あえて安仁屋算をデータ分析的に語ってみた件(その②)

前回の記事では、「安仁屋算」を各投手別にみると、OBが選手に期待する「高い目標」としてはあながちあり得なくないが、それらを足し上げたチームの勝利数としては高めの目標としてもあり得ない、と述べた。それでは、何故、個々の投手の「高い目標」の合計値がチームの目標値としてあり得ない仕上がりになってしまうのだろうか。

勝利数は巡り合わせによって大きく左右される

先発投手の勝利数の分布とFIP(Fielding Independent Pitching)の分布を並べてみた。いずれも既に過去の記事で紹介したとおりのグラフなのであるが、改めて、グラフの形状が大きく異なることがみてとれる。

すなわち、FIP概ね4前後を中央値・最頻値として左右に分布している。これに対し、勝利数の分布は、10勝を超えてくるあたりで一気に希少性が高まっていくが、10勝あたりまでは割と満遍なく分布している。

この2つの投手の主要指標が、このように大きく違った分布になる理由は何だろうか。FIPは投手のパフォーマンス指標であり、投手の能力水準は、最頻値・中央値の周辺に集中した形で分布しているということだ。それでは、同水準の能力の投手同士が対戦した場合の勝敗はどうなるか、というと、勝ったり負けたりの五分の星だろう。勝利数の分布は、こうした勝ったり負けたりの結果を示したものであり、当日のコンディションや対戦投手、打線の援護など様々な要素に影響されるもと、ばらついた姿に仕上がるのである。

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先発投手の勝利数分布(1989年~2019年)

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先発投手のFIPの分布(1989年~2019年)

このように、勝利数とFIPは、互いに性質が異なる指標なのだから当然といえば当然のことなのであるが、両者間の相関係数は-0.35と、「やや負の相関関係がある」と言える程度の相関性しか認められない(グラフは、縦軸が先発投手のFIPの水準、横軸が先発投手の勝利数の分布を示す)。

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先発投手の勝利数とFIPとの関係(1989年~2019年)

巡り合わせの良し悪しは平均的水準に回帰していくもの

このように勝利数は、同水準の能力の投手同士がマッチアップしたときの勝敗結果に左右される性質の指標なので、巡り合わせの良し悪しに大きく左右される。そして「巡り合わせの良し悪し」は長い目でみると均される。チーム内の全員が幸運である、とか、ある選手がいつまでも幸運続きである、といった現象は滅多に現れず、やがて平均的水準に回帰していくものである。むろん、この平均的水準は、投手の能力水準や打線の援護水準によって左右されるものであるが、何等かこの回帰性を織り込まないと、チーム全体の予想や、投手個人の中長期的なキャリア予想としては過大・過小評価のもとになってしまう。

安仁屋算を最も現実離れさせている要因は、この「巡り合わせの良し悪しにかかる回帰性」を無視している点にあるのではないだろうか。

中継ぎ投手が30勝する確率自体は相応にあるのだが・・

これと似たような議論は中継ぎ投手の勝利数に関しても当てはまる。すなわち、安仁屋算でいわれる「中継ぎ投手で合計30勝」は、それ自体、相応にあり得る話である。平成以降(1989年~2019年)の救援投手についた勝利数の分布をとると次グラフのとおりであり、30年・12球団のうち、救援投手の勝利数が30以上のチームの割合は19.9%となっている。

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NPBにおける救援投手の勝利数分布(1989年~2019年)

しかしながら、(イ)チームの勝利数に占める救援投手の割合は、(ロ)先発投手の勝利数が多いほど低下する傾向がある。次図は平成以降の(イ)・(ロ)の相関を示した散布図であり、性質上相関が高くなるのは当然のことなのだが、相関係数は-0.78に上る。

単純にこの散布図の近似直線に当てはめると、先発投手が70勝をあげたケースで、救援投手につく勝ち星は合計13.7と計算される(救援投手につく勝ち星の勝利数に対する割合が16.4%)。

要するに「中継ぎ投手で合計30勝」自体はあり得なくない目標値なのだが、先発にも中継ぎにも目標値どおりの勝ち星がつくことは殆ど期待し得ないということになる。

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先発投手の勝利数と、チーム全体の勝利数に占める救援投手の勝ち星の割合との関係

「勝ち星」はチームの総合力と巡り合わせの賜物

以上でみてきたとおり、勝利数は必ずしも投手単独の能力を 反映しているわけではなく、打線の援護を含むチーム力の高さと運不運の要素が大きく影響する。そのため、チームとして「安仁屋算」を達成できる確率については、投手だけでなく、チーム全体の戦力をみながら分析する必要があるのだと考える。

今回は、セイバーメトリクスの基本指標である「ピタゴラス勝率」を使いながら考えていこうと思うが、そろそろ長くなってきてしまったので、日を改めて整理したい。