火消し屋と「防御率詐欺」の正体に迫る②

前回記事では、優れた投手ほどいわゆる「防御率詐欺」に陥りやすく、実際、救援投手の過半は「防御率詐欺」に該当することを説明した。また、救援投手の「引継走者生還率」は、ごく相対的な傾向として奪三振率が高く、WHIPが低いほど低くなり易いものの、これらの指標との強い相関は認められないこと、さらに「引継走者生還率」の年度間相関は認められず、要するに年毎に運不運が左右するものであることを述べた。

それでは、「火消し屋」を期待される投手たちの機能・役割とは、本質的にどのようなものだと考えるべきなのだろうか。

救援投手すなわち火消しのプロとは限らない

身も蓋もない話なのだが、統計的にみる限り、救援投手が押しなべて先発投手よりも「火消し」能力が優れているとは限らないBaseball-referenceでは無死ないし一死で三塁に走者を置いたときの生還率についての統計が公表されている。これによると、三塁走者の生還率は、先発投手か救援投手かの差が殆どない。若干、救援投手の方が生還回避率の高い投手と低い投手のバラツキが大きいものの、平均値の水準に大きな違いは認められない。つまり、平均的なパフォーマンスをみる限り、救援投手が押しなべて火消しのプロとは必ずしも言えないということだ。

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救援投手・先発専業投手の三塁走者の生還率(1989~2020年MLB

このようにみていくと、前回の記事でみたとおり、奪三振率やWHIPと引継走者生還率との強い相関が認められるわけでもなく、「火消し」向きといえるようなタイプを特定するのは困難である。さらに、上記のとおり、救援投手こそ火消しに長けているとも言い切れない。そうすると、さてはて、ピンチの局面で「火消し」のために継投するのは意味があるのか、という疑問に直面してしまう。

「火消し」の狙いの本質は高まった「燃焼度合い」の平均並みへの回帰

この疑問に対する解は、イニング別の出塁数が、投手の調子はコンディションの要素まで含め、一定ではないということだと考えている。

つまり、例えば「チーム打率2割7分」といったとき、コンスタントに27%の確率で1イニングあたり1ないし2本の安打が出ているわけではなく、実際には全くといっていいほど快音が聞かれないときがある半面、集中打を浴びせられるときもあるなど、むらっ気がある。統計論的(「負の二項分布」)にみても、コイントスのように「チーム打率2割7分」で安打が出るチームであっても、イニング別安打数の分布は、無安打のイニングがある半面、集中打の生じるイニングが生じ得る。

このことは実データからも裏付けられる。2020年MLBにおけるイニング中に許した安打数+四死球数の分布をとると、次図のとおりである。次図の青色実線がMLBにおける実データ、黄色破線が統計理論値であり、殆ど一致している。ただ、僅かながらに実データの方が、「無安打」のイニングの確率が高く、出塁数の多いイニングの割合が低めとなっているようにもみえる。このグラフの見方は案外難しい。一つの見方をすると、投手も人の子であり、確率論的に出塁を許し易いときも決して許さないときもあり、実データは自然に統計論どおりに収斂している、ということかもしれない。否、別の見方もできるかもしれない。もしかすると、もし継投なかりせば――一人の投手に頼り続けた場合には――、出塁者数の多いイニングでは、もっと多くの走者を許した可能性があり、実データの統計理論値との一致は、いわば人為(継投)の為せる業なのかもしれない

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2020年MLBにおけるイニング中の出塁者数分布

次に、2020年MLBにおけるイニング途中での継投についてデータをみてみよう。イニング途中での継投において、継投前の投手が許した出塁者数は、次図の青線折れ線グラフのとおり、2人程度というケースが多い。この状況は、投手が本来の投球結果を出せなくなり、スイッチせざるを得なくなったことを意味する。

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2020年MLBにおけるイニング途中での継投(継投前後の投手が許した出塁者数)

マウンドを引き継ぎ、そのイニングを締めた救援投手が許した走者数は、上図の赤色折れ線グラフのとおりなのだが、もう少し仔細にみてみよう。マウンドを譲り受けたときのアウトカウント別に、救援投手がそのイニング中に許した走者数の分布をとると次図のとおりとなる。

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イニング中に継投した投手が許した走者数分布(継投時のアウトカウント別)

このグラフだけだと、ちょっと分り難いかもしれない。次図のように、救援投手が許した走者数の登板数に占める割合を示すと次図のとおりとなり、要するに、実データ(実線折れ線グラフ)と統計理論値(破線折れ線グラフ)が殆ど一致している。つまり、継投前の投手が統計的にみてもかなり悪い状態に陥ったもとでスイッチし、そこから受け継いだ救援投手は、パフォーマンスが統計理論値並みに復していることが分かる。これこそ「火消し」の本質なのではないか。統計理論値並みの投球内容でも、引継走者を生還させない保証はない。打たれてしまうこともあるが、それでも「統計的にみてもかなり悪い状態」の切断を果たすことができれば、それが「火消し」なのである。

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イニング中に救援投手が許した走者数の登板数に占める比率(継投時のアウトカウント別)

プロ野球の救援投手に「新門辰五郎」のようないつも完璧な火消しを期待することは難しい(江戸もしょっちゅう大火になっていたので、幕府・町奉行所として常に防火に成功していたとは言い難いのだが)。けれど緊張感の高い場面できっちり抑え、試合の流れを引っ張ってきてくれることもある。ピンチで登板した救援投手に対しては、過度なプレッシャーを感じさせることなく、普段どおりの精いっぱいの投球を期待し、結果は後からついてくるもの、という程度に考えるのが、データに裏打ちされた冷静な応援の仕方ということかもしれない。