「ムエンゴ」先発投手たちのエレジー(後編)

前回の記事では、NPBMLBにおける援護率の分布をみるとともに、「ムエンゴ」に陥りやすい条件について整理した。シリーズ後編の今回は、「ムエンゴ」の投手はどの程度勝ち星を損しているのか、について考察してみたい。

普通に考えると、防御率の優れた投手は勝ち星をつかみ取り易い

まず、普通に考えると「先発投手の防御率の優れている方のチームが有利」な「はず」である。この直感はデータに照らしても相当程度正しくて、先発投手の防御率の優れている方のチームの勝率は、NPB(2010~20年)において58.6%、MLBにおいて58.8%となっている。NPBについてみると、先発投手の防御率が1.0以上優れている場合には、勝率58.5%、2.0以上優れている場合には勝率64.3%という有利な状態にあるわけで、防御率が2点台の投手だと、大抵のケースにおいて相手投手より防御率が優れているだろうから、素直に考えるとかなりの確率で勝てる「はず」である。

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先発投手の「防御率較差」ごとの勝率分布

「ムエンゴ」の好投手の勝利数は、援護率の高い「並み以下」の投手と同程度?

しかしながら、前回の記事でみたように、好投手ほど相手投手が好投手をぶつけてくる可能性が高いため、少ない失点数で投球内容をまとめられたとしても、ムエンゴの悲哀を味わい、勝ち星を得られないケースは珍しくない。というか、MLBにおける規定投球回数に到達した投手を対象に分析する限り、(登板試合数が同じだとすると)「ムエンゴ」の好投手の勝利数は、防御率が並み以下だが援護率の高い投手と同程度にしかならない

これを裏付ける根拠として、2010~20年のMLBについて、各シーズン・各先発投手の先発登板試合数に対する勝利数の割合(以下、この記事中、この割合のことを「勝率」という)を、(イ)援護率の高さ(各シーズン毎に援護率が上位5割、下位5割のいずれに属するか)、(ロ)防御率の良さ(各シーズン毎に防御率が上位5割、下位5割のいずれに属するか)の整理すると次図のとおりとなる(グラフのx軸が勝率、y軸が該当する投手数の割合を示す)。

これをみると、①援護率が高く防御率が良い投手の勝率が高く、④援護率が低く防御率が悪い投手の勝率が低いことは当然であるが、②援護率が低く防御率が良い投手と③援護率が高く防御率が悪い投手の勝率分布が殆ど変わらないことが分かる。

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防御率・援護率の水準毎の勝率分布(MLB・2010~20年)

NPBのデータをみると、MLBほど②と③の勝率分布が近似していないが、それでも③の投手の勝率は、相当程度防御率の悪さを打ち消していると思える程度に、防御率の良い投手(①・②)の勝率分布に近接している。

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防御率・援護率の水準毎の勝率分布(NPB・2010~20年)

平たく言えば投手にとって防御率は概ね「自力」によるものなのに対し、援護率は大半が「他力」によるわけで、「自力」の優れた投手が「他力」に支えられた投手並みの勝利数に落ち着くのは、なんだか切なくもなるが、それがデータから導かれる現実である。

 「ムエンゴ」好投手が直面する「援護率への錯覚」

さて、もしかすると、こういうムエンゴな投手たちを前に「たとえ味方がロースコアでも、それより少ない失点数に抑えれば勝てるじゃないか」というご無体なことをいう人がいるかもしれない。そういう論法に立ったとき、一見、例えばMLBを代表するムエンゴといってもよいメッツのデグロム投手(2018年・19年のサイヤング賞)の2018年の成績のように「援護率2.9」であっても「防御率1.70」という成績なら、一見、高い勝率をあげられるはずなのではないか、と思ってしまいがちだが、それは錯覚に過ぎない。

なぜなら、防御率が非常に良い投手は、不調で大崩れする日が少ない(さもなくば優れた防御率を達成できない)ため、登板機会ごとの自責点数が比較的ロースコアにまとまっているのに対し、打線の援護点数については、試合毎のバラツキが大きく、「平均値」が大量得点をあげられた日のおかげで嵩上げされがちだからである。実際、2018年のデグロム投手の登板機会ごとの失点数・援護点数の分布図をとると、次図のとおり、メッツ打線は、いくつか大量点の援護をできた日があるほかは、殆どの試合で得点数が0~1点にとどまり、ごく少ない失点数を凌ぐ援護をできなかったことが分かる。

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2018年デグロム投手の先発登板機会ごとの援護点数・失点数

エレジーをうたった挙句に、少しだけ朗報

このように、ムエンゴの分析をしていくと、筆者自身、記事を執筆する傍ら(読者の皆さまにとってはお読み頂く傍ら)切ない思いに苛まされてしまう。そこで最後に、少しだけ朗報ともいうべき話をすると、援護率の高さには年度間相関が認められないという事実である。NPBMLBそれぞれにおける前年度と当年度の援護率の分布をとると次図のとおりであり(相関係数は、NPBMLBとも0.06)、図をみるにつけ、また0.06という相関係数の低さをみるにつけ、年度間相関がないことは明らかだ。つまり、援護率が悪くてもやがて運が上向く日がやってくるということだ。

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NPBにおける前年度・当年度の援護率の分布(2011~20年)

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MLBにおける前年度・当年度の援護率の分布(2011~20年)

「援護率が悪くてもやがて運が上向く日がやってくる」ことを示す一つの実例として、カープ野村祐輔投手の例をみてみよう。2012年のルーキーイヤーには防御率1点台という新人としては堀内恒夫さん以来46年ぶりの快挙(因みに、その後、新人で防御率1点台を達成したのは、2020年の森下投手(カープ)のみ)を成し遂げたわけだが、ムエンゴに苛まされ、勝敗数は9勝11敗であった。しかしながら、その後は、どちらかというと援護率の高いシーズンが多くなっており、通算勝利数を稼ぐ観点からはいささかちぐはぐな感じではあるのだが、とりあえずムエンゴ状態からは脱却している。

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野村祐輔投手のシーズン毎の援護率・防御率の変遷(~2020年)

2020年のカープは中村祐太投手と九里投手がムエンゴだった件

実は、今回、一連の「ムエンゴ」シリーズを執筆しようと思うに至った理由は、カープの中村祐太投手と九里投手である。九里投手はシーズンを通して、中村投手もシーズン後半から調子をあげて、大瀬良投手もK.ジョンソン投手も離脱したローテーションを支えてくれた。ただ、この両投手とも援護率が低く、特に中村投手については、投球内容の割に勝ち星を稼げていない(3勝)ため、もしかすると、きちんと失点数を抑えられている割には世評がついてきていないのではないか、と余計な心配をしてみたくなる。遠藤投手についても、若手が頑張って投げているのに、という割には援護率が高くない。今回のシリーズを通じて最後に申し上げたいメッセージは、ムエンゴは切ないけれど、いつまでも続くものではないということだ。九里投手はもはや大黒柱だし、中村投手も遠藤投手も、来シーズンもこうした投球を続けてくれれば、きっと勝ち数において大きな飛躍がみられるに違いないと信じて筆を置きたい。

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カープの各投手の援護率・防御率の分布