火消し屋と「防御率詐欺」の正体に迫る①

江戸時代において、火消し(消防士)は歌舞伎役者などと並び最もかっこよい男たちとされていた。投手の分業制が確立した現代野球においても、ピンチになってからの継投では、火消しが期待される。ピンチになってから「どうにかしてくれ」とマウンドに送られるのは酷な役回りだと思うが、同時に、前の投手から引き継いだ走者については、たとえ生還を許しても前の投手の自責点となり、「火消し屋」の防御率悪化には繋がらない。口さがないネットの世界では、前の投手が許した走者をよく生還させるのに、その印象の割に防御率が優れている投手のことを「防御率詐欺」と言う人がいる。

防御率詐欺」師の実態は何だろうか。また、野球の世界に火消しに強い「新門辰五郎」タイプの投手はいるのだろうか。本日から2回シリーズで、救援投手の「防御率詐欺」と「火消し」について考えてみたい。第1回の本日のテーマは「防御率詐欺」である。

走者ありの状態での継投

まず、前置きとして事実関係を整理する。1989~2020年のMLBで、走者ありの状態からの継投の回数は、継投全体の49.5%(継投回数41.3万回中、20.4万回)を占めている(もしかすると、救援投手を1イニング毎に区切る運用が主流化しているNPBより高いかもしれない)。

投手毎の走者ありの状態で継投したときの「引き継いだ平均走者数」の分布は、平均1.6人となっており、2度に1度以上は複数の走者を置いた状態でマウンドに送り込まれていることが分かる。

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前の投手から引き継いだ走者数の分布(1989~2020年MLB

また、引き継いだ走者のシーズン平均生還率の分布は、平均0.2~0.3人という投手が多い。平均1.6人の走者を引き継いでおきながら、生還者数が0.3人程度というのは継投によって結構踏ん張っている姿が窺われる。

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前の投手から引き継いだ走者の平均生還率(1989~2020年MLB

実はあまたに存在する「防御率詐欺」

さて、ここからが本題の「防御率詐欺」であるが、実は、統計処理の観点からいうと、「防御率詐欺」はあまたに存在する。防御率詐欺をあえて指標化すると「防御率-継投時に引き継いだ走者数の生還率(以下「引継走者生還率」という)×9」によって計算され、負値だと防御率の割に、引き継いだ走者を多く生還させている(=「防御率詐欺」の状態にある)ことを意味する。なんと、この値について、1989~2020年MLBにおける分布をみると、半数以上の救援投手が負値、つまり防御率詐欺の状態にあるではないか。

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防御率詐欺」度の分布(1989~2020年MLB

「引継走者生還率」については、1イニング当たりに許す平均走者数(WHIP)が低く、奪三振率が高い投手の方が、どちらかというと低めになり易い(=防御率詐欺に陥り難い)ことは確かだ。WHIP・奪三振率がMLB平均より「高い」投手・「低い」投手の別に「引継走者生還率」の分布をみると、WHIPの低い投手(①グラフの青色折れ線)や奪三振率の優れた投手(②グラフの赤色折れ線)の方が、分布の多い「山」が全体にやや左(数値の低い方)に寄っている。

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①WHIPが平均より「高い」投手と「低い」投手毎の引継走者生還率の分布

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②9回当たり奪三振率が平均より「高い」投手と「低い」投手毎の引継走者生還率の分布

ただ、これはあくまで相対的な傾向に過ぎず、WHIPや奪三振率と引継走者生還率との間に強い相関関係が認められるかというと、そうではない(WHIPと引継走者生還率との相関係数は0.187、9回当たり奪三振率と引継走者生還率との相関係数は▲0.124)。

また、「引継走者生還率」の年度間相関はおよそ認められない(年度間の相関係数は0.044)。つまり、「火消し屋」は投手の才能ではなく、その時々の調子や運不運に依存した、移ろいやすいものというべきだ。

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引継走者生還率の年度間相関(1989~2020年MLB

なぜこんなことになるのだろうか。

以前の記事でも紹介したとおり、投手は3アウトをとるまでに平均1.3人程度の走者を出すため(WHIP)、「走者あり」からの登板となると、平均1.3人の出塁を許しているうちに引き継いだ走者の生還を許す確率が高いからだと考えられる。

ここで、ひとつの簡単な試算として、全打者とも安打等(単打・二塁打三塁打本塁打四死球)の発生確率が2018~20年MLB全体平均並みと仮定したとき、「無死一二塁」の状況でマウンドに上がった投手が、順次打者との対戦を進めていくうちに連鎖的に遷移するアウトカウントや走者状況の発生確率や、期待失点数を計算してみた(マルコフ連鎖モデル)。

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WHIP別の引継走者生還率・自責点数の試算

この試算結果をみると、当然ながらWHIPの数値が高くなる(多くの走者を許す)ほど失点数が増加する(無死走者なしからの失点数試算のとおり)。無死一二塁の状態からの失点数について試算しても、このこと自体は変わらない(グラフの青色折れ線)。ただ、WHIPが高くなるにつれて失点数が増加する程度(逓増率)と比べ、引継走者生還率(茶色折れ線)は緩やかにしか上昇しない(逓増率が低い)。これを平たい表現で換言すると、投手の能力に関わらず、引き継いだ走者の生還を許す程度の出塁を許してしまう確率は高いが、優れた投手になるほど自責点が出るほどの出塁は許さない傾向がある、ということだ。その結果、WHIPが優れている投手こそ、自責点に属する失点率より引継走者生還率が上回り易くなる――つまり「防御率詐欺」となり易いことがみてとれる。

本日の結論は、「防御率詐欺」は実は救援投手の過半に上っているし、運不運に過ぎないことも多い。さらに、優れた投手ほど「防御率詐欺」に陥り易い。本当は優れた投手に対して「防御率詐欺」などというレッテルを貼ってはならないのである。

それでは、現代の新門辰五郎ともいうべき「火消し屋」の役割とは、本質的にどのようなものと理解すべきなのだろうか。この点については、次回、考察していくことにしたい。