「ルーズヴェルト・ゲーム」考④

前回までの記事では、「ルーズヴェルト・ゲーム」のようにハイスコアでの接戦では、逆転がみられる回数が多くなること、そして逆転のみられる回数は、リーグ内での平均スコア(得失点数)との相関は低いが、リーグ全体として打高投低の場合には多くなり易いことを説明した。

本日は、こうした整理を踏まえつつ「そもそもファンの多数派は、8対7が最も面白いゲームスコアだと思っているのか」という問いについて考察してみたい。

全体の図式は「実際に逆転が起きる中での緊迫感」と「逆転が起きていないができるかもしれないという緊迫感」の違い

「8対7」派も「1対0」派も1点差ゲームであり、いずれについても、ワンチャンスで逆転できる(される)かもしれないという「逆転可能性」に伴う緊迫感に満ちている点では共通している。違いは、8対7の試合だと高い確率で、実際に逆転をみられるのに対し、1対0の試合では、逆転のチャンス(ピンチ)こそあったかもしれないが、実際には逆転が一度も生じなかった、という点である。

要は、「8対7」と「1対0」のいずれが面白いと思うかは、実際の「逆転」をどの程度みたいか、という価値観次第ということなのだろう。

投打のバランスは「設計」するもの?

ところで、最近、筆者は米国の古生物学者にして大の野球ファンであったティーブン・ジェイ・グールド氏「フルハウス(生命の全容)」(2003年)に今さらながら感じ入っている。グールド氏は「なぜ4割打者が消滅したのか」といったテーマで説を展開されており、この点については後日改めて触れたいが、MLBのリーグ打率が(デッド・ボール時代やライヴ・ボール時代を経て)戦後ほぼ一貫して.250前後で安定的に推移している理由として、ルール管理者が無意識的ながらも人為的に、ボールやマウンドの規格、ストライクゾーンの広さなどの細部ルールを調整した結果だと述べている。

ルール管理者による調整以前に、野球を始めた前途有望な青少年たちの「将来プロになったときに最も活躍し易いであろう」ポジション選択におけるアービトラージが機能している可能性があるように思うのだが、もしそうだとしても、グールド氏の指摘されたルールの微調整が施されてきた可能性は否定できないし、野球も興行である以上、ファンの歓心を最大化するための「微調整」はルール管理者の合理的行動だと思う。

そこで、グールド氏の説に立って、もしルール設計者であったならば、「8対7」と「1対0」のどちらを選好し、どのような投打バランスとなるよう取り計らうのが最適なのだろうか。

逆転重視なら打者優位に設計するべき。しかし・・

実際の「逆転」を多くみたいなら、前回の記事でもみたとおり、リーグ全体の得点数(=失点数)が多くなるよう制度設計すべきということになる。そうなると、「宮島さん」を今より多く歌うことができるようになり、さぞエキサイティングだろう。ただ、「8対7」に試合を観たいあまりにハイスコア選好なルール調整を図ろうとする場合には、逆転も増えるがワンサイドゲームも増加するという副作用に留意する必要があるだろう。

ここでMLBの歴史をみると、「1試合平均得点数」と「6点差以上の試合数」との間には相関係数0.826という強い相関関係が認められる。リーグ全体として打高投低(得失点数がともに多い)となった場合、ハイスコアでの接戦だけでなくワンサイドゲームも多くなるというのは、いわれてみれば当然の話だろう。

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MLBにおける1試合当たり平均得点数と「点差6点以上の試合数」の推移

この点確かに、リーグ全体としての得失点水準が高い状況下では、大量得点差をつけられても逆転可能性が残るのではないか、との見方はあり得る。しかしながら、MLBの歴史をみると、打者優位の時代(1920~41年の「ライヴ・ボール時代」)を含め、逆転できた最大ビハインドは、概ね7~10前後で推移しており、要はたとえ打者優位なリーグ環境であっても逆転可能な点差には自ずと限度があるということだ。

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MLBの逆転試合における最大ビハインドの推移

本日の結論は、「得失点数がともに多いリーグ」では逆転が多くみられる一方、ワンサイドゲームも多くなる。「得失点数がともに少ないリーグ」についてはその逆のことが当てはまり、よく言えば試合の引き締まり具合が高まる半面、淡白過ぎるという見方もあり得る。グールド氏の説のとおり、ルール管理者が投打バランスを無意識的に、けれど人為的に微調整しているのだとすると、この両者のトレードオフの中でファンが最も選好する水準に無意識的に、けれど人為的に着地させている、ということなのだろう。次回は、結局のところ、ここでいう「ファンが最も選好する得点水準」がどの辺りにあるのか、について考察することにしたい。