日本野球は左打者に期待するイメージがメジャーと違う?
日本プロ野球(NPB)において打者の約半数弱は左打者であり、日本人の左利きの比率(11%程度)と比べ、明らかに高い。日本プロ野球機構が公表している選手一覧をみても、左投手には左投左打の選手が多いのに対し、左打者は右投左打の選手の比率が非常に高い。さらに、シーズンオフのゴルフコンペのテレビ映像をみると、驚くことにバットは左打ちなのに、ゴルフは右で打っている選手さえみかける。これらから想像するに、元来、左利きでない左打者が相当数に上っているはずだ。それでは、なぜ、左利きでもない選手が左打者になるのだろうか。また、NPB・MLBで左打者になる動機や、左打者に期待される役割に違いはあるのだろうか。
左打者の多いNPBとスイッチヒッターの多いMLB
まず事実関係として、NPB・MLBにおける右打者・左打者・スイッチヒッターの比率(打席数ベース)を比較してみた。すると、NPB・MLBとも右打者の比率が5割程度という点では共通しているが、左打者の割合については、NPBにおいて45%を超え、足許も緩やかに高まっているのと異なり、MLBでは3割程度にとどまっている。ただ、スイッチヒッターについてみると、NPBでは5%に満たないのに対し、MLBでは約15%に上る。本来右利きの選手が右打者に特化しない判断をしたとき、NPBでは専業の左打者となる傾向が強く、MLBではスイッチヒッターになる傾向が相対的に強いという姿がうかがえる。
これに対し、投手についてはNPB・MLBとも左投手の比率(投球回数ベース)はともに30%前後であり、この比率は昔も今も比較的安定的である。また、冒頭みたとおり、左投手には左投左打の選手が多い。これらの事実を踏まえると、元来右利きの選手が左投手になることは、左打者ないしスイッチヒッターになるよりもハードルが高く、左投手を数多く作り出すことが難しいことを示唆している。
左打者となることのメリットは、大きく次の二点が指摘されている。第一に、左打者の方が一塁までの距離が近いうえ、左打者の方が打撃に伴う体の回転方向が一塁側に向かうため、よりスムーズに一塁に走り出しやすく、セーフになる確率が高いことである。このメリットは、打者が瞬足の場合、内野安打数の増加という形で大きな威力を発揮する。そして第二に、一般に右投手に対しては左打者の方がモーションやボールの出どころを見極めやすいことである。上述のとおり、左投手の割合は右投手より低く、先行きも左投手の急増が見込まれにくいため、左打者はより多くの投手との対戦において有利となりやすい。
NPBで左打者は俊足巧打向き?それに対しMLBでは投打の左右の相性重視?
NPBでは、左打者は上述のメリットの第一(内野安打を勝ち取れる確率の高さ)が重視され、俊足巧打タイプ向けといわれることが多い。一方、本塁打数重視の長距離打者タイプの場合、利き腕の方がボールを押し込む力を強く働かせやすいため、元々右利きなのであれば、そのまま右打者にした方が良いと判断されやすい。
NPBでは、こうした考えが打撃成績にも如実に表れており、左打者は内野安打数や盗塁数が多く、総じて「俊足」である。また、長打力に関する指標において右打者を下回るものの、打率では上回っており、「巧打」タイプが多いといえそうだ。既に第二話で触れたとおり、このコンセプトに沿った史上最高の左打者は、いうまでもなくイチロー選手だろう。
これに対し、MLBでは、「右打者が長距離砲、左打者が俊足巧打」というステレオタイプがあたらない。俊足巧打のタイプはスイッチヒッターになるケースが多く、左打者は上述のメリットの第二(投手の左右との相性)が重視されているようにみえる。なぜなら、MLBでは、右打者・左打者の盗塁数にほとんど差がなく、盗塁数の多さを誇るのはスイッチヒッターである。ただ、スイッチヒッターは左投手相手のときは基本的に右打席を選ぶわけで、左打席ならではの内野安打率の高さが重視されているようにはみえないし、実際、内野安打率は、スイッチヒッターを含め、打席の左右による差がほとんどない。また、左打者の打撃成績をみると、右投手との相性の良さからか、打率・長打力とも押しなべて右打者より成績が良い(もっとも、左打者の打撃成績の優位性はここ数年薄れてきている)。
このように、左打者に期待する技量が、NPBでは内野安打を獲得できる確率の高さ、MLBでは数多い右投手との相性の良さに比重が置かれてきたとみられる。ただ、NPBでも近年、ヤクルトの村上選手や西武の森選手など、強打者タイプを含め押しなべて左打者が増加傾向にある。左打者の比率が高まっていくと、NPBでもやがて「左打者は俊足強打タイプ、右打者は強打者タイプ」というステレオタイプが薄れていく可能性がある。
左打者は総じて有利といえるのか?
NPBにおける左打者の割合の増加は、左打者の方が総じて有利との見方が背景にあるのかもしれない。ただ、左打者にも弱点はある。それは左投手との相性の悪さである。まず、MLBのデータをみると、打率関連、長打関連のいずれの指標をみても左投手対左打者の打撃成績は悪い。その背景には、各打者のプロ入り前のキャリアを含め、左投手との対戦機会が相対的に少ないという習熟度要因が影響している可能性が考えられる。
NPBのデータをみると、打率に関しては、左対左が際立って相性が悪いわけではなさそうだが、長打力指標についてみると、左打者が左投手を苦手としていることがみてとれる。
現状、投手についてみると、防御率をみる限り、右投手・左投手の成績水準にほとんど差はない。NPB・MLBともクローザーは右投手に偏っているらしく、セーブ数については右投手の方が多いが、勝利数や防御率は同水準である。左投手は、対左打者でのパフォーマンスが良いのに、全体の成績水準が右投手と同程度になっているわけだが、これは現状の左打者の割合を前提とした話である。ある種の理屈上は、今後、左打者の割合が高まっていくにつれ、優れた左投手が好成績を残しやすくなる可能性が考えられ、注目していきたい。