NPBにおけるオープナー導入に関する自家版論点整理(前編)

MLBでの「オープナー」導入については、このブログでも以前に少し触れたとおりであるが、今回から2回に分けて、NPBでの導入可能性について多少の論点整理をしてみたい。

かつて平成11年度予算編成にあたって宮澤喜一蔵相(当時)が年度初からの積極的な財政発動を「大魔神が初回から登板するような」と喩えたことがあるが、それから20年超の歳月を経て、喩え話ではなく、本当に救援投手が当たり前のように初回から登板する日がやってくるのだろうか。

第1回の本記事では、オープナー導入によって期待できるメリットについて整理してみたい。次回は、デメリットないし留意点について検討する。

なお、初めに前置きとして述べておくが、今回の記事では、このところNPBでいわれるオープナー、すなわち、ローテーションの谷間に救援投手だけで繋いでいく「ブルペンデー」ではなく、MLBでみられるスタイルのオープナーを念頭に置く。すなわち、MLBスタイルのオープナーとは、救援投手から「元々の先発投手」にバトンを渡す戦術、具体的には、MLB.comのTango氏が定義しているとおり、①オープナーとは先発し2回までないし9人の打者までの対戦で降板し、②オープナーからマウンドを譲り受けた投手が4回以上ないし18人以上の打者と対戦することをいう。

1.最も失点リスクの高い「初回」の失点回避

オープナー導入によってまず期待されるメリットは、初回の失点を防ぐ効果であろう。

MLBでは、先発投手の失点をイニング別にみていくと、いきなり得点力の高い上位打線と対戦することになる初回の失点率が最も高い。次図①は、MLBの1989年~2019年のイニング別の平均失点数を表しており、次図②は1989年~2019年のイニング別の「1点でも失点する確率」を表している。いずれについてみても、初回が圧倒的に危険度が高いとまでは言えないが、初回の失点リスクが最も高いことがみてとれる。

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図①:MLBにおけるイニング別の平均失点数(1989年~2019年)

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図②:MLBにおけるイニング別の(1点でも)失点が生じる確率(1989年~2019年)

(注)図では、延長戦における失点については表示を割愛している。

そして、以前に紹介した分析にも現れているとおり、先制点をとった方のチームは勝利できる確率が幾分高まり、試合を優位に進めていけるわけで、初回の失点リスクの抑制は確かに重要である。

この初回の失点リスクは、優れた救援投手に初回を任せることによって抑制できる可能性がある。すなわち、このブログでも以前の記事で紹介したとおり、近年、総じて救援投手の方が試合当たりの投球イニング数を限定できる分、先発投手よりFIP防御率が良好である。そのため、まずは初回をしっかり抑えようと考えた場合、「hard-throwing specialist」に任せた方が(算術上の)期待値は高いだろう。特に救援投手にとって対戦相手の上位打線との相性が良い場合には、「specialist」としての効能が最大限に発揮されよう。

このように、最も失点リスクの高い場面(初回)を「hard-throwing specialist」に委ねる作戦は、試合全体を通じた失点数を減らし、勝利数の極大化に寄与する可能性がある。

2.先発投手が「危ない打者」にアジャストされるリスクの抑制

むろん、野球は9回までで争うスポーツなので、初回さえ切り抜けられればよいというものではない。ただ「(元々の)先発投手」にとって、上位打線との初回の対戦を免れたことの帰結として、上位打線との対戦機会を減らせられる効果は小さくない。

一般的に、試合中の対戦回数が増えるほど――1巡目よりも2巡目、2巡目よりも3巡目になっていくにつれ――、投手の疲労蓄積と打者の慣れの要素が相まって、投手の被打率は高まると言われている。そのため、特に上位打線の「危ない打者」にアジャストされないよう、対戦機会を先発投手と救援投手との間で分担することは、チーム全体の失点抑制に繋がる可能性がある。

3.先発投手の負担抑制

特にMLBでは、密度の高い試合日程にかかわらず5名で先発ローテーションを回している中、先発投手への過度な負担回避の方策・配慮が求められやすい。オープナー導入のメリットは、端的に先発投手の負担軽減策の一環として語られることが少なくない。例えば、サンフランシスコ・ジャイアンツGMのFarhan Zaidisi氏は、先発投手のオーバーワーク回避の観点からオープナー導入の可能性を示唆したことがある。確かに先発投手にとって、2.で述べたとおり上位打線との対戦回数を減らせられれば負担軽減になるだろうし、オープナーが初回ないし2回までを担当してくれれば、投球イニング数自体を減らせられる可能性もある。

また、先発の負担に堪えられるような投手は一朝一夕には現れてこないため、先発投手が故障により離脱した場合に、急場で無理矢理替わりの先発投手を「作り上げる」くらいであればオープナーを導入する方が合理的という面もあるだろう。実際、2018~19年シーズンにおいてドジャースヤンキースが実施したオープナーは先発投手の故障離脱後の対処であったとされている。

なお、穿った見方かもしれないが、MLB球団の財務という点では、概して先発投手は救援投手より年俸水準が高めなので、オーナー・GMとして、先発投手を酷使して短期間で潰さないよう配慮したり、故障者が出ても無理に代替者の調達を図らずに済ませようとする行動は、総年俸水準を抑制する観点から合理的と言えるかもしれない。ただ、そもそも現状の先発投手と救援投手との年俸格差が本当に合理的なのか、という疑問も全くないわけではなく、オープナーの普及は、両者間の年俸格差が調整されるきっかけになるかもしれない。

本日の暫定的な結論めいたもの

以上、最も長いイニングを任される投手が上位打線にアジャストされるリスクを回避するとともに、初回に失点し試合の主導権を握られないよう図る上で、オープナーは一定の有効性が期待できる可能性がある。

それでは、直ちにNPBでもオープナーを導入すべきと結論付けられるのだろうか。

結論を言うのは、まだちょっと待って欲しい。まずもって、MLBでも導入実績のあるチーム数はまだ限定的で、本格的に実施しているといえるのは、タンパベイ・レイズくらいである。

また、これをNPBに導入しようと思うと、そこには幾つかの留意点があるように思う。その点は、次回の記事に委ねたい。