「4割打者」絶滅とコロナ禍の特殊なシーズン②

前回の記事では、主にMLBについて「4割打者が約80年にわたって出現しなくなった」こと理由として、①MLBの歴史を通じ、BABIPの分散が安定的に推移しており、すなわち、一定のレンジを超えて、インプレーの打球が安打になる確率を高めることは滅多にないこと、②趨勢的に三振の比率が高まっていること、の2つの要因を述べた。
今回は、この点について、もう少し掘り下げてみたい。

コロナ禍で試合数を大幅に削減して催行された2020年MLBは「4割打者登場」の好機だったのか

前回の記事でも、MLBにおいて2020年が従来のトレンドとは大きく乖離した異例なシーズンだったことを述べた。打率、BABIPなどいずれの指標をみても、例年にない程度に打者毎の成績のバラツキ(分散)が大幅に拡大した。このことは、ウィルス感染拡大や収束の見通しの不透明性ゆえのコンディション調整の難しさ、といった要素もさることながら、端的に試合数が少ないため、選手毎の成績のバラツキが収斂しないままシーズン終了を迎えてしまったという理由が大きいだろう。そして、2020年シーズンは、いずれの打撃指標についても平均値が低下している点を踏まえると、打者成績はバラツキの拡大をみながらも、総じてみると打者不利(投手有利)であったと言えるのではなかろうか。

ここで、MLBにおける打者毎のBABIPの分布をみてみよう。次図をみると、前回の記事で説明したとおり、ライヴ・ボール時代といわれた1930年代も2010年代もBABIPの平均水準は概ね同程度で、かつ分散は歴史的にほぼ安定しているので、長い時代的隔絶にかかわらず、1930年代と2010年代の分布図はほぼ同じ絵姿となっている。これに対し、2020年シーズンについては、分布図の裾野が広がり、特に左側(BABIPの低い選手の比率)が高くなっていることがみてとれる。

f:id:carpdaisuki:20201015215121j:plain

MLBにおけるBABIP分布(1930年代、2010年代、2020年の比較)

なお、2020年シーズンにおけるこうした傾向は、MLBほど顕著ではないが、NPBにおいても観察される。2020年のBABIP分布は、概ね2010年代の傾向と変わらないが、2020年については、裾野が広がっていることがみてとれる。

f:id:carpdaisuki:20201015215441j:plain

NPBにおけるBABIPの分布(1950年代、2010年代、2020年の比較)

このように、試合数の縮減は、総じてみると歴史的高打率どころか投手有利に作用したというべきなのだが、打者成績の分散が拡大した点を捉えると、確かに4割打者出現の好機であったとみることができるだろう。

4割打者出現の確率をやや大胆に試算してみる

ここで、これまでの記事で紹介したMLBのBABIP等のデータを使って4割打者出現の確率を簡易に試算してみよう。上図でみたとおりBABIPの分布は、正確にみれば中央値・最頻値に対して左右対称な正規分布ではなく、やや最頻値が右側にずれていて、左側の裾野が広めになっているようにみえるが、ここではひとまず計算処理の便宜から正規分布を仮定してみた(そのため、ここでの試算結果は、実際よりもやや4割打者の出現確率を低く見積もっている可能性は否定できない)。

「BABIP=(安打-本塁打)÷(打数-三振-本塁打犠飛)」という計算式を変形すると、安打=(BABIP×(打数-三振-本塁打犠飛)+本塁打)であり、さらに変形すると、打率(安打÷打数)=BABIP×(1-三振率+犠飛率)+(1+BABIP)×本塁打率、となる。ここで犠飛数は少ないので無視し、本塁打率をリーグ平均値どおりで定数項化すると、「打率4割」を成否は「BABIPの高さ」と「三振率の低さ」の2要素のバランスにより決まることになる。

こうした大胆な仮定を置いて試算すると、現代野球(2010年代)の高い三振率のもとでは、いくら運にも恵まれ高水準のBABIPを達成できても、打率4割は相当に絶望的であることが分かる。他方、1930年代では、テールイベントであることに変わりはないものの、リーグ有数の三振率の低い選手であれば、数年に一度(0.05~0.1%――対象選手数が年200人とすると、5~10年に一度)の頻度で打率4割を達成できる可能性が見込めそうだ。2020年シーズンについては、1930年代よりやや確率が下がるが、概ね同じことが当てはまりそうだ。

f:id:carpdaisuki:20201015215921j:plain

MLBにおける4割打者出現の可能性の試算

これを「打率3割7分」に引き下げると、2010年代については引き続き期待薄であるが、1930年代や2020年シーズンについては、達成可能性が高まりそうだ。この試算結果は「4割に迫る」打率を残せた選手であれば何例か見当たる(2000年トッド・ヘルトン(.372)、1994年トニー・グウィン(.394)、1980年ジョージ・ブレット(.390)など)こととも符合する。

f:id:carpdaisuki:20201015220310j:plain

MLBにおける「3割7分」打者出現の可能性の試算

4割打者の可能性があるとしたら――「4割打者4要件」

以上を総合し、次に4割打者が出現する可能性があるとしたら、どのような打者なのだろうか。

まず、2020年シーズンのように試合数が少なく、打撃指標の分散が大きくないと、到底おぼつかないことが分かった。試合数の設定はリーグの運営次第だろうが、打数を少なくできる要素があるとしたら、四死球が多いことだ。実際、上記のトッド・ヘルマン(2000年)やロニー・グウィン(1994年)らは、共通して四球率が高かった。NPBにおける最高打率を残したバースやクロマティについても同じことが当てはまる。

それから、上記の試算でもみたとおり、②三振が少ないことである。「打率4割」は、三振率が低ければ達成できるものでもなさそうだが、三振率が高いのに達成することは絶望的に難しそうだ。

あとは、次回の記事で改めて触れようと思うが、BABIPの水準を少しでも高くするためには、③できれば走力が高く、さらに④運に恵まれることである。因みに日本が誇る安打製造機であったイチロー選手については、②と③の要素が当てはまる。

このシリーズの最後に、時々「4割打者が出現しなくなった理由は、セイバーメトリクスの発達に伴い、OPSなど長打力を含む指標が重視されるようになったことに伴い、4割打者が必要とされなくなったからである」という言説が聞かれるようになったため、次回は、4割打者不要論も含め、得点への貢献度の高い「理想の打者増」について少し考察してみたいと思う。