなる。これをみると、MLBについては、得点力の高いチームに属する投手は、打線の援護を受け易い傾向が素直に表れているが、なんと、NPBについては必ずしも同様の傾向が見受けられないNPBにおいて、このように「当たり前」のはずの傾向がみてとれないということは、打線の得点力の効果よりも、上記でみたローテ運用の影響(防御率の高いエース同士が毎週火曜・金曜にマッチアップし易い)の方が大きく作用しているということなのだろう。

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所属チームの平均得点数別にみた先発投手援護率の分布(NPBMLB

以上を総合すると、NPBでは、①MLBと比べ、1試合当たり得点数がMLBより少ない分、全体として援護率が低い、②特に、防御率の低い好投手については、ローテーション運用が安定していることが原因となり、「ムエンゴ」に陥り易い、ということが言えそうだ。そして、このローテ安定による影響は、「平均得点数の多いチームは、誰が先発であれ高い確率でしっかり援護できるはずだ」という期待を凌駕するほど強力に作用している。

本日は、長々とNPBMLBにおける援護率の分布をみるとともに、「ムエンゴ」に陥りやすい条件について整理した。シリーズ後編となる次回では、「ムエンゴ」の投手はどの程度勝ち星を損しているのか、について考察してみたい。