「ランナーをあまり出さない投手は良い投手」は「当たり前だ」と言えるのか考察してみた件①

まず当たり前のように思える話から。

ごく素朴に考えると「ランナーをあまり出さない投手」は優れた投手であるに決まっている。そうしたシンプルな見方から、MLBなどでは、1イニングあたりのランナー数」すなわち「(与四死球-被安打)÷投球回」によってシンプルに計算できる指標「WHIP(Walks plus Hits per Inning Pitched)」を公式記録としている

このWHIPについて、NPBにおける2リーグ制導入以降(1950年~2019年)の分布をみると、次図のとおりである。セイバーメトリクスの教科書によると、「1以下だと素晴らしい、1.1以下だと非常に良い、1.25以下だと平均以上、1.32が平均、1.40だと平均以下、1.50は悪い、1.60は非常に悪い」などとされている。確かに概ね規定投球回数を満たす(年間投球イニング数が140以上)の投手に限ってみると(赤色の棒グラフ)1.25~1.32が最頻値となっている。投手は1イニングあたり、平均1.3人前後のランナーを出すものなのである。

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NPBにおけるWHIPの分布(1950年~2019年)

「ランナーをあまり出さない投手は良い投手」への専門家からの疑問

このように計算方法がシンプルで便利なWHIPなのだが、実は、一部のセイバーメトリクスの専門家から、その指標性に疑義が呈されている。その疑義というのは、①インプレーの打球がアウトになるかヒットになるか(セイバーメトリクスでいうBABIP(Batting Average on Balls In Play))は、投手の能力だけでコントロールできないため、「ランナー数」は投手の能力指標として不適当ではないか(セイバーメトリクスの指標に引き付けた言い方をすると、WHIPはBABIPに対する依存度が高い)、②本塁打などの長打も、単打や四死球なども区別なく「1人のランナー」としてカウントするため、失点防御力を正確に反映できていないのではないか、というものである(FanGraphの記事「Don't Get WHIPped」)。また、③恐らく①の論理的帰結ということなのだろうが、WHIPの指標の年度間相関が弱く、つまりあるシーズンにWHIPが好成績であっても、翌シーズン以降良好な成績を残せるかどうか分からないので、投手のキャリア全体を通した能力を評価するための指標としては使えない、という趣旨の指摘もあるようだ。
これらの疑義に対する筆者なりの考え方を述べていきたい。

WHIPとBABIPの相関が高いのは事実

まず、これまでに出てきた指標の相関関係をみるところから始めることにしよう。WHIPとBABIPとの相関係数は0.714であり、確かにかなり高い。WHIPもBABIPも本塁打を含む長打の得点への高い寄与度が算入されていない点で共通しており、比較的似た指標と言えるのかもしれない。BABIPが純粋に運の良し悪しを示す指標なのかどうかは、多少の留保を要するが、ひとまず運の良し悪しが大きく表れる指標だとすると、批判論者のいうとおり、WHIPは相応に「運」に左右される面があるのかもしれない。

純粋なセイバーメトリクスの観点からいうなら、BABIPに表れるインプレー打球が安打になる確率は多分に運であり、「WHIPが良い投手は優れた投手」というのは、実際のところ、インプレー打球にならない部分――奪三振率の高さや与四死球率の低さによる面が大きい。そして、こうした純然たる投手の能力については、FIP(Fielding Independent Pitching)などの別指標で説明できているので、端的にそうした混じりっ気の指標を参照すべきではないか、と言いたくなるのだろう、だと思われる。

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BABIPとWHIPとの相関関係

しかしながら、BABIPも奪三振率も与四死球率も全てを説明し得ていない

しかしながら、投手の能力というより、何が失点に繋がるのか、失点の回避に繋がるような投球をしている投手は誰なのか、という観点から指標の有用性を考えた場合、上記とは少し違った見方ができる。少なくともBABIPについては、元来インプレー打球が安打になる確率を求めた指標なのであって、奪三振率や与四死球率を織り込めていないため、出塁を許し、そして失点を喫する確率を説明する指標たり得ない。BABIPは、WHIPとの相関こそある程度高いが、防御率の相関関係については、相関係数は0.556に過ぎない。

さりとて、奪三振率や与四死球率も、それ単独では失点との関係を説明するには不十分だ。実際、奪三振率と防御率との相関係数は-0.156、与四死球率と防御率との相関係数は0.398に過ぎない。やはり奪三振率や与四死球数だけでは捉えられた打球が考慮の外側になってしまい、失点の説明力を落としてしまっているようだ。

むろん、技巧を凝らし、BABIPに奪三振率や与四死球率といった要素を加味していけば、少なくともランナーを許す確率(WHIP)に近い目線を持つことが可能になり得る。試しに1950年~2019年の全シーズン・全投手をBB/K(=奪三振数÷与四死球数)の水準別に仕分けし、それぞれの仕分け区分毎にWHIPとBABIPとの相関を求めてみたところ、0.9前後という極めて高い相関係数が得られた。

ただ、少なくとも比較的シンプルに、誰でも入手・算出できる計数――奪三振率や与四死球率など――だけで失点との関係を綺麗に説明できる指標というのは、なかなかないのである

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BB/K比率別のWHIPとBABIPとの相関関係

防御率との相関が高いのがWHIPなのは厳然たる事実

これに対し、WHIPには失点に対する強い説明力があり、それが故に指標としての有用性は失われていないと考える。その証拠として、WHIPと防御率との相関係数は0.808であり、強い相関が認められる。投手の能力というより、何が失点に繋がるのか、失点の回避に繋がるような投球をしている投手は誰なのか、をみていく上で、やはりWHIPは有効なのではないかと考える

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防御率とWHIPとの相関関係

ここまでの説明ですっかり長文になってしまったので、残りは次回にするが、本題はここからである。本日説明したのは、確かにWHIPは、セイバーメトリクスの一部専門家が指摘するように運の要素の介在した指標であることは否定できないが、少なくとも「失点」に対する説明力の高さは認めるべきである、ということである。

ただ、もしWHIPが運の要素の多い指標とみるなら、「不運による失点」を説明できたところで、数年単位でのチーム編成や選手評価に使うことはできないということになるだろう。果たしてそうなのだろうか。否、筆者は、「ランナーをあまり出さない投手は良い投手」という当たり前っぽい命題を、やはり当たり前のように信じている。