「小松式ドネーション」への自問自答②

前回の記事で投手の勝利への貢献度を示す指標である「小松式ドネーション(KD)」について自問自答を始めたが、この自問自答はまだ終わっていない。
前回までの結論は、KDにおいては「同様の1イニングの投球について、中継ぎ・抑え投手は、先発投手の2倍ないしそれ以上の貢献度が評価され得る」仕組みになっているが、これはセイバーメトリクス指標(WPA)に照らしてみても、実はあまり違和感がない、というものだった。ただ、もしそれだけで終わる話だとすると、あたかも中継ぎ・抑え投手の方が「おいしい」ポジションであるようにもみえてしまうが、そんなことはあるまい

中継ぎ・抑え投手は逆転を許した場合の「負の貢献」リスクが大き

前回記事の分析で大きく抜け落ちている視点は、リードを維持できなかった場合の「負の貢献」リスクである。
むろん、先発投手についても序盤から失点を重ね試合を作れず「負の貢献」をしてしまうケースはある。例えば、前回記事で参照した鳥越規央氏の分析をもとに、6回まで5点リードを許したまま降板したケースをみると、試合開始時には50%あった勝利確率は、もはや4.5%(後攻の場合)ないし2.3%(先攻の場合)しか残されていないため、「▲45.5%(=4.5%-50%)」ないし「▲47.7%(=2.3%-50%)」の「負の貢献」をしてしまった計算になる。5点差をひっくり返すのはやはり容易でなく、相当の「負の貢献度」となってしまう。
しかしながら、1点リードの9回に登板したクローザーが2失点して逆転を許してしまったケースを想定すると、「負の貢献度」はさらに大きい。8回終了時には86.7%(後攻の場合)ないし86.3%(先攻の場合)あった勝利確率が16.3%ないしゼロ(サヨナラ負け)にまで低下するわけで、負の貢献度はなんと「▲70.1%(=16.3%-86.7%)」ないし「▲86.3%(=0%-86.3%)」に上る。
このように9回裏の失点が即サヨナラ負けにつながるのは最たる例であるが、もう少し平均的に、前のイニング終了時点でリードしていたのに失点を喫した場合にどの程度勝利確率が低下するか、試算してみた。
この「失点を喫した場合」に何点失ったかについては、2017年パリーグの実績データ(失点を喫したイニングにおける失点数の確率分布)を用いて「1失点:55.5%、2失点25.2%、3失点:11.0%、4失点:4.8%、5失点以上:3.4%」と仮定した。この失点数の確率分布を踏まえつつ、鳥越規央氏の分析でいう前イニング終了時点と当イニング終了時点の勝利確率の差を集計してみたのが次表である。次表は、前のイニング終了時の得点リード(3~1点)ごとに、次のイニングで失点を喫した場合の勝利確率の低下幅(負の貢献度)を示している。これをみると「負の貢献度」についても試合終盤の失点は、序盤に比べ2~3倍になってしまうことが窺える。

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前のイニング終了時点の点差ごとの、次のイニング中に失点した場合における勝利確率の低下幅

以上を総合すると、投球1イニングあたりの貢献度について、決して中継ぎ投手が「おいしい」わけではなく、先発投手とのバランスは、中継ぎ・抑え投手の方が正・負の両方向にわたって大きいことによって均衡を保っているようにみえる。終盤の1イニングは抑えられたにせよ、抑えられなかったにせよ、序盤の1イニングより重みがあるということだ。こうした中、KDにおいて、中継ぎ・抑え投手の「負の貢献度」を算入しないこととしつつ、「正の貢献度」を高めのままに評価するのは、やや先発投手との均衡を失している可能性があるように思える。

「実際の活躍・貢献度」か「貢献を果たすための能力度」か

KDは「実際の活躍・貢献度」を示す指数として一定程度有効

思うにKDがファンからの支持を集めた理由の一つとして、「勝利・ホールド・セーブ」といった要素のみから構成されるポジティブ感があるのだろう。ただ、指標としてのあるべき論をピュアに考えると「正・負の貢献度」の両面をバランスよく反映すべきである。

この点、恐らくKDの仕上がりとしての妥当性・納得感は、各選手の「正・負」の貢献度のバランスが、監督の起用法(出場機会や出場場面)によって程よく調整されていることで確保されているのではないかと思う。確かに、よく抑えてくれる投手については自ずと競った場面での登板機会が多くなるだろうし、逆にいつも痛打されているような投手は、出場機会が減少するか、またはセーブやホールドの付与されない場面での出場が多くなるに違いない。このように出場機会や出場場面という選手の既存の評価・名声が既に織り込まれたうえでの数字なので、球団のフロントなどが、ゼロベースで選手の能力評価を行うための指標としてKDは活用し難い。しかしながら、振り返ってみてどの選手がどれだけ貢献したかを測る目線としては一定の有効性がありそうだ。多くのファン目線は、実際に活躍した選手たちへの賛辞の数値化であり、だからこそKDがフィットしたのではないか。

セイバーメトリクスは「貢献を果たすための能力度」の指数

一方、セイバーメトリクスは元々、球団のフロントが選手の年俸査定や獲得工作(トレードやFA)を行うための分析ツールとして発達したものであり、多くの場合、画一的・均質的に選手の能力を比較評価する目的に特化している。そのため、選手の個性・特性が捨象されているし、別の記事でも説明したとおり、「勝敗」の記録と異なり、セイバーメトリクス指標には、同水準の投手同士がマッチアップした結果として勝利をもたらした記録は表れてこない。

こうした「実際の活躍・貢献度」と「貢献を果たすための能力度」のギャップが最も現れやすいのが中継ぎ投手ではないかと思う。

能力の水準が同じでも、適性次第でより多くの活躍の機会を得る可能性はある

確かに、押しなべてみれば、能力の高い投手により長いイニングを投げさせるのが合理的なので、「活躍度・貢献度」と「能力度」は一致する場合が多い。しかしながら、特に中継ぎ投手については、かなりタフな仕事が求められることもあり、たとえ同じ能力度であっても、より高い活躍度・貢献度を果たせる余地が少なくない。

例えば、先発投手は中継ぎ・抑え投手と比べ防御率で1.25、FIPで0.78高めに出る傾向があるとの分析があり、単純にこれに準拠する限り、先発で3.65程度の防御率の投手と、中継ぎで防御率2.50で大車輪の活躍をしている投手を比べると、能力水準は同程度かもしれないが、活躍度という点では後者が勝っている可能性は十分に考えられるわけだ。

要するに、KDもセイバーメトリクスの指標も、すべてのニーズを満たせる万能の道具ではない

KDについて思う、現時点の自問自答の終着点は、誰ものニーズを同時に満たす完璧な指標など存在しないということだ。セイバーメトリクスは野球に多くのものをもたらしてきたが、かといって野球を分析する万能の道具ではない。そして、いかに計算方法を精緻化していっても、この不完全性は解決されない。ごく簡単な計算式でファンの支持を得たKDをみて、このシンプルな事実に改めて気づかされた。