延長戦を巡るミステリー(延長戦は先攻・後攻のどちらが有利か)②

前回の記事では、「延長戦においては、先攻・後攻のどちらが有利か」という命題に対し、まず、実際のデータをみると、NPBでは延長戦に入ると「よりホーム有利となる」のに対し、MLBでは「ホーム有利が薄れている」ことを紹介した。そして、理屈上、延長戦では先攻・後攻の有利不利は殆どなくイーブンなるはず、との仮説を述べた。

それでは、この仮説に基づき、NPBでは延長戦に入ると「よりホーム有利となる」のに対し、MLBでは「ホーム有利が薄れている」ことを整合的に説明できるだろうか。

延長戦入り後まもなくは後攻有利の可能性

まず、筆者の「延長戦では先攻後攻はイーブンになる」との仮説は、MLBのデータ(延長戦に入るとホーム有利が薄れる)とは整合的だ。ただ、MLBのデータも、試合の決着についたイニングごとの勝敗を細かくみていくと、必ずしも各イニングの勝率がきれいに双方5割になっているわけではない。

次図は、2001年~19年シーズンのMLBで延長戦になった全試合について、いずれのイニングで試合が決着したか、別の勝敗分布を整理したものである。これをみると、延長10回で決着した試合は後攻の勝率が高く、一方、延長14回以上まで縺れた試合は概ねイーブンになっている。

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MLB:延長戦で決着がついたイニング別の先攻後攻の勝利数

これは、後攻チームの方がサヨナラを狙って積極的な選手起用を図る傾向が強いからではないかというのが筆者の仮説だ。

特に1イニングごとの勝負となる延長戦では、投手に関しては継投を考えるし、攻撃でも代打・代走を繰り出して得点機を高めようとする。ただ、こうした「今、切り札を出す」作戦行動は、目先の勝利可能性を高め得る半面、先行きの勝利可能性を低下させるリスクを孕んでいる。

こうした作戦行動は、延長戦では先攻後攻を問わず見受けられるが、後攻チームの方が、もし得点できた場合には即試合を決着できる分、合理的選択としても、またあるいは目先の利得の大きさを過大視する人間心理(こちらのサイトによると「時間割引」というそうだ)が作用する可能性も含め、より積極的に選択され易いのではないだろうか。例えば、同点で9回の攻防を迎えた場合、後攻チームは9回表のマウンドにクローザー(ないし勝ちパターンの救援投手)を送り出すことは珍しくない。9回裏の攻撃でチャンスを迎えれば、打順が投手に回った場合、たとえクローザーであっても躊躇なく代打を送るだろう。こうした行動が積み重なると、延長入り後まもなくは「切り札」を先に行使した後攻チームの方がやや有利になったとしても不思議ではない

ただ、それよりほんのワンテンポ遅れで先攻チームも切り札を使ってくるに違いない。後攻チームが暫くの「有利な時間」のうちに勝負をつけられなかった場合、徐々に(まだ切り札の残っている)先攻チームが有利になってくる。ただ、先攻チームもせっかく転がり込んできた「有利な時間」を活かせないまま、双方切り札を使い尽くした状態に陥ると、イーブンになる、ということではないだろうか。

こうした現象について、ひとつの簡易なモデルを使って試算してみることにしよう。まず、以前の記事でも使ったモデルのとおり、NPBの救援投手のパフォーマンスを基に、先攻・後攻チームとも、チーム内の救援投手のFIP(Fielding Independent Pitching)水準の分布が、①1.95、②2.58、③2.97、④3.29、⑤3.61、⑥3.93、⑦4.32、⑧4.95と仮定する。そして、後攻チームは10回から①→②→③→・・→⑧の順番で継投し、一方、先攻チームは10回は②の投手を投入し、11回は67%の確率で①、33%の確率で③の投手を投入し、12回は①・③・④の投手を33%ずつの確率で、13回は④~⑥の投手を33%ずつの確率で、14回は⑤~⑦の投手を33%ずつの確率で・・順次投入していくと想定した。この仮定に基づき、イニング当たりの期待失点数を試算すると次図のとおりとなる。これをみると、後攻チームが惜しげもなく①の救援投手を投入する10回は後攻有利となり、けれど11~12回にはうって変わって先攻有利となり、そして13回以降は概ねイーブンになっていく姿がみてとれる。

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救援投手の投入順を仮定した場合の先攻・後攻の延長イニング別の期待失点数試算

それでは、NPBにおいて、延長戦に入ると「よりホーム有利になる」理由については、どのように考えるべきだろうか。この点については、次回に申し述べることとしたい。