NPBにおけるオープナー導入に関する自家版論点整理(後編)

前回の記事では、オープナー導入によるメリットについて整理した。今回は、NPBでの導入を考えると、いくつか留意すべきと思われる点について検討してみた。

1.そもそもNPBにおいては、初回の失点率が最も高いのか

MLBにおいても初回の失点率が他イニングに比べ著しく高いとまでは言えないわけだが、そもそもNPBにおいては「初回の失点率が最も高い」とさえ言えない可能性がある。例えば、2017年のパ・リーグに関する分析をみると、チームによっては初回よりむしろ3回や7回といったイニングの方が失点数が多いようだ。同年のセ・リーグに関する分析をみても、カープの失点数は初回が最多であるが、得点数は5~8回が最多となっているなど、一概に初回の得失点数が多いとはいえないことがみてとれる。

仮に初回の失点率が他イニングと比べ特段に高くないのだとすると、敢えて初回を救援投手に委ねる必要性は相当に薄れる。以前の記事で紹介したとおり、「1点の重み」は序盤より終盤にかけて重たくなってくるため、もしイニング別の失点率の高低をさして気にしなくてよいなら、現行のシステムどおり、優れた救援投手は終盤に用意するのが上策というべきだろう。

それでは、NPBMLBとの「初回」の失点率の違いがあるとしたら、その原因は何だろうか。定量的な分析ができているわけではないが、NPBにおいて「二番打者最強論」などと言われだしたのはごく最近の話で、伝統的に上位というより3~5番の中軸に得点力の高い打者を配置してきた事情が影響しているかもしれない。つまり、オープナーが初回を三者凡退に抑えたとしても、その次の回はいきなり4番、5番の中軸打者と対峙しなくてはならないわけだ。

もしそういう事情なのだとしたら、NPBにおいて伝統的な打順編成が維持される限りにおいてオープナーの有効性は限られるものの、もし将来、MLBに倣った上位打線重点化が進んでいった場合には、初回の失点率が現状以上に高くなり、オープナー導入の意義が高まっていくかもしれない

2.序盤の失点数減少と終盤の失点増加の損得勘定:上位打線重点化が進んだ場合、ローテーションの谷間に限り、オープナーの導入効果ありか

次に、たとえ上位打線重点化が進むなどして、オープナー導入による序盤の失点数の減少に意義を見出すべき状況が生まれたとしても、駒数の限られた救援投手を一枚剥がしてオープナーに回した場合、その分終盤の失点数を増やしてしまうリスクについて考えておく必要がある。そこで、この失点減少効果と増加効果の「損得勘定」について簡易なモデルを使って試算してみよう。

以前の記事で過去10年(2010~2019年シーズン)先発・救援投手別のFIPを整理したことがあるが、この整理に基づき、先発・救援投手それぞれのFIPの分布が正規分布に従うと仮定し、その上でチームの主力投手の構成が、先発投手につき、NPB全体の正規分布の①上位1/12、②3/12、③5/12、④7/12、⑤9/12、⑥11/12の位置に属する6名、救援投手が同じく上位①1/16、②3/16、③5/16・・・⑦13/16、⑧15/16に位置する8名と想定してみた。その想定において、先発投手のFIPは、①2.54、②3.22、③3.64、④3.76、⑤4.18、⑥4.86となり、救援投手のFIPは、①1.95、②2.58、③2.97、④3.29、⑤3.61、⑥3.93、⑦4.32、⑧4.95と算出される。

そして、初回の失点率は他の回より1割増と仮定し、現行のシステムどおり「先発投手が6回までを投げ、7~9回を救援投手①~③で分担したケース」と、オープナーを導入し、「救援投手①が初回を投げ、2~6回を元々の先発投手が投げ、7~9回を救援投手②~④で分担したケース」との(FIPベースの、すなわち純粋に投手の責任による)失点数を比較してみた。

その結果、先発投手①~⑤の登板日については、オープナーを導入した場合、初回の失点数減少効果よりも終盤の失点数増加効果の方が大きく働き、試合全体を通した失点数が高くなってしまう(つまりオープナーの導入意義は認められない)との結果が得られた。その一方で、先発投手⑥の登板日については、オープナー導入による初回の失点数減少効果の方が大きく働き、試合全体を通した失点数を減少する(つまりオープナーの導入意義が認められる)との結果が得られた。

つまり、打順上位への重点化が進み、初回の失点率が他イニングより高くなった場合には、ローテーションの谷間であるケースについてみると、オープナーの導入効果あり、という試算結果となったわけだ。

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オープナーを導入した場合の失点数の変化試算

3.救援投手の負担増大

このように、オープナーの導入効果が期待され得るケースがあるとしても、実際に導入を検討するにあたっては、オープナーの導入メリットとされる「先発投手の負担抑制」の裏腹として、救援投手の負担増大に繋がるおそれがある点には留意する必要がある。

確かに「単に救援投手の担当イニングを終盤から初回に振り替えただけ」で終われば、オープナー・救援投手の担当イニング数の増加には繋がらないが、特に投手が打席に立つセ・リーグにおいては、例えば競った展開で7回表に得点機を迎えた場合、打順の巡ってきた投手に代打を送りたくもなるのではないか。オープナーを導入したからといって、終盤にかけて必要な救援投手の枚数を削ってよい十分な理由にはならないように思える。

上記の試算では、標準的なケースを想定したが、救援投手の層が厚くないチームが無理にオープナーを導入した場合、上記の試算以上に終盤の失点率増加効果が大きく表れるおそれがある。また、オープナーの導入に伴い救援投手の負担が増加してもなお、救援投手陣が上記の試算どおりのFIP水準を維持できる確証もない。MLBNPBとの比較においてはマイナーリーグから救援投手を調達し易いのかもしれないが、NPBにおいては、救援投手陣の層の厚さに自信がない限り、タンパベイ・レイズばりのオープナーの導入に踏み切るのは難しいのではないか。

そもそも、MLBでは先発投手の過度な負担の回避がリーグ全体の悩める課題となっている感じがあるが、NPBの場合、どちらかというと救援投手への負担の皺寄せの方が問題のように思えてならない。実際、NPBの先発投手は、中6日制の運用が定着しつつあり、確かに好投している場合には多少球数が増えても完投させる傾向があるものの、平均的な投球イニング数をみると、次図のとおり、最近2~3年を除くと、中4日制のMLBと実はさほど変わらない。NPBの置かれている課題状況が救援投手の負担増にあるのだとすると、敢えてさらに救援投手陣に負荷をかける取り組みを試す必然性は乏しいように思われる。

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NPBMLBにおける先発投手の平均投球イニング数比較

 

最後に――自家版・論点整理

以上を踏まえると、NPBでのオープナー導入の是非に関しては、次のような論点整理ができるのではないだろうか。

NPBにおいても、今後、得点力の高い打者の上位打線への重点化が進んでいった場合には、標準的な投手力のチームにおいては、先発投手がローテーションの谷間にあるケースに限り、オープナー導入の効果が見込める

・ただ、オープナーを導入すると、現状以上に救援投手への負担が増大するおそれがあるため、救援投手陣の層が厚いことが必要条件になるだろう。この点、目下のNPBの課題は、どちらかというと救援投手の過剰負担にあるとみられる中、さらなる救援投手陣の負荷増大に繋がるMLB方式のオープナー導入は、現状において困難と思われる。

なお、余談になるが、前回の記事の冒頭でも触れたとおり、このところNPBでいわれるオープナーは、救援投手だけで初回から9回までを繋いでいく「ブルペンデー」のことを指すケースが多いように思われる。また、日本ハムの栗山監督が時折試しているオープナーは、先発能力のある投手を3回程度の投球回数でリレーさせる運用が多いように見受けられ、いずれもタンパベイ・レイズなどでいうオープナーとは趣を異にしている。これらのNPB的なオープナー」運用は、MLBで議論されてきたような上位打線を相手にしたときの失点率の抑制という文脈よりも、どちらかというとローテーションの谷間の投手繰りの観点が強く働いているような気がする。

打者のパワー向上に対抗すべく進化してきた投手の分業制については、今もなお新たな可能性が模索されつつあり、野球の生きた歴史を感じる。2回にわたる記事での整理はある種の理屈を述べたに過ぎず、実際にシステムを変更しようとした場合には、先発投手、救援投手それぞれの矜持・モチベーションを維持できるだけの納得が必要になってくると思われる。振り返ってみると、かつて救援投手の地位が現在ほど高くなかった時代に江夏投手が救援に回ったのは、故・野村克也さんの「リリーフで革命を起こしてみないか」という言葉だったと伝えられている。佐々岡監督は先発もリリーフも経験したことのある往年の大投手である。今後とも、選手の納得・理解のもと、投手の最適な配置を図っていって頂きたいと切望してやまない。