中村奨成選手の記録とこれからへの期待

先週末、ファームで首位打者だった中村奨成選手がついに一軍に昇格した。中村選手といえば、(当人としては、高校時代の話は既に終わった出来事としてそっとして欲しいのかもしれないが、それでもやはり)2017年の全国高校野球選手権大会で6本の本塁打を放ち、あの清原選手が打ち立てた大会記録を32年ぶりに塗り替えた記憶が未だに強い。

この記録がいかに稀有で達成困難なものであるか、例によって試算してみた。
今回の試算方法は、(1)大会中に巡ってくる打数の期待値を求め、(2)打数に対する本塁打の発生確率を当てはめることにより、大会中に巡ってくる打数のうちに6本の本塁打が出る確率を算出する、というものである。

1.大会中に巡ってくる打数

大会中に巡ってくる打数については、①1試合中に巡ってくる打数、②大会トーナメント中に出場し得る試合数(1回戦敗退、2回戦敗退・・決勝進出)の確率分布を試算し、これらを踏まえ、大会中に想定される総打席数の期待値を導くことにした。

①1試合中に巡ってくる打数

1試合中の「打数」については、試合展開次第で増減があり得るわけだが、プロ野球2019年シーズン全試合の打順ごとの「打席数」分布のデータが手許にあったので、それを基に仮定を置くことにする。ここで「打数」と、四死球などを含む「打席数」とでは概念が異なるが、試算上、四死球などの発生確率は打順にかかわりなく均等であり、プロ野球の同年シーズンの平均(打数/打席数=88.1%)並みと仮定して、打席数のデータから四死球等相当割合を減じることにより「打数」分布を推定してみた。打数は打順によって異なる(打順上位の方が打数が多くなる)が、広陵高校時代の中村選手と同じ3番打者を想定すると、1試合中に期待される打数の確率は、2打数:0.2%、3打数:7.9%、4打数:54.1%、5打数:33.4%、6打数:4.2%、7打数:0.3%と算出される。

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1試合ごとの打席数の分布(打順別)

②大会を通じた総打数

次に、出場試合数のパターンごと(初戦敗退なら1試合・・決勝まで進出すれば6試合)に、1試合中の打数の期待値(上記①)を掛け合わせることにより、大会を通じた総打数(出場試合すべての打数の合計)の期待値を試算する。
出場試合数が1試合の場合、上記①の計数そのまま「2打数:0.2%、3打数:7.9%、4打数:54.1%、5打数:33.4%、6打数:4.2%、7打数:0.3%」となるし、出場試合数が2試合以上の場合、試合ごとの打数のパターンにかかる順列組み合わせを踏まえて計算していく(例えば出場試合2試合・計6打数となる確率=「2打数:0.2%」×「4打数:54.1%」×2+「3打数:7.9%」^2)。順列組み合わせのパターンがあまりに複雑なので経過は省略するが、計算結果は次グラフのようになった。

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出場試合パターンごとに期待される大会を通じた打席数

出場できる試合数

チームの勝率について一概に仮定するのは難しいが、いったん、勝率5割と仮定してみよう。この場合、出場試合数が1(1回戦敗退)となる確率が50%、2回戦敗退の確率が25%・・となり、勝戦(6回戦)まで進出できる可能性は3.1%となる。
この出場試合数の期待を上記の試算結果に当てはめてみると、大会中に26~27打数に巡り合える確率の高い6試合に出場できる確率は3.1%に過ぎず、50%の確率でせいぜい4~5打数のみにとどまるであろう1回戦のみの出場で甲子園を去ることになる。

このように、勝率5割の場合に想定される出場試合数の確率と、上記の試算結果とを仔細に掛け合わせていくと、少し細かいが、次表のとおりとなる。勝率5割だと1~2回戦目あたりで敗退する確率が高いため必ずしも多くの打数は期待しがたく、大会を通じた総打数の最頻値は9(発生確率9.2%)となる。

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勝率5割の場合に期待される大会を通じた総打数の期待値

2.本塁打の発生確率

次に、打数に対する本塁打の発生確率を求めることにする。ここでは「とにかく打ちまくる」強打者の本塁打の発生確率として、2013年のバレンティン選手(当時ヤクルト)の「439打数60本塁打本塁打率=0.137)」を用いてみた。年間60本塁打は日本プロ野球記録であり、約8打数に1本の割合で本塁打が飛び出すというのは、改めて驚異的というしかない。
何打数目に6本塁打が達成できるか、について「負の二項分布」を計算したのが次図である。

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2013年バレンティン選手であれば何打数目に6本塁打に達するか

 

3.大会中に6本塁打が出る確率:チームの勝率5割ならたったの0.86%

最後に、1.で求めた「大会中に巡ってくる打数」に、2.で求めた「本塁打の発生確率」を掛け合わせる。すると、勝率5割のチームにおいて、大会中に6本もの本塁打が出る確率は、2013年バレンティン級の選手でも、たったの0.86%という計算結果となる。この数字を額面どおり受け止めると、「バレンティン級の強打者」が出場しても100年以上達成できない可能性のある記録ということになる。

いかに当人が強打者でも、勝ち進まないと多くの本塁打を期待することは難しく、そのことがこの記録の達成を相当難しいものにしている。そんな強打者がいるチームは、その事実だけをもって強力であり、容易に勝ち進めるに違いないと思うかもしれないが、2013年のバレンテイン選手のWARが7.5であったが――143試合シーズンにおいて(標準的なレギュラー選手たちに比べ)追加的に5~6勝(勝率に換算して4%ほど)をもたらしたことを意味する――、逆にいうと、このクラスの選手でさえ一人で引き上げられる勝率の幅は4%前後であり、スター選手一人だけで確実な勝利を呼び込むことは容易でない。

強豪校の勝率(.624)なら6本塁打の確率は1.98%

とはいえ、現実的には、高校野球の出場校の強さは均質ではなく、いわゆる強豪校には多くの優秀な選手たちが集結し、出場チームごとの勝率には相応の偏りがある。実際、夏の甲子園での歴代通算勝利数上位50校の勝率は.624に上る。
そこで、1.③の仮定を「勝率.624」に置き換えて試算し直すと、はたまたやや細かいが、次表のとおりとなり、大会中に6本塁打が出る確率は1.98%となる。上記の勝率5割想定と比べ、達成確率は倍以上になるが、それでもなお、「バレンティン級の強打者」にとって50年に一度程度しか達成できない難易度である。

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強豪校の勝率をあてはめた場合に期待される大会を通じた総打数の期待値

4.まとめ

これまでみてきたとおり、この記録の難しさは、打者当人の打撃能力やコンディションの良さに加え、チームが勝ち進めないと達成できない点にある。

今回の試算で求めた確率は、一人のスラッガーが一大会中に6本塁打を達成できる可能性を占ったものであり、一見すると、試合開始前時点では、出場選手皆に等しく与えられた可能性のようにみえる。しかしながら、「2013年バレンティン級」に多くの本塁打を打てる才能は稀有であり、これだけの低い確率の挑戦に臨める選手数は、相当に限られている。そんな厳しい稀有な才能のある選手が挑んでも、6本塁打を打てる確率は相当に低い。そのようにみていくと、清原選手の記録が30年以上破られなかった理由が改めて分かる気がする

さて、中村選手の現在地とこれから

中村選手は、期待されて地元・カープに入団した。プレッシャーも大きかったろうし、レギュラーの会澤選手はいうに及ばず、磯村選手や坂倉選手など若手の有望な捕手がひしめく中、悩んだ日々も少なくなかっただろうと想像する。そして、今春の日南キャンプでは、初めて一軍キャンプに召集され、真摯に練習に取り組んでいた姿が脳裏に焼き付いている。

中村選手のファームでの成績は、データを見ただけでも着実に成長している。次図は、若手プロスペクトの選手数名のファームでのOPSの推移である。2019年には若手主体で挑んだフェニックス・リーグで優勝しており、そこでのデータも加えている。中村選手のOPSは、初年度こそ5割台だったが、7割前後にまで良化している。ただ、同世代の捕手のライバルとなる坂倉選手の壁はまだまだ高い。さりとて、他のポジションの若手野手も着実に成長しており、この打撃成績をもってして「外野にコンバートすれば打者として有望」とまで言い切れない難しさがあり、いずれにせよもう一皮剥けることが期待される。

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カープ若手選手のファームでのOPS推移

このように中村選手のOPSは一段の伸びが期待されるところだが、今シーズンの改善点は制球眼の向上ではないかとみている。次図は、打者の制球眼の良さを示す指標であるBB/K%(四球数÷三振数)を拾ったものであり、今シーズン、これまでのところ中村選手のBB/K%は、前年より大幅に改善している。因みに、本日の本題とはずれるが、ルーキーの宇草選手は、四球数が少ないためK/BB%は月並みにみえてしまうが、今シーズンの三振率(K%)はこれまでのところ12%台と良好な水準である。今シーズン「2年目のジンクス」に苦しんでいる小園選手も、K%自体は11%台であり、一つずつ大きな成長に向けた課題解決に取り組んでいる過程にあるのだと思う。

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カープ若手選手のファームでのBB/K%(四球÷三振)の推移

いずれにせよ、若手選手同士が高いレベルで競争し、カープの次の黄金時代を支える大スターへと飛躍していって欲しい