「ランナーをあまり出さない投手は良い投手」は「当たり前だ」と言えるのか考察してみた件②

前回の記事では、セイバーメトリクスの専門家の間でも投手の能力指標としてのWHIPの有効性が論点となっているが、少なくとも失点との関係を説明する指標として有用性は失われていないと述べた。
そのうえで、今回は、WHIPが1シーズン限りの成績・能力の良し悪しではなく、投手のキャリア全体を通した評価や起用法に示唆を与えるような有用性を有しているか、という点について述べることにしたい。

「あるシーズンのWHIPが良好だった投手が翌年も良好とは限らない」が「WHIPが良好な投手は、得てして多くのシーズンで良好な成績を残すような選手である場合が多い」

まず、はっきりいうと、WHIP懐疑論者のご指摘のとおり、WHIPの年度間相関は高くない。つまり、あるシーズンのWHIPが良好だった選手が、翌年以降も良好な成績を残せるとは限らない。ただ、投手のパフォーマンス指標の年度間相関は、奪三振率(およびせいぜい与四球率)を除き総じて低いことが知られている。「打線は水物」というが、実は投手こそ水物なのではないかと思えるほどだ。

ただ、年度間相関の低さは、1~2シーズンだけ好成績という投手が多いためであり、ごく一部ながら何年にもわたって優れた成績を残す投手がいることも事実である。2リーグ制導入(1950年~2019年)、「優れている」とされる1.1以下のWHIP成績を残した投手数の推移について、その投手が「キャリア通算で何度WHIP1.1以下の成績を残した選手なのか」別に集計すると、次図のとおりとなる。これをみると、「WHIP1.1以下」の好成績を残した投手は、キャリアを通じた達成回数がそのシーズンの1回だけ、という確率は実はあまり高くなく(1950年~2019年の平均で22.7%)、要するにWHIPが良好な投手は、他のシーズンでも好成績となるような名選手である場合が多いとは言えそうだ。

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WHIP好成績を「キャリアで何回達成したか」別の分布

防御率に比してWHIPが低めな投手の方が、長年にわたって活躍する確率が高い

また、WHIPが「1.1以下」といったごく上澄みの大投手に限らず、防御率に比してWHIPが低めの投手の方が、長年にわたって活躍できているケースが多い。これを検証するために、一軍で20イニング以上登板したシーズンを対象に、各投手・各シーズンの成績が、前回記事で紹介した防御率とWHIPの相関を示す散布図の近似曲線より下側(防御率に比してWHIPが低め)上側(防御率に比してWHIPが高め)のそれぞれいずれに分布しているか仕分けしてみた。

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防御率に比してWHIPが低め/高めの投手(前回記事のグラフの再掲)

その仕分け結果が次図である。次図は、1950年~2019年において、各投手がキャリアを通じ、一軍で20イニング以上登板したシーズン数(X軸)ごとに、「防御率に比してWHIPが低めのシーズン数」と「高めのシーズン数」を集計したものである(Y軸)。これをみると、20イニング以上登板したシーズン数の多い投手ほど、「防御率に比してWHIPが低め」の割合が高くなることがみてとれる。

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防御率に比してWHIPが良い投手・悪い投手の分布(年間20登板の達成回数別)

一般に、防御率に比してWHIPが低めの投手は、相対的に四死球や連打で畳み込まれるリスクが低い半面、長打で失点するリスクが高いという推定が働く。長打は少ない安打数で効率的に得点をとられてしまう怖さがあるが、長い目でみると、連打や四死球での攻勢を浴びにくい形質の方がキャリアの持続・発展に役立ちやすい、ということなのだろう。

以上をみていくと、投手のキャリア全体を通したパフォーマンスを高める上でもWHIPは意識すべき指標であり、「あるシーズンに優秀なWHIPを残したからといって翌年以降も続けられる保証はないが、大投手は何度も優秀なWHIPを残すものである」という意味で、WHIPは時代を代表する大投手の証だと考える。

WHIPはどの水準まで極めることができるのか

最後に、WHIPはどの水準まで極める(低い数値を出す)ことができるものなのだろうか。

規定投球回数への到達を問わなければ、短いイニング限定のクローザーは良好な数値の選手が多いといわれており、実際、2000年以降のNPB各チームのクローザー(セーブ数の最も多い投手)のWHIPの分布をみると、少なくとも投球イニング数が同程度の投手平均と比べると、総じて明らかに優れた成績となっている。

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2000年以降のNPB各球団クローザーのWHIP分布

一方、規定投球回数に到達した投手に限ってみると、NPB(2リーグ制)70年の歴史の中で、0.9を下回る成績を達成できた回数は22回にとどまる。2リーグ制導入以降の歴代記録は村山実投手(1959年・阪神)の0.748であり、0.7台の記録は70年の歴史の中でたった3回しかでていない。

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NPBにおけるWHIPが最も優れた投手の記録推移

MLBについても概ね同様であり、歴代記録はPedro Martinez投手(2000年・Boston Redsox)の0.737であり、0.7台は20世紀以降、2度しか記録されていない(Martinez投手のほか、Walter Johnson投手(1913年・Washington Senetors)の0.7802)。この水準の記録を達成するのは、空前絶後の歴史的偉業であり至難の業なのである。

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MLBにおけるWHIPが最高の投手の記録推移

いや、ちょっと待って欲しい。今シーズン、もしかすると3度目を目撃できるかもしれないのだ。

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2020MLBにおけるWHIP成績ランキング!(出所:Baseball Reference

頑張れ、マエケン