聖地・マツダスタジアムの個性を考える③

前回までの記事では、MLBNPBの各本拠地球場の広さやフェンス高、所在地などの「個性」について整理した。今回からは、こうした球場の「個性」が打撃成績に及ぼす影響について整理したい。

ほぼ毎年、本塁打の出易い球場というのは確かに存在する

まず、今回の記事で使う指標について紹介する。セイバーメトリクスでは、「球場」要因によりどの程度投手ないし野手が有利になっているのか、測定するための指標として「パーク・ファクター」という係数がある。「パーク・ファクター」は次の計算式により算出され、もし球場ごとの本塁打や得点などの発生確率が完全に均等な場合には「1」になり、一方、ある球場において特に本塁打や得点などが出やすい(/出にくい)場合には「1を超えた(/下回る)値」になる。そして球場による打者優位(/投手優位)の「偏り」が大きいほど数値は大きく(/小さく)なる。

(例)マツダスタジアム本塁打パークファクターの計算式

PF={(マツダでのカープ本塁打マツダでのカープ本塁打)/マツダでの試合数}/{(マツダ以外でのカープ本塁打マツダ以外でのカープ本塁打)/マツダ以外での試合数}

この指標には、効用と限界が存在するのだが、その話は後にするとして、2001~20年シーズンを通じ、MLBNPBともほぼ毎年のように本塁打が出易い球場というのは、やはり存在する。次図では、2001~20年シーズンのうちに本拠地の本塁打パーク・ファクターが15回以上1.05以上の球団に「○」印を付してみた。NPBでは東京ドーム、横浜スタジアム神宮球場MLBではホワイトソックスオリオールズヤンキースロッキーズ、レッズは本拠地の本塁打が出易いようだ。

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パークファクターが毎年のように高い球場(2001~20年)

(注)右中間・左中間の膨らみ、フェンスまでの平均的距離は、いずれもフェンスまでの高さを勘案後ベース(勘案の仕方については、このシリーズ第1回目の記事参照)

これらの球場で本塁打が出やすい理由について考察してみると、NPBについては、ほぼ毎年のように本塁打・BABIPとも、パーク・ファクターが高い球場は、狭い(ないし右中間・左中間・右中間の膨らみが少ない)ところとなっており、図式が分かり易い。なお、上表においてカープの球場が平均より狭いとされているのは、2001~2008年に旧広島市民球場を本拠としていたことによるものである。

一方、MLBについては、少し分り難い。球場の広さ(ないし右中間・左中間・右中間の膨らみ)だけでなく、所在地の空気密度(標高の高さ、気温)についてもバラツキが大きいため、一概に傾向を語り難い。ただ、本塁打パーク・ファクターの高い「常連」球場については、(イ)標高1,600メートルの高地にあるロッキーズ本拠地のクアーズ・フィールドをはじめ空気密度が低い、(ロ)狭い(ないし右中間・左中間・右中間の膨らみが少ない)のいずれかというケースが多い・・と言えなくない。なお、ヤンキースタジアムについては、旧ヤンキースタジアムの隣地に、しかもほぼ同サイズで建造したにもかかわらず、2009年の新球場移転以降、急に本塁打が増加――特に右翼席方向の本塁打が急増――している。風向きの影響などの説があるようだが、きちんとした理由はよく分からないという。

本塁打パーク・ファクターの変化:本塁打の出易さの「調整」

次に、パーク・ファクターの「変化」についてみてみよう。

当然のことながら、改修などにより球場の広さなどを変更すれば、パーク・ファクターは非連続的に変わってくる。この点、NPBでは、前回の記事でも触れたとおり、楽天ソフトバンク、ロッテの3球団では2010年代入り後にラッキーゾーンのようなものを設置し、右中間・左中間・右中間の膨らみを少なくした。その理由として、一つにはラッキーゾーン内に客席を設けることによる観客収入増の狙いがあるのだろうが、それだけでなく「ホームランはお客さんが一番喜ぶ」(ソフトバンク・王球団会長)という「本塁打の出易さの調整」という側面もあるのだろう。以前の記事で紹介したグールド氏の主張のとおり、野球のルールはファンの最適効用を目指して無意識的に微調整されることがあり、本塁打の出易さの調整もその一環なのかもしれない。

いずれにせよ、このことが強く影響し、パ・リーグ本塁打パーク・ファクターの「高い球場」「低い球場」の順位は、シーズンによる変動が大きい。次図をみると、福岡ドーム千葉マリンスタジアム本塁打パーク・ファクターは、それぞれラッキーゾーンのようなものの設置を境に大きく上昇していることが分かる。

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パ・リーグ各球場の本塁打パーク・ファクターの推移

これに対し、セ・リーグについては、2009年にカープマツダスタジアムに移ったのが最後で、それ以降、球場の広さを大きく変えるような改修や建て替えなどは行われていない。そのため、セ・リーグでは神宮、東京ドーム、横浜スタジアム本塁打の出やすい球場、マツダスタジアム、甲子園、ナゴヤドーム本塁打の出にくい球場という明確な図式が安定している。次の建て替えは、神宮球場だろか。現時点の計画では秩父宮ラグビー場と土地交換するようだが、新球場はどのような設計になるのだろうか。

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セ・リーグ各球場の本塁打パーク・ファクターの推移

本塁打の出易さの調整」については、MLBでもしょっちゅう行われている。例えば、マリナーズは2013年シーズンから、マーリンズでも2016年シーズンから、ジャイアンツでも2019年シーズンから、フェンス位置を前方に変更したりフェンス高を下げるなどして本塁打が出やすくなるよう改修された。その結果、本拠地での1試合当たり本塁打数は、改修の直前直後で比べると確かに増加したようにみえる。ただし、「パーク・ファクター」についてみると、変化幅の大きさがやや相対化されていて、「効果覿面」といえるかどうかはケース・バイ・ケースのようだ。パーク・ファクターが球団数の多い中での相対的な指標であること、多くの球団が球場の広さの調整を図っていることなどが影響しているのではないかとみられる。

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球場改修前後の本塁打数・本塁打パークファクターの変化

次回は、安打数・得点数のパーク・ファクターについてみるとともに、パーク・ファクターという指標の限界を考察してみたい。