「打順」は(あるべき論はさておき)実態としてどのように運用されてきたか・考

日本の野球ファンは「打順」のあるべき論をよく語りたがる。打順の組み方は監督の采配能力を占う要素として、あるいは各打者の個性を語る材料として話題となりやすい。特にチームの金看板「四番打者」は特別な思いが込められることが多く、なかんずく某在京球団では「第XX代四番打者」なんて表現が好んで使われる。同時に「いや、MLBでは三番打者重視である」とか「それも間違っていて、最近、MLBではセイバーメトリクスの研究成果を踏まえ、二番打者最強論なのだ」と唱える向きもある。

とりあえず打順の「あるべき論」についてはセイバーメトリクスの研究に委ねるとして、本日は、実態として、主にNPBにおいてどのような打順編成が行われてきたか、分析してみたい。

セイバーメトリクスが「二番打者最強論」を唱えているというのは半分誤解

本題に入る前に、まず前置きとして述べておいた方がよい点として、巷間たまに「セイバーメトリクスでは、チーム最強のスラッガーを二番に配置すべきとされている」と言われることがあるが、それは必ずしも正しくない。打順論の最も代表的な研究であるトム・タンゴ氏「The Book」によると、①打順の組み方による得点差はあまりない(160試合を通じて数点程度)、②ただ、その中では「一番、二番、四番」が最も重要であり、特に出塁率の高い打者を一・二番に、長打力の高い選手を四番に据えると良いとされている。

つまり、セイバーメトリクスも実は「四番打者最強スラッガー」を支持しているのであって、「二番打者最強説」とまで捉えるのはミスリードである。ただし、日本での“伝統的な観念”との比較において、二番打者の打撃力が重視されていることは確かであって、「セイバーメトリクスは二番打者『最強』を唱えている」伝説は、セイバーメトリクスと国内の伝統的な観念とのギャップを誇張した言説と思われる。

MLBにおける二番打者の重点化は2010年代以降の「最新トレンド」

近年、MLBでは「ヤンキースのジャッジ選手やエンジェルスのトラウト選手のように、二番打者にスラッガーを置くようになった」と言われることがあるが、いつから二番打者の重点化が進んだのだろうか。スタメン打順と、シーズン中のOPS(On-base plus slugging。打者の得点への貢献度を示す指標の一つで、出塁率+超打率によって算出される)との関係をみてみよう。次図は、1990年代以降のポストシーズンにおけるラインアップについて、最もシーズンOPSの高かった選手の打順別の分布を示している。

これをみると、2000年代までは、チーム内でOPSの最も高いスラッガーは、三番、次いで四番に置くケースが多かったが、2010年代入り後、急速に二番にスラッガーを置くケースが増加し、一方、四番に最強スラッガーを置くケースが大幅に減少したことがみてとれる。さらに興味深いことに、ここ2~3年は、OPSの最も高い選手を一番に置くケースもみられるようになっている。例えば、2020年シーズンのヤンキースでは、試合数が少なかったこともあり、打率.364の記録を残したトップバッター(LeMahieu選手)がJudge選手を凌いでOPSがチーム最高となっている。

ただ、ポストシーズンに進出できる程度の総合戦力を整えているチームであっても、必ずしも全てのチームで最強スラッガーを二番に据える運用がとられているわけではなく、チーム事情に応じ柔軟に運用されていることも窺える。

f:id:carpdaisuki:20201206111413j:plain

MLBポストシーズンにおいてシーズンOPSの最も高かった選手の打順

(注)各チームの出場した最終シリーズ(地区優勝決定シリーズ(DS)で敗退したチームについてはDS、DSは勝ち上がったがリーグ優勝決定シリーズ(LCS)で敗退したチームについてはLCS、LCSを勝ち上がったチームについてはワールドシリーズでのスタメン打順について集計。1994年はストライキによりポストシーズンを不実施。

「打順論」をよく語る割には、柔軟に運用されてきたNPB

それでは、「打順論」がよく語られるNPBでは、実態としてどのように運用されてきたのだろうか。各チーム・各シーズンでOPSの最も高い打者が、最も多く先発出場した打順について、分布を整理すると次図のとおりとなる。これをみると、確かにチーム内でOPSの最も高い強打者は「四番」での起用が最も多いのだが、いたるところで「四番打者がチームの柱であり顔である」と語られている割には、チーム最強打者が他の打順にも散らばっているのが実情のようだ。

とりわけ、OPSの最も高い打者が「三番」に配置されるケースは昔から多く、次いで五番、一番などである。冒頭で述べた「第XX代四番打者」の称号をよくいう某在京球団自身、かつての黄金時代にOPSの最も高い王貞治さんが三番(四番は長嶋氏)を打つことが多かったし、85年の阪神タイガースも「三番バース、四番掛布」であった。

f:id:carpdaisuki:20201206113927j:plain

NPBにおいてチーム内でOPS最高の打者が最も多くスタメン起用された打順

確かに、NPBにおいて、二番打者重視の打線は一般的でない

では二番打者はどうかというと、各チームで最も二番打者での先発出場の多かった選手の、チーム内でのOPSの順位(対象を打席数≧試合数×2以上の選手に限定)別分布を整理すると次図のとおりとなり、全体的に、あまり二番にOPS上位者を配置する傾向は見受けられない最近3年間に限ってみると、セイバーメトリクスMLBの影響を受けてか、二番打者重点化が進んでいるようにみえるが、足許の「二番打者重点化」の水準は、長めの時系列で比較すると、まだ振れ幅の範囲内にとどまっているようにもみえる

f:id:carpdaisuki:20201206114245j:plain

各チーム「二番打者」のチーム内でのOPSの順位別の分布

NPBにおいて二番打者にスラッガーを置くことに躊躇する一つ背景として、犠打を駆使する作戦運用が考えられる。ここで、各シーズンにおける犠打数の(NPB全体での)上位10名について、先発出場試合数の最も多かった打順ごとに分布を整理すると、次図のとおり、「二番打者」が最も多いことが分かる。例えば、カープの菊池選手や西武の源田選手は、いずれも犠打の名手であり、2020年シーズンにおいて最も多かった打順は二番であった。やはり伝統的にNPBでは、二番打者には一番打者の進塁をアシストする役割が期待されているということなのだろう。ただし、最近、「二番打者」の割合はやや低下気味で、下位打線が上位に回すときに犠打が駆使される局面が増えているように窺われる。

f:id:carpdaisuki:20201206114745j:plain

犠打数上位10名がスタメン出場した試合の打順

ただし、昔から二番打者重視の打線も例がないわけではない

ただし、二番にOPS上位者を置く例は、このところの「メジャー流」を輸入してからに限った話ではなく、昔から、例がなかったわけではない。以下、その例について、いくつか紹介しよう。

まず、一定の年齢以上の鯉党であれば思いつくのは、1970年代後半のカープ打線であろう。日本一に輝いた1979年のカープは、強打者が多かった中、「犠打を捨てた二番打者運用」がとられ、山本浩二選手に次ぐOPSを誇る衣笠選手が二番を打つ試合数が多かった。

また、1972年のカープでは、こちらは伝統的な二番打者タイプに近い三村選手がキャリアハイを迎え、OPSは四番・衣笠選手に次ぐチーム内第2位であった。

「二番打者」の話からは少し脱線するが、チーム草創期の金看板・白石選手は先頭打者を任されることが多かった。上記で、ごく最近のMLBでは一番打者にOPS最高の選手を置くケースがみられる、と述べたが、考えようによっては当時のカープはそういう最新トレンドを70年も前に先取りしていたというべきか、打順運用のトレンドが一周したというべきか・・。

f:id:carpdaisuki:20201206121008j:plain

「二番」にOPSの高い打者を置いたカープ打線

カープ以外の球団における例をみても、例えば1981年の西武では、二番を打つことが多かった石毛選手がチーム最高のOPSであった。また、チーム名を「ヤクルトスワローズ」とした初年の1973年のヤクルトでも、OPSがチーム最高の若松選手は、二番を打つ試合数が多かった。

f:id:carpdaisuki:20201206122051j:plain

「二番」にOPSの高い打者を置いたケース

本日は、以上、NPBMLBにおいて組まれてきた打順についてみてきた。NPBの打順の組み方は、スラッガーを中軸に置くなど基本線を概ね守りつつも、「打順論」として語られているよりかは柔軟に運用されてきたことを説明した。実際の打順の組み方は、チーム内の強打者数といった要素に加え、首脳陣が各選手に期待するチーム内での役割・機能度、選手側からみたときの役割に対する自覚・責任感といった数値に表れない要素が混じり合った結果なのかもしれない。

因みに、様々な意見があると思うが、筆者が2021年に期待するカープの打順を妄想すると、次のような感じだろうか。FA宣言せずカープに残ってくれた田中選手は出塁率が高いため、2020年シーズン終盤の調子どおりだとすると、上位打線への適性が高い気がする。また、大盛選手は一冬超えて、一段とブレイクするのではないか。そうした期待を込めて、セイバーメトリクスで「重視すべき」とされる一・二番に大盛、田中の両選手を置く案を考えてみた次第だ。

(左)大盛
(遊)田中広
(中)西川
(右)鈴木誠
(捕)會澤
(一)クロン
(三)堂林
(二)菊池涼
(投)