河田コーチ復帰に際して、再び送りバントを考えてみる①

カープに河田コーチが帰ってきた。河田コーチは小技を絡めた攻撃力強化に定評があるだけに、作戦の幅が広がり、一層エキサイティングな野球がみられると思うと、2021年シーズンが楽しみでならない。マスコミでは早速、春季キャンプで全体練習後に個別にバント練習を課すなど「バント強化宣言!」との報道ぶりだ。

こうした方針については、セイバーメトリクス・マニアからみると「あれ」と思われるかもしれない。セイバーメトリクス最大の発見の一つが送りバントの有効性への疑義であるからだ。本日から3回シリーズで、改めて送りバントの作戦としての有効性について考察してみたい。

まず、「送りバントは一般的に非効率な作戦」という見方は正しい

まず、セイバーメトリクスの研究のとおり、送りバントが一般的に非効率な作戦であることは否定しない。「セイバーメトリクス入門」(蛭川晧平著・岡田友輔監修)を基に、セイバーメトリクス送りバント論を要約すると、①無死一塁と一死二塁では「無死一塁」の方が「攻撃回のうちに期待できる得点数(以下「期待得点数」という)」・「攻撃回のうちに得点が少なくとも1点以上入る確率(以下「得点確率」という)」とも高いため、送りバントは自ら得点可能性を引き下げにいく行為である、②打力が非常に低い打者であれば、送りバントの方がまだ得点可能性の引き下がり幅を小さくできるかもしれないが、そのように言える損益分岐点」は出塁率で1割5分(四死球などによる出塁を含まない「打率」ベースでみれば1割程度)であり、「野手で打率1割」など殆どいない、というものである。これらを踏まえ「セイバーメトリクス入門」では「送りバントは有効な戦術ではなく、原則的にはやらないほうがいい」と結論付けている。

そして、筆者自身、以前の記事において、理論的に効率性の低さが指摘されてもなおバントが選好され続ける背景として、(イ)味方チームの作戦敢行上のミス等(バント失敗など)を低く見積もる半面、、(ロ)相手チーム側のミス等(相手のエラーや四死球によるチャンス拡大)を計算の外側に置くことによる錯覚があるのではないか、と指摘したとおりだ。

そのため、高校野球などで散見されるように、ノーアウトで走者が出ると判で押したようにバントを企画するのは、大いに再考の余地があると考える。

ただ、送りバントは果たして「常に非効率な作戦」なのか?

しかしながら、一般的傾向として非効率な作戦であることが、いかなる状況においても常に非効率であることまでは意味しない。これは喩えて言えば「冬場にアイスクリームは売れない」というのと同じで、たとえ一般的にそうした傾向が認められるとしても、例えばそのシーズン特有の気象条件や販売店の場所、商品性や広告効果など、条件次第で「冬なのにアイスクリームがよく売れる」現象は十分生じ得る。

セイバーメトリクス入門」では、送りバントが有用たり得る「例外的ケース」として、意表を突いた送りバントの敢行による相手チームの守備体形への影響を指摘している。確かに相手チームの作戦行動や選手心理への作用は、統計学セイバーメトリクス)というよりゲーム論的な分析領域なのだろうが、戦術上、重要な要素であることは間違いない。ただ、筆者は、こうした観点だけでなく、統計的な見地からみても、送りバントが作戦として有効と言える状況がちょっとだけあるのではないか、と考えている。なぜなら、少なくとも「セイバーメトリクス入門」でバント非効率論の論拠とされている「期待得点数・得点確率」は、シーズン全体を通じた平均値によっており、試合毎のバラツキが考慮されていないからだ。実際には、様々な打者がいて、様々な投手と対戦する長丁場のリーグ戦の中で、各選手のパフォーマンスによって「期待得点数・得点確率」にはバラツキが生じるはずだ。

結論から言おう、送りバントが有効な作戦となるための4要件:①相手投手の出塁を多く許さないクオリティの高さ、②バント成功率の高さ、③単打で二塁から一気に生還できる走力の高さ、④リーグ全体としての長打力の低さ

では、どのような状況において送りバントは有効な作戦たり得るのだろうか。筆者は見出しに掲げた①~③の要素をすべて満たした場合ではないかと考えている。

あっけなく大まかな結論を言ってしまったが、いずれも至極当然のことであり、送りバントとは、相手投手を集中打で崩すのが難しく(①)、一発長打を恃みにし難い(④)ため、単打で生還させられる状況を作ろう(③)と考えた場合に企画される作戦なのだ。

以下、3本の記事を通じてこれら①~④の要素について、データを用いて分析していきたい。本日はまず①相手投手の許す出塁者数に着目したい。

ランナーを多く許さない好投手から、攻撃回のうちに3人以上を出塁させられる確率は、せいぜい2~3試合に一度程度

各投手の「出塁を許す確率」については、以前の記事でも紹介したとおり「WHIP(Walks plus Hits per Inning Pitched)」という、ズバリ1イニング当たり平均の出塁者数を示す指標がある。統計データの充実しているMLBについて、「WHIP1未満」の投手――つまり1イニング平均で許した走者数が1人未満の投手――を相手にしたとき、どの程度、集中打による得点を期待し難いか、分析してみよう。なお、過去5年間における「WHIP1未満」の投手は次表のとおりであり、錚々たる名前が揃っている。

f:id:carpdaisuki:20201212120737j:plain

WHIP1未満の投手(MLBNPB:2016~20年)

WHIPの優れた投手が許した出塁者数の平均値はWHIPのとおりなのだが、「イニング別の分布」をとってみてもやはり、MLB(上表に掲げる投手)についてデータを整理すると次図のとおり、3人以上の出塁を許す確率は7%に過ぎない。つまり、集中打を浴びせるなど出塁者数の多さで得点できる攻撃回は、せいぜい2~3試合に一度訪れるかどうか、ということになり、「この試合にどうにか勝とう」と思ったときに恃みにすることは難しい。

f:id:carpdaisuki:20201212122152j:plain

WHIP1未満の投手がイニング中に許した出塁数の分布(MLB・2016~20年)

好投手を相手とする場合に限っては、「無死一塁」より「一死二塁」

それでは、そのような好投手(WHIP1未満の投手)を相手にしたときの「無死一塁」「一死二塁」からの得点確率を集計すると、どのような結果が得られるだろうか。驚くことに上記「セイバーメトリクス入門」にいう一般的傾向(NPB全体のデータ)とは逆に、「一死二塁」の方が「無死一塁」の状況よりも「得点確率」・「期待得点数」とも高まるのである。WHIP上位の好投手との対戦においては、それ以外の試合と比べ、「少ない安打数で生還させられる状況」を作ることの効果がひときわ強く働くということだろう。この分析結果から言えることは、WHIP上位者を相手にした場合に限っては、もし「一死二塁」の状況を確実に作出できるのであれば、そのための作戦は得点可能性を高める上で有効ということである。

f:id:carpdaisuki:20201212124002j:plain

WHIP1未満の投手を相手にしたときの「期待得点数」「得点確率」

ただ、それでは、「WHIP1未満」の好投手との対戦時に限っては送りバントが有効と結論付けられるかと言われると、単純には言えない。その説明をやり始めると多少込み入った感じになってしまうため、次回とさせて頂く。