あえて安仁屋算をデータ分析的に語ってみた件(その③)

前回の記事では、勝利数は投手本人の能力だけではなく、打線の援護や巡り合わせの要素が大きいことを説明した。そのため、チーム全体として安仁屋算にいう勝利数をあげられる確率については、投手の能力だけに着目するのではなく、チームの得点力・失点防御力に即して考えることが適当であろう。

そこで、本日は、チームの得点力・失点防御力に即して勝率について考察すべく、セイバーメトリクスの基本的指標の一つである「ピタゴラス勝率」に着目することにしたい。

ピタゴラス勝率に基づく分析

ピタゴラス勝率とは、得点数と失点数から勝率を推定する計算式をいい、もともと、「得点数^2÷(得点数^2+失点数^2)」という一見、ピタゴラスの定理に似た算式となっていることから、ピタゴラス勝率と名付けられている(注)

(注)なお、近年、この「2乗」という指数につき、リーグ全体の得点環境を反映するため、「{(リーグ総得点+総失点)÷総試合数}^0.285」とする手法(Pythagenpat方式)がみられる。

このようにピタゴラス勝率は、比較的シンプルな計算式なのだが、驚くほどに実際の勝率と合致するといわれており、実際、1950年~2019年におけるピタゴラス勝率と実際の勝率との相関関係は、NPBにおいて0.932、MLBにおいて0.940とかなり高い数字になっている。

そこで、安仁屋算がいう「104勝」(勝率.722)を達成するためには、どの程度の得点力・失点防御力が必要になるのだろうか。ピタゴラス勝率を基に試算してみよう。

ここでは、カープが25年ぶりのリーグ優勝を果たした2016年のデータを基に、FIPや「ピタゴラス勝率」といったセイバーメトリクスの指標に着目して、そこからさらにどのくらいの底上げがあれば、チーム全体として安仁屋算を達成できるのか、というアプローチをとってみた。

試算結果を紹介する前にまず、2016年のカープの成績をおさらいしておくと、勝利数89(勝率.631)、チーム全体としてのFIPは3.49、1試合当たり得点数4.78、同失点数3.48である。Pythagenpat方式のピタゴラス勝率は.641と算出される(注)

(注)ピタゴラス勝率=得点数(4.78)^x÷(得点数(4.78)^x+失点数(3.48)^x

x={(リーグ総得点(3,375)+総失点(3,441)÷総試合数(858)}^0.285=1.81

ピタゴラス勝率の計算式上、これを安仁屋算において歴代チーム勝利数が最も多い104勝まで引き上げるためには、得点力の引き上げだけで達成するためには1試合当たり得点数を「4.78→5.98」に+1.2点増加させる必要がある。

この「5.98」という水準の高さはというと、球史を振り返っても1試合当たりの平均得点が6点以上というチームは(1950年の2リーグ制導入以降では)たった3例しかない(1950年松竹、51年読売、80年近鉄

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NPB(1950年~2019年)における1試合当たり平均得点数の分布

一方、失点数の引き下げだけで達成しようとした場合、1試合当たり失点数を「3.48→2.78」へと▲0.68点減少させなければならないことになる。

ここで、投手の能力を示す指標であるFIPが、これに連動するように低下(3.49→2.79に改善)したと仮定すると、やはりやや異例な時期を除くと、少なくとも平成以降例のない成績水準である。

すなわち、平成以降(1989年~2019年)のチーム全体のFIP水準の分布をとると次図のとおりであり、2.8より優れたチームFIPの水準をあげられたケース(次グラフの「2.6」よりも左側)は、いわゆる加藤球の2年間(2011年の阪神ソフトバンク、2012年のカープ、読売、阪神、中日)の6例しかない。

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平成以降のチームFIPの分布

2016年シーズンのカープの打撃力は、投打が高い水準でかみ合い、殆どの指標でリーグ随一であった。それがさらに、少なくとも投打のいずれかについて歴史的に殆ど例をみないような高水準にまで引き上げられた場合、それは、夢のようでもあり、逆に強過ぎてつまらないかもしれない、そんな最強軍団なのだろう。

ただ、実は野球の長い歴史を振り返ってみると、日米とも、ごく少数ながら年間勝率が7割を超えたケースがある。次回はこうした「リアル安仁屋算」のケースについてみてみることにしたい。