「公務員ノムスケ」は実は最新のアメリカン・スタンダードだった?説を唱えてみた件②

前回の記事では、NPBの歴史において、1980年代以降徐々に先発投手の「中6日」制が普及し、2000年代以降主流化したこと、ただ、先発投手の「投球数」については、打者一人あたりに要する投球数が増加した一方、先発投手の投球イニング数が短くなったため、両者が打ち消しあい、大きな変化が生じていないと推測されることを紹介した。

それでは、先発投手の「登板間隔の長さ」「投球数」に着目し、NPBMLBとを比較すると、どのような示唆が得られるのだろうか。

MLBでは2010年代以降「100球以内」縛りが強化?!

まず、MLBにおけるここ数年のトレンドをみてみよう。次図に示すとおり、MLBでも2010年代初までは投球数が100球を超えることが珍しくなく、先発投手が好投している場合、120球以内では交代(ないし試合終了)させるものの、無理に100球手前で交代させない運用がとられていたと見受けられる。

しかしながら、2010年代入り後、徐々に「100球以内縛り」が強化されてきた感じがある。2020年シーズンは試合数が少ないため、救援投手を惜しげなく継ぎ込みやすいといった特殊要因が大きいとしても、そうした要因のない2019年シーズンをみても、75%以上の試合で先発投手は100球未満でマウンドを下りている

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MLBにおける先発投手の投球数推移

なお、MLBにおける先発投手の投球数の減少は、タンパベイ・レイズなどで救援投手をあえて先発させ1~2回のうちに(本来の)先発投手にスイッチするというオープナー制の採用による影響もあるが、リーグ全体としてこれだけの減少幅は、その要因だけでは説明しきれなさそうだ。

MLBの「100球以内縛り」厳格化に伴い、NPBの方が「グラフの右裾」が厚くなっている

これに対し、NPBにおける先発投手の投球数分布は、といわれると、手許にまとまった統計がないため、かなりの手作業を要したのだが(!)、2019年シーズン各試合の先発投手の投球数を「日刊スポーツ」のボックススコア(試合速報)から拾い集めてみた。

同様に、MLBの2019年シーズンについても各試合のボックススコアから拾い集めることにより、上記より粒度の細かい分布図を作成してみた。

両者を比べると、「平均」値をみてもNPBの先発投手投球数は92.1球に対し、MLBは86.4球であり、若干NPBの方が多い。ただ、平均以上に大きな差がみられるのが、NPBのグラフの「右裾」の厚さである。つまり、相対的にはMLBの方が100球内外でスパッと投手交代に踏み切る傾向が強く、NPBの方が先発投手を引っ張る傾向が強いということだ。

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NPBMLB(2019年)の先発投手の投球数分布

そして、こうした日米の傾向の違いは、最近のMLBにおいて特に「100球以内縛り」が強化されたことにより生じたのではないかと想像される。なぜなら、NPB(2019年)の先発投手の投球数分布は、(それよりやや粒度の粗いデータになるが)前掲グラフ「MLBにおける先発投手の投球数推移」に示す2010年頃までの分布と概ね一致している。

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NPB先発投手の投球数のMLB(再掲)との比較

また、日米とも時系列データのとれる先発投手の平均投球「イニング」数を比べても、2010年頃までは日米が殆ど同水準で推移してきたことが確認できる。

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NPBMLBの先発投手投球イニング数の比較

このように、最近になって日米が少し異なる傾向をみせつつあるわけだが、ちょっと強引かもしれないが、実は、2016年の野村祐輔投手の投球数分布は、6回までに降板した試合数が最頻値になっているという点では、MLBの投球数分布に近い。単なる偶然にほかならないのだが、「ノムスケ公務員」は、なんと結果的にMLBの最新トレンドと近接していることになる。

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NPBMLB先発投手の投球数分布を野村投手(2016年)の同分布と比べてみると・・

「絶好調なら代えない方が失点率を抑えられる」と思うか、「絶好調でもやがて打たれ出す」と思うか

先発投手の登板間隔と投球数のバランスは、無意識的に落ち着いた均衡点なのだろうが、あえてその均衡点に落着した要因を分解して理屈っぽく再構成すると、いささか程度問題ながら「先発投手が絶好調なときに、さりとてどこまで引っ張ることが失点数の最小化に繋がるか」に対する見方の違いなのではないかと思う。

すなわち、まず、MLB(中4日・100球「以内」)における先発投手の起用方針は、

・投球数が多くなるにつれ、投手の疲労度や打者の順応度が高まっていく傾向がある。そのため、失点率が上昇する手前の「100球(以内)」で救援投手にスイッチする必要がある。

・先発投手が100球以内でお役御免になる運用をとるもとにおいては、登板間隔は「中4日」が引き続き正当化される。

ということではなかろうか。

これに対し、NPBにおいては、

・先発投手は原則として100球目途である。ただし、先発投手が絶好調な日に限っては、投球数が100球を超えても直ちに救援投手にスイッチするより、先発投手に下駄を預け続けた方が失点リスクが低い。(※)

・先発投手に長いイニング数(投球数)を任せる可能性がある以上、現代野球において「中4日(ないし5日)」では間隔が短すぎる。

・先発投手の調子の良し悪しは、当日の試合が始まるまで分からないため、先発投手が絶好調でないケースに備え、救援投手の駒数はやはり必要であり、実際多くの試合において5~6回で救援投手にスイッチしている。

ということではなかろうか。以下、当たり前のことながら、(※)の傍証として、NPBの先発投手の各登板試合における防御率を、その試合での投球数の別に整理したのが次図であり、これをみると、至極当然のことながら、先発投手の投球数の多い試合は、概して防御率が低めになる傾向が認められる。要は、先発投手が絶好調なときは「チームとしての失点率を抑制するため」長いイニングを任せ、その結果、その結果、投球数が多めになるということなのだろう。

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NPB先発投手の投球数とその試合の先発投手の防御率

このように、先発投手が絶好調なときに「下手に継投せず、引き続き先発投手に下駄を預ける」か、「やがて相手打線に捕まるリスクを懸念し、スイッチする」かのうち、いずれを選好する傾向がより強いか、という違いなのではないか。

この点、2010年代初まではNPBMLBとも似た傾向を辿ってきたが、近年、MLBの方が後者に対する選好がより強まった結果、先発投手の投球数の違いが拡大しつつあるのではないか、そしてNPBの好投手の中では比較的短いイニングで降板するノムスケが、結果的にMLBの近年の傾向とマッチしている、というのが本日の結論である。

なお、投手の登板間隔や投球数については、投手の肩・肘への過度な負担の回避という観点から語られることが多いが、「中4日・100球(以内)」と「中6日・場合によっては110~130球」のいずれがより重たい負担なのか、については、正直、スポーツ医学の知見や選手・監督など当事者の肌感覚を恃みにするよりほかなく、筆者には分からない。

それでは、一般論として先発投手の投球イニング数が短いと救援投手への負担がかかるわけだが、「総ノムスケ」化しているMLBでは、どのような投手運用によって制御しているのだろうか。この点については、回を改めて説明することにしたい。