「ルーズヴェルト・ゲーム」考①

今回から5回シリーズで「ルーズヴェルト・ゲーム」について考察してみたい(シリーズ全体のまとめは最終回参照)。「ルーズヴェルト・ゲーム」とは8対7で決着した野球の試合のことを指し、なんでも、F・ルーズヴェルト大統領が、1937年1月、野球記者協会から招待されたディナーへの欠席を詫びた手紙の中で「一番面白いゲームスコアは8対7だ」と記したことが由来とされる。

ルーズヴェルト・ゲーム」は、池井戸潤さんの小説タイトルとして有名になり、テレビドラマ化されたときは「決して諦めないサラリーマンに贈る逆転につぐ逆転の物語」という触れ込み付きだった。

しかしながら、筆者がへそ曲がりだからなのか、かねがね「8対7の試合は本当に逆転につぐ逆転がみられるのか」「そもそもファンの多数派は、8対7が最も面白いゲームスコアだと思っているのか」といった疑問を抱いてきた。

ルーズヴェルト・ゲーム」はMLB全試合中たったの1.1%

ルーズヴェルト・ゲームについて考察するにあたって、まずどの程度の試合がルーズヴェルト・ゲーム(8対7のスコア)となっているのかみてみよう。

20世紀以降のMLBの全試合(199,736試合(2020年シーズンは9月19日まで))中、「8対7」のスコアで決着した試合数は2,294試合であり、つまりルーズヴェルト・ゲーム」は全試合数のたった1.1%に過ぎない。

このようにルーズヴェルト・ゲームの確率が高くない理由として、日米とも長い歴史を通じ、野球の1試合当たり得失点数が概ね平均・最頻値とも4点台で正規分布のような分布をとってきた下、「8対7」というのは得失点数とも中心値(最頻値)から大きく外れているから、という説明ができる。

得失点数分布の最頻値から外れているためあまり多くみられないゲームスコア、という意味ではかつて野村克也さんが理想と述べておられた「1対0」も同様である(注)。20世紀以降のMLBにおいて「1対0」のスコアが全試合数に占める比率は、ルーズヴェルト・ゲームよりかは多いが、計4,688試合・全試合数の2.3%にとどまる。

(注)かつて野村克也さんは「守って攻める。これが私の口ぐせだった。・・1対0で勝つことを理想に、チーム作りをしていた」などと述べておられたとされる。

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MLBの全試合数に占める「8対7」と「1対0」の試合数の割合の推移

「8対7」と「1対0」は、あまり多くみられないスコアだからこそ、それが理想だと感じられ、あるいはロマンを求める心理が働くということなのだろうか。

F.ルーズヴェルト大統領の時代の野球のトレンド

「8対7」と「1対0」のいずれが好きかは個人の嗜好なのだろうが、F.ルーズヴェルト大統領が「8対7」のスコアを選好した背景には、当時のMLBの「投打バランスのトレンド」が影響している可能性がある。

1900~10年代のMLBは、「デッド・ボール時代」――試合中に殆どボール交換をしなかった中、ボールの傷や汚れにより打球の飛距離が伸びにくかった投手優位の時代――といわれ、MLB防御率などの歴代ランキングの多くはこの時代に集中している。次図は、MLBの各シーズン(1910年、1930年、2019年)中の試合について「何点以上とれば勝てる試合だったか(負けたチームの得点数+1点)」の分布を表しており、1910年代は1点とれば勝てた試合(つまりは完封勝ちした試合)が2割近くあったなど、少ない得点数で勝てた試合の割合が高かったことがみてとれる。

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MLBにおける年代別の「何点取れば勝てる試合だったか(負けチームの得点数+1点)」分布

しかしながら、1920年~41年にかけては一転、ベーブ・ルースをはじめとするスターに牽引される形で、圧倒的な打者優位の時代となった(いわゆる「ライヴ・ボール時代」)。デッド・ボール時代と比べ本塁打などの長打も増加したが、特に目を引くのは安打数・打率の高さで、MLBの歴代シーズン安打数記録ランキングは、殆どこの時代の選手とイチロー選手で説明がつくといっても過言ではないくらいだ。

「8対7が最も面白いゲームスコアである」という見方は、デッド・ボール時代からライヴ・ボール時代へと一気に振れていった中での最新のトレンド――打ち勝つ野球――への賛辞だったのではないだろうか。

以上、本日は、ルーズヴェルト・ゲームの「珍しさ」と、ルーズヴェルト大統領が「8対7」を愛した時代背景を述べた。そろそろ長くなってきたので、続きは次回にするが、冒頭で述べた疑問「8対7の試合は本当に逆転につぐ逆転がみられるのか」について考察することにする。