DH制導入による試合結果や戦術への影響を考える④

前回記事では、DH制の運用実態について、主に「DH」での先発出場選手をどうするか、という点を分析した。ただ、DH制の影響は、試合前に決する先発出場選手の選択だけでなく、試合中の作戦運用にも影響を及ぼし得る。本日は、この点について整理したい。

DH導入により代打数と敬遠数は減少。MLBではDH非導入のナ・リーグの方が犠打数が多い

野球の統計をみていると、NPBMLBとも、DH制を導入しているか否かで顕著にリーグ成績が異なるのが、代打数と敬遠数である。

まず、代打数は、DH制の非導入リーグの方が、導入リーグより倍以上多いセ・リーグでは1試合平均2人前後の代打が組まれているのに対し、パ・リーグでは平均1人前後にとどまる。MLBでも似た傾向がみられる(なお、ナ・リーグでは2020年の代打数が激減しているが、コロナ禍の影響で同年に限りDH制を採用した影響が大きいと考えられる)。これは、DH非導入リーグでは、試合終盤にかけて投手の打席に代打を送る戦術がとられるからとみてよいだろう。このシリーズの初回記事で紹介したとおり、セ・リーグではDH制を導入しない理由の一つとして「投手に代打を出す時期と人選は野球戦術の中心であり、その面白みをなくしてしまう」(理由2)と説明しているが、「面白み」をどうみるかは別にして、「投手に代打を出す時期と人選」という行為自体は、確かにDH制導入により大幅に減少することが確認できる。

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1チーム・1試合当たりの平均代打数

また、敬遠数についても、DH制非導入リーグの方が顕著に多い。これは、DH制非導入リーグでは、二死・スコアリングポジションに走者を置いた状況で8番打者を迎えた場合に、投手との勝負を選択し、8番打者を敬遠する確率が高いからだろう。

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NPBにおける1チーム・1試合当たり敬遠数

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MLBにおける1チーム・1試合当たり敬遠数

なお、MLBでは、DH制非導入リーグ(ナ・リーグ)の方が、犠打数も多い。これは、無死ないし一死で走者を置いた状態で投手の打順となった場合に、投手が犠打を企画する確率が高いからだろう。

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MLBにおける1チーム・1試合当たり犠打数

ただ、NPBにおいては、セ・パとも野手による犠打の企画数が多いこともあり、MLBのようにリーグ間の顕著な違いはみられない(送りバントの効用については、以前の記事で説明したとおりである)。そのため、ややくどいようであるが、セ・リーグがDH制を導入しない理由として公表された見解のうち「バントが少なくなる」(理由9)は、実態として必ずしもそのとおりになっていないということだ。

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NPBにおける1チーム・1試合当たり犠打数

投手運用(継投策)への影響も考えられるが、先発投手の投球イニング数への影響は限定的

戦術面への影響は、攻撃だけでなく投手運用にも及び得る。DH非導入リーグでは、攻撃回で投手に打順が回った場合の代打戦術と投手交代がリンクしているため、次の攻撃回で投手に打順が回る場合には、投手交代を控える可能性もあるし、一方、攻撃回で得点機を迎えた場合などには、続投があり得なくない状況でも打順の巡ってきた投手に代打を送る可能性もあり得る。

ただ、両者の可能性が相殺するからか、先発投手の試合毎の平均投球イニング数をみると、NPBMLBとも、DH制導入・非導入リーグ間の目立った差はみられない。そのため、監督の投手交代タイミングの図り方については、DH導入・非導入により作戦が異なり得るが、チームの編成上必要な先発・救援投手の構成については、DH導入による影響は限定的かもしれない。

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先発投手の試合毎の平均投球イニング数

最後に:まとめとちょっとだけ私見

以上、4回シリーズで述べてきたDH制導入による影響について要点を総括すると、次のとおりとなる。

①DH制導入リーグの方がやや打高投低となる影響(試合あたり+0.1~0.2点程度の効果)が見込まれる、②DH制非導入リーグでは、一塁手三塁手や外野手を打撃力重視で起用する傾向が相対的に強い、③ただし、打撃力重視の起用方針は、守備力の低下という代償を伴っている(第2回)。

パ・リーグでは、DHの打者は7割強が中軸を任されるスラッガーであり、4割強は外国人選手となっている。シーズンを通じDHを任せる打者を特定しているケースも一定数存在するが、一塁手左翼手などと併用しているケースの方が多数である。そのため、セ・リーグのDH制への移行は、必ずしも「新たにシーズンを通じたDH専業の外国人選手を獲得しないと順応できない」というわけではなく、現状のパ・リーグの運用実態並みの状態への移行は比較的容易とみられる。ただ、多少長い目でみると、DH制がある方が、守備力に目をつぶってでも長打力に秀でた外国人選手を獲得したり、守備や走塁などの「一芸」に秀でたアマチュア選手のスカウトに踏み切りやすくなるなど、チームの編成方針・スカウト戦略に影響を及ぼす可能性は否定できない(第3回)。

DH制導入リーグと非導入リーグとを比較すると、NPBMLBともDH制導入リーグの方が代打の起用数は半分以下となっており、敬遠数も顕著に少ない。また、MLBではDH制導入リーグの方が犠打数も目立って少ない。DH制は投手運用にも影響を及ぼし得るが、複数の影響が相殺しあう結果、NPBMLBとも先発投手の試合あたり投球イニング数については、DH制導入・非導入リーグ間の有意な差は観察されない(第4回)。

最後に少しだけ、セ・リーグにおけるDH制導入論に関し、やや取り留めがない卑見を申し述べることとしたい。

まず、何のためにDH制を導入したいのか、目的を明確化することが重要なのではないか。①コロナ禍という特殊な状況下における選手の負担軽減・故障リスク低減なのか、②パ・リーグとの実力差を解消するための「分業化」を通じた投打それぞれのレベルアップなのか。複数の目的・効用が期待できる、ということかもしれないが、①・②のいずれに力点を置くかによってDH制導入以外の施策を含む対応パッケージが異なってくるように思う。特に②レベルアップを目的とする場合、シンプルにDH制を導入しさえすればパ・リーグに追いつけるとは限らないだけに、戦略的には、セ・パの実力差を生んだ原因が実は何だったのか、という究明作業を行うのが先ではないか、と思えてしまう。

正直、ごく個人的な感性として言えば、本音ではDH制にあまり前向きではない。野球という競技の特徴の一つは、守備側と攻撃側のプレーが非対称であるとともに、各プレーの独立性が高いため、やろうと思えば投手に限らず守備・攻撃の担い手をどこまでも分離可能なことである。しかしながら、敢えて守備の担い手と攻撃の担い手とを分離せず、表の回で守備をしていた選手が裏の回で打撃をしているのは、「野球が走攻守の総合競技である」という基本コンセプトに根差しているのであって、その基本コンセプトにどこまで穴を開けてよいか、どこまでであれば穴を開けてよいか、「やろうと思えばどこまででも穴を開けられる」だけに難しい論争のように思えてならない。また、日本のプロリーグがいずれもDH制を導入するとなると、アマチュア球界への影響も小さくないため、その点も気がかりである。

ただ、どうしてもアンビバレントな感情に襲われるのは、以前、投手の分業制について記事にしたとおり、野球の進化の歴史は、分業化とともに歩んできた事実である。投手について「先発完投型」の因習を徐々に打破し、分業化を進めてきたように、投打の役割分担についても、競技の進歩・高度化と分業化が切り離せない宿命に置かれていることは恐らく否定し難い。打線に打撃専門の選手を組み入れると、攻撃力の増進に繋がることは間違いないし、投手も投球に専念し易くなる効果が期待できる。DH制を導入すると、長い目でみたとき、チームの編成面も含め、分業化の推進がレベルアップに繋がることは、否定し難いのではあるまいか。

このように、散々記事にしておきながら煮え切らない感じで申し訳ないのだが、セ・リーグへのDH制導入には「前向きではないが、いずれ不可避的」というのが筆者の意見である。だからこそ、一球団の短期的な利害得失に拘るのではなく、プロとアマの関係、野球の醍醐味・ファンの期待は何なのか、など、骨太な議論を期待したい。

いずれにせよ、2021年シーズンに向けた編成は概ね終えたところであり、あとは選手たちの奮起によりリーグのレベルアップと一層のファン拡大を図ることを期待するばかりである。むろん、そうした熱闘の末、カープ1984年以来となる日本一を奪還してくれるならば、それ以上の喜びはない。