「小松式ドネーション」への自問自答①

「小松式ドネーション(KD)」とは

「なんJ」などのサイトにおいて、投手のシーズンを通じた勝利への貢献度を示す指標として「小松式ドネーション(KD)が話題にされることがある。計算式は「KD=(投球回数×3)+(勝利+ホールド+セーブ)×10」というものであり、ネット上では、ファン目線の実感にあう評価結果が得られるとして高い評価が多くみられたようだ。
因みに「小松式ドネーション」の由来は、元オリックスバッファローズの小松聖投手が行っていた愛犬保護団体への寄付プロジェクトで、寄付額を、自身の一軍での成績に応じ「1アウトをとる=1,000円、勝利・ホールド・セーブを挙げる=10,000円、リーグ優勝・日本一・タイトル獲得=100,000円」としたことによるらしい。

KDは中継ぎ・抑え投手の評価のあり方論に一石を投じた

セイバーメトリクスによる投手の勝利への貢献度を示す評価指数(FIP、WARなど)では、一般に中継ぎ・抑え投手と比べ、投球イニング数の多い先発投手が上位を占めやすいといわれている。
これに対し、KDでは、最も高い評価となるのはやはりエース級の先発投手となるが、中継ぎ・抑え投手もその7~8割程度の評価を受け得る仕上がりになっており(※)、KDがネット上で支持を集めたのは、この中継ぎ・抑え投手に対する厚めの「評価バランス」がファン目線にフィットしたからではないかと思われる。

(※)例えば年間を通じて、150投球イニング・10勝した先発投手と、50投球イニング・25ホールド(ないしセーブ)をあげた中継ぎ・抑え投手とを比較すると、前者のKDは550(150回×3+10勝×10)、後者のKDは400(50回×3+25ホールド×10)となる。

ただ、この「評価バランス」は見様によっては相当大胆である。獲得したKDを「投球イニングあたり」に分解すると、例えば上記(※)の設例において先発投手は3.67(=550KD÷150回)なのに対し、中継ぎ・抑え投手は8(400KD÷50回)となる。これは、同様の1イニングの投球について、中継ぎ・抑え投手は、先発投手の2倍ないしそれ以上のKDを獲得し得ていることを意味する。
それでは、セイバーメトリクスの各指標に現れる中継ぎ・抑え投手の評価と、大胆に手厚く中継ぎ・抑え投手を評価するファン目線との乖離の理由は何だろうか。

KDを支持するファン目線に関する仮説

仮説①:勝ち試合への出場数の多さ

小生は心理学について完全なる無知であるが、中継ぎ・抑え投手はそもそも出場試合数が多く、なかんずく「勝ちパターン」の投手については勝ち試合での登板機会が多くなるため、ファンにとって勝利の記憶とともにチームへの貢献者として脳裏に刻まれ易い、という側面はあるかもしれない。
ただ、もしそれだけの理由だとしたら要するにファンの錯覚ということになってしまうが、本当にそうだろうか。

仮説②:1イニングの重みの違い

中継ぎ・抑え投手の役割の重要性を語る上で欠かせない要素が「序盤と終盤での1イニングの重みの違い」である。序盤の失点はその後のイニングで挽回できる余地が大きいが、終盤の失点は挽回がききにくく致命傷となりやすい。この点はセイバーメトリクスでもWPA(Win Probability Added)において勘案されており、様々な研究分析が行われている。
ここでは鳥越規央氏の分析をベースに考察してみたい。
氏の試算(論文の表3.1)を基に、味方が先攻で常に1点差リードで試合が推移したケースを想定すると、先発投手が6回表までマウンドに立ち、その間に打者が1点リードを奪った場合の6回表終了時点の勝利確率は試合開始時点(50%)より25.71%高い75.71%となる。そのため、この場合の先発投手の勝利に対する貢献度(勝利確率を高めた度合い)は、15.71%(25.71%-1点リードを奪った打者の貢献度を10%と仮定(セイバーメトリクスの「10点で1勝」とのセオリーに基づく))と試算することができる。
同様に7回終了時に1点リードを維持している場合の勝利確率は80.75%なので、7回を1イニング投げ切った中継ぎ投手の勝利への貢献度は5.04%(=80.75%-75.71%)となる。また、8回を投げて1点リードを守った中継ぎ投手の貢献度は5.91%、9回を投げたクローザーについては13.34%となる。
さすがに、中継ぎ・抑え投手の登板機会が常に1点差ということはないだろうと考えられるので、1~3点差のケースそれぞれについて上記のような計算を行い、その単純平均をとると1イニングあたりの投手の勝利への貢献度は、次表のとおり、「6回まで:2.2%、7回:4.2%、8回:5.3%、9回:7.1%」となる。

なんと、中継ぎ・抑え投手の1イニングあたりの勝利への貢献度は、KDと同様、先発投手(6回まで)の2倍以上の評価になっているではないか。
このようにみていくと、「同様の1イニングの投球について、中継ぎ・抑え投手は、先発投手の2倍ないしそれ以上のKDを獲得し得ている」ことは、終盤の1~3点差の緊迫した場面で投球している限りにおいて、あながち中継ぎ・抑え投手への過大な評価とは言えないことになる。

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1イニングあたりの投手の勝利への貢献度

しかしながら、中継ぎ・抑え投手の貢献度は、このモデルのとおりといえるのだろうか?自問自答は続く・・・(次回記事へ乞うご期待)。