DH制導入による試合結果や戦術への影響を考える②

前回の記事では、DH制導入を巡る議論を整理した。今回からは、主にDH制導入リーグ(NPBパ・リーグMLBア・リーグ)と非導入リーグ(セ・リーグナ・リーグ)の比較を通じ、DH制導入による試合結果や戦術への影響について分析していきたい。

DH制を導入したリーグは平均+0.2点程度得点数が増加

まず、DH制は、1970年代のMLBア・リーグ)で導入したときの眼目「投高打低の是正」にどの程度奏功しているのだろうか。この点、結論からいえば、DH制導入は平均+0.2点程度、得失点数を押し上げる効果があると考えられる。

MLBでDH制を導入したア・リーグと導入していないナ・リーグとを比べると、ほぼ一貫してア・リーグの方が、リーグ打撃成績が上回っている。まず、打撃力の総合指標であり、打席当たりの得点貢献度を示すwOBAに着目すると、シーズンにもよるが、ア・リーグの方が0.09ほど上回っている。1試合あたり得点数についてみても、ア・リーグの方が平均0.29点上回っている

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MLBにおけるリーグ間のwOBA較差

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MLBにおけるリーグ間の1試合当たり得点数の較差

NPBについてみても概ね同様の傾向がみてとれる。MLBと比べればリーグ間の較差が大きくなく、セ・リーグの方が打撃成績の優れた年もあったりするのだが、押しなべてみると、wOBAについても1試合当たり平均得失点数についても、パ・リーグが上回っているケースが多い(wOBAについてパ・リーグの方が.004、1試合当たり得点数について+0.16点上回っている)。

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NPBにおけるリーグ間のwOBA較差

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NPBにおけるリーグ間の1試合当たり得点数の較差

このことは、打力の低い投手の替わりに打撃専門の打者をバッターボックスに送るわけだから、理屈抜きに至極当然の帰結であろう。敢えて簡単なモデルを設けて「見える化」しても再確認できる。「DH制ありチーム」としてパ・リーグの2011~20年の平均打撃成績(交流戦における投手の打席を除く)どおりの打者9人のチームを、「DH制なしチーム」として1~8番打者まではそれと同じで9番打者が投手のチーム(投手の打撃成績は、2011~20年のセ・リーグ投手打撃成績の平均による)」を仮定し、平均打撃成績どおりの確率で安打、四死球などが生じた場合に期待できる得点数を試算してみた。

それによると、「DH制あり」チームの1イニングあたり期待得点数は0.33点となる。一方、「DH制なしチーム」の同得点数については、そのイニング中何番目に投手の打順が巡ってくるかにより9パターンの異なる計算結果が得られる。「DH制なしチーム」の平均的な期待得点数を試算するため、NPBの平均的な出塁率を基に、イニングの先頭打者の打順の分布を試算し(試算結果は(※)のとおり)、この分布に従い9パターンの計算結果を加重平均すると、「DH制なしチーム」の1イニング当たり期待得点数は0.32点となる(次グラフ中の青色の縦線)。やや御託を並べてしまったが、つまるところ「DH制ありチーム」の得点数は、「DH制なしチーム」を9イニング当たり0.29点上回るとの試算結果が得られた。

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パ・リーグにおけるイニング当たり期待得点数と、DH制を解除した場合の期待得点数試算

(※)NPBの平均的な出塁率を基に試算した、イニングの先頭打者の打順の分布は次のとおり。

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イニング先頭打者の「打順」分布試算結果

DH制を導入していないリーグでは、打撃力を重視して野手を起用する傾向

ただ、DH制を導入していないリーグも、打撃力の確保に努めていないわけではない。次図はNPBMLBにおける守備位置ごとの打撃総合指標(wOBA)のリーグ平均値(2011年~20年)を示している。これをみると、相対的に守備負担の重たくない一塁手などをはじめ、多くの野手ポジションにおいて、DH制非導入リーグ(NPBにおけるセ・リーグMLBにおけるナ・リーグ)の方が数値が高いことが分かる。つまり、DH制非導入リーグでは特に、野手起用において打撃力の高さが重視され易い傾向が窺える、ということだ。

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NPBにおける守備位置別のwOBA分布

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MLBにおける守備位置別のwOBA分布

上記モデルに沿って、「パ・リーグの2011~20年の平均打撃成績どおりの打者9人のチーム」と、「セ・リーグの2011~20年の野手平均打撃成績どおりの打者8人+同期間の投手平均打撃成績どおりの打者1人のチーム」を仮定すると、セの野手8人の打撃力の高さが威力を発揮し、それにより両者の得点数較差は0.21点にまで縮小(上記に示したパ・リーグの期待得点数と、パ・リーグでDH制を解除したと仮定した場合の期待得点数との較差は0.29点であり、▲0.08点縮小)するとの試算結果が得られた。

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パ・リーグ(DH制あり)とセ・リーグ(DH制なし)の期待得点数試算

打撃力重視の起用方針の代償は守備力の低下

もっとも、DH制非導入リーグにおける打撃力重視の起用方針には、守備力低下という代償を伴う。NPBについては守備力指標がなかなか無償で頒布されていないのだが、MLBについてはFanGraphsなどのサイトで容易に入手可能であり、2016~20年シーズンのDef指標を対象に分析してみた。これによると、DH制を導入しているア・リーグの守備力が総じて低いわけでは決してないのだが、相対的に守備負担の重たくない一塁手右翼手などについては、DH制導入リーグ(ア・リーグ)の方が明らかに守備力が高いNPBについても、こちらのサイトで同様の分析評価が行われており、DH制非導入リーグでは、打撃力重視の野手起用方針の代償として、相対的に守備負担の重たくないポジションの守備力を犠牲にされ易い可能性が窺われる。

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MLBにおけるリーグ間の守備位置別・守備力(Def指標)の較差

以上、本日の記事内容をまとめると、①DH制導入リーグの方がやや打高投低となる影響(試合あたり+0.2点程度の効果)が見込まれる、②DH制非導入リーグでは、一塁手三塁手や外野手を打撃力重視で起用する傾向が相対的に強い、③ただし、打撃力重視の起用方針は、守備力の低下という代償を伴っている、ということになる。
それでは、パ・リーグにおいてDH制はどのように運用されてきたのだろうか。次回は、DH制の運用実態についてデータを整理したい。