延長戦を巡るミステリー(延長戦は先攻・後攻のどちらが有利か)①

2020年シーズンのカープは、コロナ禍の中での特殊なシーズンということもあり、残念ながら負けが多いが(涙)、延長戦の挙句の引き分けも多い。そこで、今回から3回シリーズで「延長戦においては、先攻・後攻のどちらが有利か」について推論を述べたい(全体の要約は、シリーズ第3回目の記事の最後に整理したとおり)。

前提として、レギュラーシーズン全体でみると、後攻有利

レギュラーシーズンの試合全般についていえば、NPBMLBとも後攻(ホームチーム)の勝率が54%程度であることは、以前の記事で述べた。太平洋の西と東の異なるリーグでホームアドバンテージが同程度(勝率5割に対し+4%)となっているのは、改めて興味深い。

それでは、延長戦についても、後攻が4%程度のアドバンテージを享受しているのだろうか?NPBMLBそれぞれの2010年~19年シーズンのデータをみると、意外な結果が得られた。

延長戦では「よりホーム有利」となっているNPB

2010~2019年シーズンの全試合(8,610試合)中、9.1%に当たる783試合において延長戦となっている。この延長戦全試合(783試合)の結果をみると、後攻(ホームチーム)の339勝241敗203分、勝率58%となっている。延長戦でもホーム優位といえるし、58%という勝率はレギュラーシーズン全体(54%)よりも高い。つまり、延長戦に突入した場合には、9回までの戦い以上にホーム優位が高まっていると言えよう。

なお、2011~12年について、延長戦数がやや減少するとともに、延長戦での引き分け数が多くなっているのは、「加藤球」というより東日本大震災に伴い、節電の観点から試合時間に制限(3時間30分)を設けたことによる影響が大きい。

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NPB:延長戦となった試合の先攻・後攻別の勝利数

延長戦では「ホーム有利が薄れる」MLB

一方、MLBはどうだろうか。2010~2019年シーズンの全試合(24,297試合)中、8.7%に当たる2,122試合において延長戦となっている。延長戦に突入した試合の比率については日米で大きな差はない。

ただ、先攻後攻の有利・不利については、NPBとは異なる結果が得られた。実は既にbaseball referenceのコラムで紹介されているとおりなのだが、どうやら延長戦ではホーム優位が薄れるようなのだ。2010~2019年シーズンの延長戦全試合(2,122試合)の結果をみると、後攻(ホームチーム)は1,099勝1,023敗、勝率52%となっており、ホーム優位を維持しているが、レギュラーシーズン全体を通じた後攻の勝率(54%)より低い数字となっている。

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MLB:延長戦となった試合の先攻・後攻別の勝利数

このように、NPBでは延長戦に入ると「よりホーム有利となる」のに対し、MLBでは「ホーム有利が薄れる」ことがみてとれる。このように異なる傾向が観察されると、単純にデータだけみて「延長戦においては、先攻・後攻のどちらが有利か」という本記事の命題への解は導けない。

そのため、今回は、命題に答えていくため、まずまず筆者なりの仮説を立てて、その当否を占っていくことにしたい。

筆者の仮説:延長戦では先攻・後攻はほぼイーブンなのではないか

単刀直入に筆者の仮説を述べると、後攻チームが「(勝率5割に対し)+4%のアドバンテージ」を有する9回までの攻防と異なり、延長戦に関しては、先攻後攻ともイーブンなのではないか、とみている。

なぜなら、9回までの戦いで、後攻(ホームチーム)が有する「+4%」のアドバンテージは「『原則9回までを通じ、いずれかのイニングで』相手を上回る得点をとる確率」を言っているのに対し、延長戦は1イニングごとの勝負であり「そのイニングのうちに」相手を上回る得点をとる必要がある。つまり、9回までの攻防と延長戦とでは「いつまでに得点をとり、いつまでの失点を防げばよいか」という仕組みが異なるため、「9回までのイニングを通じ、相手を上回る得点をとれる確率」にかかるアドバンテージ(+4%)は、延長戦には当てはまらない

そして、「特定の一のイニングの攻防において、相手を上回る得点をとる確率」は、現実にも、また論理的にも「9イニング全体を通じ、その中のいずれかのイニングで、相手を上回る得点をとる確率(=9イニング全体で4%)」を下回る(各「特定のイニング」ですべからく相手を上回る得点をとれる場合には、論理必然的に9イニング全体を通じた得点数も上回るため、前者が後者以上となることはあり得ない)ため、延長戦の1イニングごとの勝負におけるアドバンテージは、「+4%÷9イニング」よりかなり低い水準となるはずだ。

そのため、延長戦における後攻(ホームチーム)のアドバンテージは、イーブンであるか、または無視できる程度に低いのではないか。どちらのチームが先に必要な得点をとれるかは、端的に運命の巡り合わせによるところが大きいということなのだろう。

なお、ネット上などでは、後攻の方が目標得点数を分かった上で攻撃に入れるため、作戦上の利がある(目標得点数に応じ、送りバント、エンドランなどの作戦を自在に選択できる)、という説がみられるが、一方では、先攻の方が許容失点数が分かった上で守備に入れるため作戦上の利がある(得点差の状況に応じ、前進守備かダブルプレー狙いか、といった作戦を自在に選択できる)、という言説もあり、要は一概に言えないのではなかろうか。

それでは、この仮説に基づき、NPBでは延長戦に入ると「よりホーム有利となる」のに対し、MLBでは「ホーム有利が薄れる」ことは、整合的に説明できるだろうか?次回、この点に関する筆者の仮説の続きを述べたい。