バント考

プロ野球でもバントは有効な作戦?

ノーアウト1塁の場面での送りバントをする作戦は、よほど打率の低い打者でない限り生還率(ないし期待得点)が低下するため得策でない、というのはセイバーメトリクス最大の発見の一つといわれている。

一方、長い野球の歴史の中で送りバントが有効な作戦と考えられてきた面は否定できず、プロ野球の長期時系列の計数をみても、投手が打席に立たないパリーグを含め、近年に至るまで犠打数はそれほど減少していない。

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犠打数推移

得点圏に走者を進めると得点機拡大?

日本の野球界で、なぜ送りバントが有効と考え続けられているのか、という疑問に答えるのは難しいが、あえて一つの仮説を提起してみたい。

野球中継をみていると、走者が1塁のままだと複数単打ないし長打がでない限り得点を期待し難いのに対し、得点圏に走者を進めると単打1本でも得点が入り得るため、「まず1点」という局面では選択肢の一つ、という解説が聞かれる。この話を、ごく単純な計算式(四死球や失策による出塁やダブルプレーはいったん無視し、安打か凡退のいずれかという二項分布を想定。そのうえで、打率2割5分、安打数に占める単打の確率が70%、二塁打が15%と仮定)に置き換えると、次のとおりとなる。

ノーアウト1塁からイニング中に複数安打ないし長打が出る確率は、安打が出ない確率(42%程度=0.75^3)、単打1本しか出ない確率(22%程度=3×0.75^3×単打率[0.25×0.7])との残差をとることにより算出され、36%程度となる。

これに対し、ワンアウト2塁からイニング中に安打が出る確率は、上記と同様、安打が出ない確率(56%程度=0.75^2)との残差をとることにより計算され、44%程度となる。

つまり、①バントが確実に成功させられ、かつ、②2塁走者は単打でも生還可能、さらに③四死球などの可能性を捨象、という前提のもとにおいては、確かに、ノーアウト1塁の場面からの送りバントは、相当程度(44%-36%=8%程度)生還率を高められる、という計算になる。

単打による2塁からの生還率を織り込んでも・・・

確かに、この①~③の前提は無条件に受入れられるものではない。

まず、①について、プロ野球でもバントの成功率は7~8割程度であり、当然、バントに失敗した場合、生還率の低下を招くことになる。ただ、カープの菊池選手のようにシーズンを通じ、バントを殆ど成功させている選手が(ごく少数ながら)いることも事実である。

②についても、単打で2塁走者が確実に生還できるわけではなく、生還率は、ツーアウトの場合には約8割にのぼるものの、ノーアウトないしワンアウトのケースでは5割程度との統計がある。

https://news.yahoo.co.jp/byline/okadayusuke/20190926-00144199/

上述の簡易な試算式に、この生還率を当てはめてみよう。

ワンアウト2塁から安打が出る確率が44%あるとしても、単打1本しかでなかった場合、得点に結びつくのは、それがノーアウトないしワンアウトからであれば5割、ツーアウトからであっても8割のケースに限られる。そのため、ワンアウト2塁からの生還率は、単打1本のみがでた場合に生還できない可能性を勘案すると、算術上、7%程度は差し引く必要がありそうだ(ノーアウトないしワンアウトからの単打1本のみで生還なく攻撃を終える確率は、0.75^2×単打率[0.25×0.7]×生還不能率[1-0.5]。ツーアウトからについては0.75^2×単打率[0.25×0.7]×生還不能率[1-0.8])。

他方、ノーアウト1塁からの強攻策を選択した場合も、単打2本ないし二塁打1本が出ても得点が入らない可能性(計算経過は省略するが3%程度)があるため、生還率の算術上、やはり差し引く必要がある。いずれにせよ、単打で2塁走者が生還できない確率を織り込むと、送りバント選択による生還率の「過大評価」が修正される。

ただ、興味深いのは、この簡易な試算上、単打で2塁走者が生還できない確率を勘案してもなお、送りバントを選択した場合の生還率は、強攻策をとった場合を上回っていることである。

四死球を織り込むと結論が逆転

今なお送りバントの有効性が(相応に)肌感覚で信じられている背景には、上述のようなごくシンプルな計算が念頭に置かれている可能性はないだろうか?

上述の簡易な試算とセイバーメトリクスの分析結果との最大の違いは、③の要因、すなわち、上記の試算では四死球や失策を全く織り込んでいない点である。実際には、プロ野球の試合でも安打数の半数近い数の四死球が出されており、攻撃側は、アウトカウントが少ない状態にあるほど多くの四死球を選択し、得点機を拡大できる確率が高い。

そこで、打数に占める打率2割5分、という前提を維持しつつ、打席数の1割が四死球による出塁と仮定して上記の試算をやり直すと、強攻策を選択した方が高い生還率を得られることが分かる(次表③)(ややテクニカルになるが、算術上、四死球の可能性を織り込む結果、それまでの試算と逆の結果が導かれる理由は、ノーアウトランナー1塁から四死球がでた場合には1塁走者が進塁し、生還率が高まるのに対し、ワンアウト2塁からの四死球では(期待得点は高まるだろうが)2塁走者の生還率は不変と算定されるため)。

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以下、仮説というか雑感の域を出ないが、攻撃側ベンチの作戦立案上、四死球や失策は一義的には相手側の営為の結果だし、走者が出たときの投手心理への影響も読み難い面があるため、もしかするとこうした「他力本願的な要素」は、味方チームの攻撃結果にかかる不確実性と比べ、織り込まれにくいのかもしれない。

バランスのよい作戦立案を

以上を総合すると、総じてみるとやはりノーアウト1塁からの送りバントは多くの場合、生還率を高めないとみるべきだろう。そのうえで、送りバントを選択して「1点を取りに行く」判断の合理性は、ノーアウトでの1塁走者を置いたときの打者の打率に加え、相手投手の与四死球率が考慮要素になると思われる。

また、セイバーメトリクスに現れない要素として、事実として日本球界の中で「アウトカウントを増やしてでも得点圏に走者を進めることで得点機が拡大する可能性がある」と多くの関係者が認識している事実自体が、いざ得点圏に走者が進んだ場合の投手心理などに及ぼす影響も無視できないように思う。

いずれにせよ、佐々岡監督には、是非、状況に応じ、ファンをうならせ、そしてスカッとさせるような作戦の立案を期待したい。