沢村賞Predictorなる計算式を作ってみた件(前編)

2020年の沢村賞は、恐らく中日の大野投手と読売の菅野投手の争いになっていて、カープとはあまり縁のない話題になっているが、パドレス前田健太投手がサイヤング賞の最終候補者になっていることもあり、そうした関心から、2回シリーズで沢村賞の選考基準について考察してみた。

沢村賞の選考基準

いうまでもなく沢村賞は先発投手にとって最高の栄誉ある賞とされ、カープでは(敬称略で)外木場、池谷、北別府、大野、佐々岡、前田健太、K.ジョンソン、と歴代エースたちが燦然と名を連ねる。

ここで1982年に「沢村賞選考委員会」が設置され、概ね現行の方式が採用されてからの沢村賞の選考基準を改めて整理すると、次のとおりである。

①登板試合数 - 25試合以上

②完投試合数 - 10試合以上

③勝利数 - 15勝以上

④勝率 - 6割以上

⑤投球回数 - 200イニング以上

奪三振 - 150個以上

防御率 - 2.50以下

―― 上記に加え、2018年度以降、補足項目として「先発で登板した全試合に占める、投球回数7回で自責点3点以内」の達成率を選考に含める。

沢村賞の選考基準の充足状況

1950年以降、①~⑦の各要素を満たした投手数の推移を示したのが次図である。これをみると、投手の分業制確立に伴い①登板数基準については、基準を満たす選手数が大幅に増加している一方、特に②完投試合数、⑤投球回数、次いで③勝利数の基準をクリアすることが難しくなっている

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沢村賞の選考基準である各要素を充足した投手数の推移

その結果として、7要素すべてを満たすような投手は殆ど絶滅危惧種になっており、2010年代以降では、田中投手(2011年、2013年)、ダルビッシュ投手(2011年)、菅野投手(2018年)の4例のみとなっている。ただ、この7項目は必ずしも全てを充足している必要はなく、基準に照らした総合的な充足状況が「選考委員会」にて討議・決定される仕組みとなっている。

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沢村賞選考基準7項目の充足数

7項目はどのように勘案されているのか

ただ、選考委員会での「総合的」判断なるものを要因分解してみたくなるのが、ファンの好奇心というものだ。

まず、端的に歴代受賞者の7項目の充足状況をみてみよう。次表は、7項目の充足状況を一覧で比較しやすいよう、「受賞者の成績水準と選考基準上求められる水準との比(充足率)」を示している(例えば、登板試合数が10試合の投手の場合、0.4(=10試合÷選考基準<25試合>。ただし、防御率については、逆数としており、例えば防御率1.25の投手の場合、2(=選考基準<2.50>÷1.25)としている)。

これをみると、まず、繰り返しになるが、7項目をすべて満たしている(次表中の計数が全項目について1以上である)必要はない。また、充足できていない項目の水準が低くても、直ちに選外となるわけではない。完投数について、充足率が「0.3」であっても選考された実例がある。ただ、2019年シーズンの山口投手(当時、読売)のようにさすがに「完投数ゼロ」となると、たとえ他項目の数値が良いとしても選外とされており、今のところ「0.3」が「一次選抜」ラインの目途であり、あまり数値が悪いと選考上、ネガティブな評価を受けるようだ。

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歴代沢村賞受賞者の選定基準7項目の「充足率」

基準を充足した項目数で勝負が決まるのか

それでは、「一次選抜」ラインを突破した場合、あとはどのような「総合判断」が行われるのだろうか。まず思いつく仮説は、せっかく設けた7基準であり、その充足できた項目数で勝負が決するのではないか、というものだ。

確かに、現行の選定基準となった1982年以前を含め、概ね「7項目」をできるだけ多く充足した投手が沢村賞に選出されることが多いようだ。ただ、次表に示すとおり、例外も相応に多く、その多くのケースにおいて①勝利数の多さが優先された、②基準を大きく上回った項目や僅かに下回った項目などを総合した全体水準の高さ(次図中、各項目の充足率を単純合計した値の大きさ)が評価された、③優勝チームの投手が優勝を支えたとして優先された感がある。

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「7項目」の充足数の最も多い投手が受賞しなかったケース

それでは、全体水準の高さで勝負が決まるのか

それでは、7項目を均等に評価し、その全体的な水準の高さによって選考されているのだろうか。ここで、7項目それぞれの受賞者の成績水準と選考基準との比(いわば「充足率」)を「単純合計した値」に着目し、その値の最も大きい投手が沢村賞を受賞しているのか、調べてみた。

その結果をみると、次表のとおり、こちらもやはり、例外となるケースが相応に多い。次表では、「受賞者」の成績水準が「単純合計した値が最高の投手」を上回っている項目について「○」、下回っている項目について「●」を表示している。「単純合計した値が最高の投手」が受賞を逃した背景を分析すると、「充足できた項目数」の多さが優先されたケースや「優勝」貢献度もさることながら、勝利数の多さが優先されたケースが目立つ(受賞者の方に勝利数に「○」がついているケースが多い)ようだ。特に、1990年代以降については、次表中、赤文字でハイライトしたとおり、「勝利数の多さ」を特に優先したケースが多いように見受けられる。

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7項目の「充足率」単純合計値の最も高い選手が受賞しなかったケース

結局のところ、勝利数が重視されている

このようにみていくと、「7項目を総合的に評価」といいつつ、結局のところ特に勝利数に比重が置かれ易い傾向がみてとれる。沢村賞獲得レースが白熱したいくつかの個別事例をみても、やはり勝利数の多い方が選定され易い傾向があることが確認できる。

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7項目のうち勝利関連項目に比重を置いたPredictor計算式

以上を総合すると、(イ)各項目につき基準に対し最低限の充足率を満たしていること、(ロ)7項目の基準の全体的な充足性が高いこと、(ハ)特にその中での勝利数に関連する基準(③勝利数、④勝率)が高いこと、というのが選考における主な考慮要素のように思える。こうした考え方に基づき、

[7項目のうち基準を充足した項目数]+[勝利関連以外の基準(①・②・⑤・⑥・⑦)の充足率の合計]+[勝利関連の基準(③・④)の充足率の合計×10]-[充足率0.5未満の項目について(0.5-実績値)×10の合計]

という計算式を立てると、最も計算結果と実際の選考結果が一致し、少なくとも1993年以降の全ての選考結果と合致する。

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沢村賞Predictorによる算出結果と実際の受賞者

このPredictorを使って2020年の沢村賞受賞者を予想すると・・

本日の記事の最後に、このPredictorを使って、2020年シーズンの沢村賞受賞者を予想してみよう。

候補者とされる大野投手と菅野投手の成績をPredictorの計算式に当てはめると、野投手26.0、菅野投手27.7と、ハイレベルな争いながら、勝利数の多い菅野投手が上回るという算出結果が得られた。

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Predictorを使った2020年沢村賞受賞者の予想

ただし、選考委員会が一貫したポリシーに基づいて判断しているか否かは定かでなく、1988年の大野投手(カープ)、92年の石井(丈)投手(西武)のように、それまで受賞歴のなかった投手が優先され易い傾向があることも事実である。正直、ごく感覚的には、早速今年の選考結果がPredictorと異なってしまう予感もあったりして、何とも言い難いのだが、Predictorは、過年度を通じた「当てはまり」がかなり良いことだけは主張しておきたい。

 それでは、このPredictorに表象される沢村賞の選考基準は、MLBのサイヤング賞の選考基準との比較や、セイバーメトリクスの考え方に照らし、どのように評価されるべきなのだろうか。この話に続きは、次回とさせて頂きたい。