延長戦を巡るミステリー(延長戦は先攻・後攻のどちらが有利か)③

前回の記事では、「延長戦においては先攻・後攻の有利不利はイーブン」との筆者の仮説を前提としつつ、MLBにおいて「延長入り後まもなくは後攻がやや有利で、延長回が長くなるとイーブンになっていく」のは、後攻チームの方が救援投手や代打・代走などの「切り札」を早いタイミングで繰り出すためではないか、との説を展開した。それでは、NPBにおいて、延長戦に入ると「よりホーム有利になる」理由については、どのように考えるべきだろうか。

「延長12回で引き分け」という制度は、特に12回の攻防につき後攻有利

単刀直入に、NPBにおいて延長戦でホーム有利が強まっている最大の要因は、「延長12回までで決着つかずの場合には引き分けとする」というルールだとみている。

一つには、前回の記事で説明したとおり、延長回数に限度のないMLBでは、延長のイニングが進むにつれホームの利が薄れている様を見るにつけ、ホームの利が薄くなりきる前に試合を打ち切ってくれるのは、後攻(ホームチーム)にとって有難い話なのだろう。

そして何より、後攻チームは「12回裏」の攻撃では、ベンチに残っているありったけの選手を代打・代走に動員できる強みがある。特に12回表を無失点で切り抜けられた場合、「この試合の負けはなくなった。あとは攻めるだけ」という心理的安心感も相まって相当有利になるだろう。これに対し先攻チームは12回表の攻撃での代打・代走の起用にあたり、裏の回での守備体制を考慮する必要があるため、後攻チームに比べ作戦上の制約を受ける。実際、NPBで延長12回で勝敗の決した試合をみるとホームチームの勝率は65%と、10回(57%)、11回(56%)と比べ格段に高い数字になっている。

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NPB:延長戦で決着がついたイニング別の先攻後攻の勝利数

ただ、延長回数を短くするほど後攻有利になるわけではない

ただ、面白いのは、「12回まで」という延長回数の制限を短くするほど後攻有利が強まるかといわれると、そうではない。ベンチ入りしている救援投手や代打・代走要員が充実化している現代野球においては、延長回数が短いと双方が少ない延長回のうちに「切り札」をぶつけ合うことになるため、勝負がつきにくくなる面があると考える。

実際、コロナ禍の影響で「延長10回で引き分け」とした2020年シーズンは、9月26日まで延長戦が行われた試合40試合中、後攻の6勝8敗26分となっており、過年度と比べ、後攻有利が強まった形跡はなく、端的に引き分けとなった試合数の比率が大幅に高まっている。また、上記の「延長戦で決着がついたイニング別の先攻後攻の勝利数」において、NPBでは前回の記事で述べたMLBの傾向と比べ、延長11回における後攻有利の凹み度合いが限定的となっている理由についても、延長が「限定3イニングまで」であることが影響している、との説明が可能かもしれない。

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延長戦で引き分けになった試合数の推移(NPB

以上、これまで述べてきた筆者の推論を要約すると、次のとおりとなる。

・いずれかのイニングで多くの得点を稼げばよい9回までの戦いと異なり、延長戦は1イニング単位での勝負となるため、9回までの戦いのようなホームアドバンテージは働かず、先攻後攻とも概ねイーブンとなるはずだ。

・この推論は、MLBにおいて「延長戦になるとホーム有利が薄れる」事実と整合的である。やや細かくみると、MLBでは延長入りまもなくはやや後攻有利で、延長回が長引くにつれイーブンになっている。このことは、後攻の方が継投策や代打・代走などの切り札を早めに振り出す傾向が強いからである。

・一方、NPBにおいて「延長戦になるとホーム有利が強まる」のは、「延長12回までで引き分け」という制度要因で説明がつく。すなわち、後攻チームは、延長12回裏の攻撃で次の回の守備等を気にせず代打・代走を繰り出せるという作戦上の有利が大きく作用している。また、上述のとおり、延長回が長くならないうちの方が後攻有利なのだが、延長回数の制限を短くし過ぎると、先攻・後攻とも短いイニングのうちに双方が「切り札」を使うことにより決着がつきにくくなる(引き分けが増加する)効果が生じる。

以上が、筆者の思い描く推論である。果たしてどの程度、後攻の方が早く「切り札」を行使しているといえるのか、定量的な分析ができていないなど、まだ確固たる結論をいうことはできない。ただ、NPBでは延長戦に入ると「よりホーム有利となる」のに対し、MLBでは「ホーム有利が薄れる」ことを整合的に説明できているのではないかとも思っている。

一連の「延長戦を巡るミステリー」シリーズはこれにて完結なのだが、このご時世、延長戦について語りだすと、どうしてもタイブレーク制の話題を避けて通れない。正直、タイブレーク制に関しては、現時点で十分なデータが揃っているとは言い難いのだが、現時点の暫定的な考え方を次回の記事で整理することにしたい。これは、いわば「延長戦の話の延長戦」である。