「投手王国」をセイバーメトリクス指標で振り返ってみた件

本日は、カープが「投手王国」といわれていた時代について、セイバーメトリクス指標であるFIP(Fielding Independent Pitching)を使って振り返ってみることにしたい。

そもそもFIPとは

そもそもFIPとは、野手の守備力の良し悪しや、インプレー打球が凡打に抑えられるか安打になるかといった運不運の要素を取り除いた「純粋な」投手のパフォーマンスを示す指標である。

NPBの全投手のFIPの分布を調べてみて、そこから飛びぬけて優れた数値のチームがあれば、それこそが「投手王国」と言える。カープがそんな「投手王国」だった時代を改めて探ってみることにしよう。

各投手のFIPは平均値を中心として綺麗に分布

NPBにおける2010~2019年シーズンの各投手のFIPの分布を、先発・救援の別に整理すると次図のとおりとなる。厳格な意味で正規性を検定したわけではない(良いツール・ソフトを持ち合わせておらず・・)が、平均値を中心に左右両側に綺麗に裾が広がっており、見栄えとしては正規分布のようにみえる。

つまり、プロ野球という最高レベルのリーグにあって、投手の能力分布はその中央値・平均値周辺に集中していることがみてとれる。

(注)グラフでは、年間投球回数が30イニング以上の投手に限って集計している。また、ここでいう先発投手の定義は、年間登板回数のうち8割以上が先発登板であるか、または年15回以上の先発登板のあった投手をいい、救援投手はそれ以外の投手をいう。

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FIPの分布(NPB・2010~2019年シーズン)

なお、このブログでも以前に紹介したとおり、先発投手と比べ、救援投手の方がFIPの水準は総じて低めとなっており、また、ややバラツキ(分散)が大きめとなっている。ただ、このうちバラツキの大きさについては、救援投手には、いわゆる勝ちパターンだけでなく、ビハインドの場面でのリリーフが含まれていることが影響していると考えられる。

因みに、「救援投手の方が先発よりFIPが低く抑えられている」のは、短いイニングに限定して剛速球ありキレのいい変化球ありの投球が期待できるからなのであるが、このことは比較的最近の現象に過ぎない。先発・救援投手のFIPは、80~90年代には概ね同水準、70年代以前には現在とは逆で、救援投手のFIPが先発投手より悪い(高い)数字となっている(グラフは、先発投手のFIP-救援投手のFIPを表示しているため、数値が大きいほど、救援投手のFIPが相対的に優れていることを意味する)。こうした変化は、投手の分業制確立の一つの表れのように思われる。

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先発・救援投手のFIPの差(先発投手FIP-救援投手FIP)の推移

今後、FIPにおける救援投手の先発投手に対する優位がさらに高まっていった場合には、投手全体としてのFIPの分布は、コブが2つ(救援投手についてのコブと先発投手についてのコブ)に分化していくことになろうが、足許においては次図のとおり、見栄え上、正規分布性を維持できるようにみえる。

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FIP分布(NPBの2010~2019年シーズン・全投手合計)と正規分布グラフ

やはり80年代のカープは投手王国

少し脱線してしまったが、本題に戻ろう。各投手のFIPの分布が正規分布をとるとの前提に基づくと、各チームのFIPの分布は、NPB全体のFIPの分布の部分集合でもあるので、基本的に「各チームのFIP分布は、NPB全体のFIP分布(母集団)と変わらない」はずである。しかしながら、チームとしての投手力が非常に高い(ないし低い)場合には、チームのFIP分布がNPB全体と異なる分布をとる可能性がある。

そこで、各シーズンのNPB全体のFIP分布を母集団(母平均、母標準偏差)として、正規分布を標準化のうえ、カープFIP分布に関するz検定を行ってみた。ここでいう帰無仮説は「各シーズンとも、カープFIP平均値は、NPB全体のFIP平均値と変わらない」というものであり、有意水準1%とすると、算出されたz値の絶対値が2.33以上となる場合には、この帰無仮説が棄却されることになる。

下図をみると、投手陣全体についてz値が-2.33以下となった――つまりこの帰無仮説を棄却するほどにカープFIPが低く抑えられた――シーズンは、球団創設以来、1979年、80年、84年、86年、87年、89年の6回である。79年、80年、84年という日本一になった3シーズンは、いずれも投手力が高かったことが分かる。

特に79年、80年シーズンは救援投手のFIP値がNPB全体と比べ顕著に低くなっている。さすが、江夏豊さん、大野豊さんといった救援投手陣の豪華さは、他チームの追随を許さないものだったことが窺える。

それ以降の暗黒時代は、カープ投手陣のFIPは高めで推移した。90年代後半から2000年代にかけてのカープ投手陣のFIPの水準は、初優勝を決める75年に至るまでの時代と比べても悪かった。グラフ上はあからさまに示さなかったが、カープ投手陣にかかるz値が+2.33以上となる場合には、「帰無仮説が棄却」されるほどに、カープ投手陣のFIPNPB全体平均と比べ良くなかったことを意味する。

その後、カープ投手陣のFIP水準は徐々に良化していくが、2016年~18年の3連覇中も「帰無仮説は棄却されず」であり、どちらかというと打力の高さで勝ち抜いたという評価なのかもしれない。ただ、先発投手に限ってみると、前田健太投手やルイス投手がフル稼働した2009年、野村祐輔投手が加入した2012年、それから黒田博樹さんがメジャーから戻り、クリス・ジョンソン投手が加入した2015年について、「帰無仮説が棄却」されるほどに、カープ先発陣のFIPは低く抑えられた。

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カープ投手陣FIPNPB全体のFIPと変わらない」といえるか(z検定)

佐々岡監督も、その前の監督だった緒方孝市さんも「投手を中心とした守り勝つ野球」を標榜している。投手陣の一層の整備と日々の奮闘を改めて期待したい。