DH制導入による試合結果や戦術への影響を考える①

年が明けたのに旧年中からの話題でなんなのだが、最近、セ・パ交流戦日本シリーズでのパ・リーグの優勢が際立ってきている中、セ・リーグでもパのレベルに追いつき追い越すべく、DH制度を導入するべきではないか、という議論が聞かれる。2021年最初のデータ分析は、DH制度について考察してみたい。

DH制度導入のプロ・コン

DH制度は、メジャーリーグでは1973年シーズンから、当時、過度な投高打低な状態を改善し、もって観客動員数の増加を図る観点からア・リーグで導入されたのが端緒であり、NPBでも1975年シーズンからパ・リーグで導入された。なお、MLBでもナ・リーグは、NPBでもセ・リーグはDH制を導入していないが、MLBではコロナ禍に見舞われた2020年シーズンに限り、ナ・リーグでもDH制が実施されている。

DH制導入是非を巡る論点に関し、まずもって興味深いのが、パ・リーグでのDH制導入時に、セ・リーグがDH制を採用しない9つの理由を公表し、現在に至るまで公式見解として変更等されていないことだ。面白いので、以下、そのまま抜粋する(青字)。

セ・リーグ指名打者(DH)制を採用しないのですか。

 野球規則6.10には、「リーグは、指名打者ルールを使用することができる」と定められており、DH制を使用するかどうかは、各リーグの判断に委ねられています。  

  大リーグでは1973年にアメリカン・リーグがDH制を初めて採用し、日本ではパ・リーグが1975年からDH制を採用しました。しかし、当時、セ・リーグでは以下の観点から、DH制は採用しませんでした。

1. 1世紀半になろうとする野球の伝統を、あまりにも根本的にくつがえしすぎる。

2. 投手に代打を出す時期と人選は野球戦術の中心であり、その面白みをなくしてしまう。

3. 投手も攻撃に参加するという考え方をなくしてしまう。

4. DH制のルールがややこしくファンに混乱をおこさせる。

5. ベーブ・ルーススタン・ミュージアルは投手から野手にかわって成功したのだが、そのような例がなくなる。

6. 仕返しの恐れがないので、投手が平気でビーンボールを投げる。

7. いい投手は完投するので得点力は大して上がらない。

8. 投手成績、打撃成績の比較が無意味になる。

9. バントが少なくなり野球の醍醐味がなくなる。

DH制の導入から四半世紀が過ぎましたが、セ・リーグでは現在も大筋で考えは変わっておらず、DH制を導入する予定はありません。

2005年から導入されたセ・パ交流戦では、パ・リーグ球団の主催試合のみDH制を採用しています。

現代的に捉え直すと、パ・リーグではもはや定着したDH制のルールが「ファンに混乱」をきたすほどに「ややこしい」のか(理由4)、「いい投手は完投する」という前提はもはや維持できていないのではないか(理由7)、投手のビーンボールに対する抑止力は「仕返しの恐れ」だったのか(理由6)など、突っ込みどころが多い。ただ、その他の理由を煎じ詰めて解釈するなら、DH制導入を是認するか否かは、「野球の競技性とは、各選手が走攻守の全てをこなすことにある」という見方にどこまで拘るか、という問題のように思われる。1世紀半以上にわたって培ってきた「投手も含め全員が守備し、全員が攻撃する」という競技性を維持し(理由1、3)、もって、その中でファンに支持されてきた野球の醍醐味――投手交代機を巡る駆け引き(理由2)や送りバントという作戦選択(理由9)――を確保し続けたいという主張は、価値観そのものであり現代的にも一概に否定し難い。実際、張本勲さんは「打って走って守る。これが野球の本質」としてDH制導入に反対されている。

一方、コロナ禍という特殊な状況も踏まえ、DH制導入を提唱している球団の主張向きは、①投手の負担軽減、②野手の出場機会創出を通じたチーム強化、③プロとして打撃面でよりレベルの高い試合を提供すべき責務、という3つの観点に集約される。「野球の競技性」に関し、東尾修さんは「歴史とともにスポーツのルールは変わる。今の野球界、緻密な野球の在り方は変化している」と述べておられ、上記の張本さんの主張よりかは「野球の競技性」に対し(良くも悪くも)緩やかな見方に立っている印象だ。

興味深いのは、MLBでDH制が創設されたときの眼目が、投打のバランス調整に置かれていたのに対し、昨今のセ・リーグでの導入議論が、「分業制」推進を通じた選手の負担・故障リスクの軽減とスペシャリストとしてのレベルアップに主眼が置かれている点だ。喩えてみるなら、鉄棒も鞍馬も床もできる総合競技だと思うか、それとも、各選手が得意種目のスペシャリストになり、負担の抑制を図りながら各種目のレベルアップに繋げていくべきと思うか、ということなのだろう。

最近の議論はやや屈折しているが・・今回記事の射程

正直、最近のセ・リーグにおけるDH制導入議論は、某球団が、日本シリーズで惨敗した直後に突如提唱し始めたという経緯が論点を屈折させている可能性がある。セ・リーグが約10年にわたり、日本シリーズだけでなく交流戦でもパ・リーグに大きく負け越し続けている事実は、セ・リーグとして謙虚に受け止めるとともに対策を講じる必要があることは、まったくもってそのとおりである。ただ、その主因がDH制なのかと問われると、なお論理的飛躍が大きい。上述のとおり、パ・リーグがDH制を導入したのは1970年代の話であり、ここ10年ほどでリーグ間の実力差が開いた理由を説明するのに、単純にDH制の導入有無だけ掲げられてもあまり説得的とはいえない。筆者は、パ・リーグの強さはオーナーの強い指導力のもと、スカウトと育成の強化を長年、地道に図ってきた結果という面が強いとみており(その論拠として、本ブログでは、以前の記事で、パ・リーグの方がチーム戦力に占める「ドラフト2位以下指名選手」の比率が高いことを紹介した)、シンプルにDH制をスケープゴートにするのは、物事の本質を逸らすおそれすらある。

また、そうした経緯論を抜きにしても、野球という競技の本質論――走攻守の総合競技なのか、分業化推進もあり得べしなのか――については、とどのつまり価値観次第なので、客観的な視座を提供することはできない(このシリーズの最後に少しだけ私見を述べるが)。ただ、今後、DH制導入の是非を議論するにあたっては、その前提として、DH制導入による試合結果や戦術への影響について分析しておく必要があるのではないか。例えば、上記で紹介したセ・リーグの公式見解では、DH制を導入しても「得点力は大して上がらない」(理由7)、「バントが少なくなる」(理由9)などと説明しているが、パ・リーグの実績が蓄積されてきた今、そうした説明が正しいのか否かについては、実証的・客観的な事実を整理することができるはずだ。

そのため、今回のDH制を巡るシリーズでは、DH制導入に対する賛否や、今般DH制導入を提唱した某球団に対し思うところなどは抜きにして、DH制導入に伴う試合結果や戦術への影響について、淡々とデータに基づき整理していきたい。といいつつ、残念ながら今回は前置きを述べただけで随分と長文になってしまった。本論は次回とさせて頂きたい。