クロン選手が「当たり」の場合、カープの4番は誰でいくべきか(Excelを使って打順論を分析してみた件)②

前回記事では、全員の打撃成績が均質な仮想チームに長距離打者、高打率打者を1人ずつ加えた場合について試算すると、長打力の高い打者は中軸に、打率の高い打者は上位に据えるのがベスト、との結果となることを説明した。本日はもう少し前提を複雑化させ、仮想チームに長距離打者ないし高打率打者を複数加えた場合について試算する。

仮想チームに高打率打者を2人加えるとしたら、1・2番がベストか

まず、仮想チームに高打率打者を2人加える場合について試算すると、「1・2番」の組み合わせがベスト、次いで「1・5番」という結果となった。「1・5番」は時々耳にする「打順のどこからでも得点できるよう、好打者を分散して配置すべき」論の表れなのだが、得点期待値の計算上は、よく「好打者が続くよう打線を組むべき」論に勝てないことが窺える。

f:id:carpdaisuki:20210205205115j:plain

高打率打者2人の打順配置と得点期待値

仮想チームに長距離打者2人を加えるとしたら、「4番・3番」がベスト

次に仮想チームに長距離打者を2人加える場合について試算すると、素直に「4番・3番」に置くことがベストという結果となった。次いで「4番・2番」「4番・1番」「3番・2番」という順となり、スラッガーは4番を軸として3番(それに次いで上位)に固めて配置するべきということになる。「打順のどこからでも得点できるよう、好打者を分散して配置すべき」という議論は、長距離打者タイプの打者に関しても当たらず、やはり好打者の打順は固める方が得点期待値を効果的に高められるようだ。

f:id:carpdaisuki:20210205210825p:plain

長距離打者2人の打順配置と得点期待値

仮想チームに「長距離打者」「高打率打者」を1人ずつ加えるなら、高打率打者を1番・長距離打者を3番に(長距離打者については僅差でそれに続き4番・2番)

さらに、仮想チームに「長距離打者」「高打率打者」を1人ずつ加えた場合、どうなるだろうか。その試算結果は「長距離打者」は3番(次いで4番・2番)に、「高打率打者」は1番に据えると、最も得点期待値が高まる。前回記事では「長距離打者は4番が定石」と説明したが、1番打者の打率が高いと若い打順のうちに走者数が貯まり易くなるため、長距離打者は僅かながら「3番」がベストとなり、それに次ぐ「2番」も殆ど遜色がない。

f:id:carpdaisuki:20210205211122j:plain

長距離打者・高打率打者の打順配置と得点期待値

「長距離打者」をさらに1人加えるとしたら、2人目の長距離打者は4番、次いで僅差で2番(高打率打者は1番、長距離打者は3・4番次いで2・3番)

仮想チームに「長距離打者」「高打率打者」を1人ずつ加えた状態から、さらに1人「長距離打者」を加える場合、2人目の長距離打者はどの打順に置くと良いのだろうか。上記の試算結果を踏まえ「高打率打者」を1番、「長距離打者」のうち1名を3番で固定し、もう1人の「長距離打者」の打順について試算してみた。

これによると、もう1人の「長距離打者」は4番打者とすることがベストであるが、2番打者に据えた場合も、得点期待値は殆ど遜色ない

f:id:carpdaisuki:20210205211831j:plain

高打率打者を1番に、長距離打者を3番に置いた状態から、さらにもう1人長距離打者を加える場合における打順配置と得点期待値

特に2人目の長距離打者を2番とする発想は、上位打線にパフォーマンスの良い打者を固めようというコンセプトであり、こうまで上位に好打者を固める打順の組み方をすると、さすがに偏っていて、打順の巡りによって得点の入り易いイニングと入り難いイニングが分化するのではないかという懸念を抱いてしまうし、実際それ自体は正しい。長距離打者の打順を「2番・3番」、「3番・4番」、「3番・5番」とした場合それぞれについて、イニング先頭打者の打順毎の期待得点数(1イニング当たり)の違いをとると、「2番」の場合には得点期待値の高いイニング・低いイニングの「山・谷」の差がひときわ大きいことが分かる。ここからも「2番打者重点化」とは、上位打線に繋がるイニングでとり得る点をとり切ってしまうコンセプトであることがはっきりとみてとれる。

f:id:carpdaisuki:20210205212655j:plain

長距離打者の打順配置と、イニング先頭打者別の得点期待値(1イニング当たり)

因みに、上図からもみてとれるように、長距離打者を「2番・3番」とした場合、先頭打者が9番で上位へと繋がっていくイニングでの得点期待値が高くなるため、9番打者に優れた打者を置くべきとの発想から、DeNAのラミレス前監督が好んで採用していた「投手8番」の有効性が取り沙汰されることがある。ただ、今回の試算方法に当てはめる限り、「投手8番」のときの得点期待値は3.9809、「投手9番」のときは3.9814と算出され、ごく紙一重で「投手9番」が上回るが、どっこいどっこいである。なぜこういう結果になるかというと、確かに「投手8番」の方が9番打者から始まるイニングでの得点期待値を高くできる(グラフの実線折れ線グラフ)のだが、「先頭打者9番」と並んで得点期待値の高い「先頭打者1番」となるイニング数については「投手9番」とした方が多くできる(グラフの破線折れ線グラフ)ため、両者の効果が打ち消し合うからである(※)。

(※)投手打撃成績の想定は、カープの2020年投手陣の打撃成績平均値を置いた。具体的には、「単打」/打席数:11.2%、「二塁打」/打席数:1.4%、「三塁打」/打席数:ゼロ、「本塁打」/打席数:0.5%、「四死球」/打席数:4.2%

f:id:carpdaisuki:20210205213915j:plain

投手の打順を「8番」「9番」とした場合のイニング先頭打者別の得点期待値(1イニング当たり)・各打順が試合中にイニング先頭打者となる回数期待値

以上、取り留めなく試算結果を紹介し続けたが、前回・今回の試算結果を総合すると、次のようなことが言えるのではないかと思う。

出塁率の高い選手については、まずは1番打者とするのが最適。なぜなら、1番打者は打席数が最も多くなるため、出塁率の高い選手を1番に置くと、最もチームとしての出塁数を多くできるからだ。

長打力の高い選手については、走者数の最も貯まり易い打順に置くのが最適。ただ、その打順が具体的に何番かについては、そのチームにどのような打者がいるかによって異なり、一概に言えない。

前回記事でみたように、打撃成績が軒並み平均的なチームに1人だけスラッガーがいる場合には「4番」が最適だが、1番打者の出塁率が高い場合には、より若い打順のうちに走者数が貯まり易くなるため、僅かながら「3番」に置くのが最適となる。さらにスラッガーを補強できた場合には、走者数の貯まる打順がさらに繰り上がるため、スラッガー2人の配置の仕方は「3番・4番」「2番・3番」が拮抗するようになる。

「あるべき打順」論については、在野のファンから野球解説者、研究者に至るまで百家争鳴である。以上でみてきたとおり、あるべき打順論は、その時代・リーグの強打者の人数等次第なので、この論争は永遠に終わらないと思う。また、各論者が念頭に置く投打バランスの前提が異なると、議論がかみ合わなくなることも珍しくないだろう。

最近MLBを中心に流行りだしている「二番打者重点化」の理論的根拠は、トム・タンゴ氏らの「The Book: Playing the Percentages in Baseball」なのだが、ネット上ではこの論文を巡り、「3番より2番が重要と言っている」「いや、最重要なのは出塁率の1番と長打力の4番であって、2番打者最強とまでは言っていない」といった解釈論争がみられる。ただ、その解釈のいかんにかかわらず、もしかするとタンゴ氏らが論文を公表した2007年からの10年以上の歳月の中で、タンゴ氏が思った以上にMLBの長打力水準が向上し、タンゴ氏らが当時主張した以上に二番打者の重要性が高まっている可能性は否定できない。
一方、野球評論家の江本孟紀さんが「“長打力と高出塁率”の両立を継続できる選手なんて、日本にはなかなか見当たらない」ことを理由に「二番打者最強論」を批判されているが、NPBの実態をどう評価するかはさておき、今回の分析に照らしても「強打者が少ないもとにおいては、二番打者の重点化が最適解ではない」という見方は支持できる。

いずれにせよ、田中広輔選手が復調し、大盛選手が台頭するカープでは、先頭打者の高出塁率を期待できそうなので(そう信じるもとにおいては)、2番から中軸にかけての打線が重要な得点源になってくることは確かなのだろう。

次回は、これまでの整理を踏まえ、クロン選手が「当たり」の助っ人となった場合、カープの4番は、クロン選手と鈴木選手のどちらが最適なのか、について考察したい。